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「んー、お昼どうしよ」
「適当にそこらで買えばいいんじゃないか?ここは実家と違ってちゃんと近くにコンビニとか飯食うところとかあるだろ」
躑躅森や、葛葉一族は、深い森に本家がある。
とはいえ、その強大な影響力でなんでも取り寄せられるので、物に困ることはないが、取り寄せてもらうにはいちいち申請しなきゃいけない。
そんなのめんどくさいから、めったに使わなかった。
「そうだけどね、こう、味が…」
このお嬢様が…。
「朔夜が作ってくれるんだったらいいんだけどなぁ?」
ちらっ、ちらっと俺の方を見る遥。
「いやいや、俺これから寮に帰って、荷物整理したりとかいろいろあるから。そもそも材料がないし」
「そっかー…、残念」
しょんぼりと、うなだれる遥。
そこまで楽しみにされるとな…。
一応、荷物とかそういうの運んでくれるようにお願いして、いろいろ動いてくれてたからな。
「…まぁ、いいよ。遥も寮だろ?買い物して行こうぜ」
「え、いいの!?」
「あぁ、早く買って、帰ろうぜ?」
「うん!」
携帯を取り出し、衛星情報を受信、地図情報を表示する。
今いるのは、東の学校区。
南の商業区まで歩いて行って……い、移動用魔方陣とかもあるし、六時までには帰れるだろう(面積四国…)。
そうして、俺たちは歩き始めた。
***
「うん~、おいしかった!」
「そりゃよかったよ」
寮、俺の部屋。
薔薇十字学院の寮は、3DKという寮にしては広い――広すぎる部屋だ。
玄関を開けて、すぐ右隣に、シャワールーム。その右側にトイレ。
左側には、ダイニングキッチンが広がっている。
その奥の部屋は、シャワーの左側が和室。
廊下の突き当りに扉があり、左側が子供部屋(…いるか?)で、右側が寝室に繋がっている。
俺と遥がいるのは、ダイニングキッチンだ。
「さすが朔夜だね!私専用シェフにしたいくらいだよ!…あ、わたしのお嫁さんでもいいよ?」
「なんで俺が嫁なんだ…」
というか、なるつもりはない。
「…遥、口にご飯粒ついてるぞ?」
「え、ほんと?とってとってー」
まるで雛鳥のように唇を突き出す様に苦笑すると、
「わかったわかった」
ひょいっととって、そのまま口に運んだ。
「さ、朔夜…?」
「ん?」
あたふたとあわてている。
どうしたんだろうか。
「ごほん…。それより朔夜、入学式でてなかったってことは春の代表校選抜戦の話聞いてないよね?」
「あぁ」
あの事件のあと、速攻逃げ出したからな。
そんな暇なかった。
「なんでも、訓練とかなしの、基礎素養のみで戦う選抜戦が、明後日行われるらしいよ」
「………え、明後日?」
「うん」
……ウソだろ?
「それって、アリーナでってことか?」
「そうそう。選抜戦は基本クラス対クラスだそうだよ。本戦は、春は一騎打ちの勝ち数が多い学校の勝利だってさ」
「本戦はいつ始まるんだ?」
「んーとね、基礎素養ってことらしいから、そのさらに二日後」
「…まじか」
本当に戦闘が推奨されてるんだな。
入学して一週間以内で戦闘……いや、魔法同士をぶつけるということは、規模は戦争に匹敵するか。
とにかく、こんな早く戦争をやるなんて…。
「明後日だから、装備は届いてることだと思うけど…朔夜は本気で戦うの?」
「いや、まずは近くにいるやつらから情報を集めたい。使う装備は二個までで抑えることにしよう」
「わかった。じゃあ、わたしも手加減するね!」
「手加減してやられても知らねーぞ?」
「なんですとー!私そんな弱くないもん!」
それは知ってるよ。
遥は、俺のクラスにいるあの三人と比べてもそん色がない――いや、潜在的資質では勝っているほどの天才だ。
これは身内びいきなんてものではなく、単なる事実である。
「楽しみにしてる。俺の味方で、命の恩人で、一番弟子の従妹の活躍を」
「――!!うん、しっかり見ててね、朔夜。秘術を使ってでも圧勝して見せるから!」
「いや、それは温存しとけって…」
「さてと」
スタッと立ち上がる遥。
「帰るのか?」
「うん、もうそろそろ消灯時間だからね。朔夜も、遅くまで起きて変なことしてたら駄目だよ?」
なんですかね、変なことって。
「そういうことするときはぁ、女の子の先輩である私を呼んでくれなくちゃあ~」
「さっさと自室に帰れ!」
ぶんっ!
お花場だけ状態の遥に向けて座布団を投げる。
「おっとっと、じゃあね、朔夜、わたし右隣だから、何かあったら来て?なにもなくてもきてねー」
座布団を華麗に避けると、軽く手を振って玄関から出ていった。
…騒がしいやっちゃなー…。
その明るい部分にすくわれているところもあるんだけどな。
「さてと」
俺は立ち上がり、机の上の皿やら何やらを片付けると、寝室へと向かった。
***
バタン、と扉を開け、部屋の中に入る。
カーテンを閉め切っているため、部屋は真っ暗だ。
「リズ。全システム、起動開始」
「了解しました、主」
その声が聞こえた瞬間、真っ暗な部屋に人工的な明かりが一斉に灯った。
大画面ディスプレイのパソコンや、複数の携帯端末。
小型から大型まで様々なクレードルなどもある。
戦闘用装備などは持ち込めなかったが、こういう日常品などは持ち込むこともできたのだ。
「配置などはこのようにしておきましたが、いかがでしょうか?」
「あぁ、いいな。さすがだ、リズ」
静かな駆動音を響かせて近づいてきた、俺の腰ほどの大きさの多脚機械を撫で、そういう。
「あらゆるシステムのデータ類は、私が遠隔操作しているこの機械のHDDに配置しています」
「それでいい。いざというときは一斉破棄と本社へのデータ移行を一瞬で済ますことができるように」
「了解しました」
先ほど、買い物に行こう、という話になった時実は寮の多脚機械に、部屋の掃除を済ませておくように命令しておいたのだ。
…まぁ、こいつっていうか、こいつのメインデータをハッキング、のっとって動かしているのはリズだから、リズにお願いしたんだけどな。
そのまま、俺はパソコンが置いてあるデスクの椅子に座って、リズに命令を出す。
「本社のヘクター・ベンブリッジにつないでくれ」
「了解いたしました。……しかし、ヘクター様が応答するには少々時間を要しますが」
「構わないよ。それまで、ちょっと俺と雑談をしてくれ」
「では、そのように」
リズがその言葉を残した後、電話のコール音が鳴りだした。
「さて、リズ。ちょいと聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい。代表校選抜戦のことですね」
「そうそう」
さすが、俺の思考回路がわかってるやつだと話が早いな。
…まぁ、遥みたいに、隠し事とかもできなくなるんだけど。
「敵って、どうなんだ?」
「学校名は、リガルディー学院。今回の選抜戦は、一年生だけしか参加しないようなので、もし本線で優勝しても、順位の変動はないようです。しかし、夏の選抜戦のシード権は獲得できるとか」
なるほどな。
ここで勝っておけば、あとあと有利に運ぶのか。
「相手の戦力図は?」
「めぼしい相手は…マーシャ・リドル・マザーズ、アレン・マクフォール、カレン・ホプキンズの三人でしょうか」
後者二人は、表の方でちらっと聞いたことがある。
それなりの魔法名家だ。
問題は、最初の一人。
マーシャ・リドル・マザーズだ。
「このマーシャってやつ。まさか、マグレガー・メイザースの子孫か?」
俺の疑問に、アームを振ることでリズは答えると
「その通りです。名高き魔術結社、”黄金の夜明け団”創設者にして、ソロモン王の魔術の研究一族。”魔神使役の一族”とも呼ばれています」
「…ふむ。大物だな」
とはいえ、こちらの陣営の三人には及ばないだろう。
おそらく、本気を出せば――いや、本気を出さずとも、帝釈天や、レイチェル、紋羅たちが圧勝するであろうことは明白である。
「今代のマザーズの子は、魔神を使役しきれない欠陥品という扱いを受けていますからね」
その通り。
このマーシャという少女は、一族の魔神召喚の儀において、大失敗をしでかしたという噂が立っている。
その結果、七十二柱そのすべてを従えるはずのマザーズの次期当主が従えている魔神は、二柱のみだという。
……欠陥品、ね…。
なんか、親近感がわくな。
ちょっと、明後日の戦闘の時見てみるか。
「さて、この情報を踏まえて、俺たちの学園が勝利する可能性は?」
「100%ですね」
……ふむ。
リズも俺も同じ結論か。
「はい、こちらヘクターです」
「お、つながったか」
結論が出たところで、ヘクターが電話に出た。
「やぁ、俺だよ」
「どちら様かな…っと、朔夜か。確か君はあれだ、《エデンの園》にいるんだろう?僕に電話するなんて急用なのかな」
パソコン画面に、通話中の文字が現れる。
指向音声スピーカーから聞こえてきた声は、芯の通った中性的な声だ。
この声の持ち主、ヘクター・ベンブリッジという少女は、俺の相棒だ。
僕なんて一人称と、中性的な声や仕草でわかりづらいが、れっきとした女である。
「VIM本社に連絡なんて、ばれたらまずいんじゃないか?」
「ばれなきゃいいだろ?」
「ふふ、違いないね」
相棒、というのは複数の意味がある。
一つは、武器や兵器の設計、製造を一緒に行っているということ。
二つ目が、VIMという会社の共同創設者であるということ。
三つめが、俺の体の秘密を知っていて、亡霊探しを手伝ってくれているということ。
リズを作り出したのは俺とこのヘクターなのだ。
「で、何かいいアイデアでも浮かんだのかい?」
「あぁ。……いいアイデアっていうか、必要不可欠なアイデアなんだけどな」
「構わないよ。君が下絵を描き、僕が色を付ける。これが僕たちの共同作業なんだからね」
まぁ、もちろん別の共同作業でもいいけどね、と付け加えるヘクター。
「……別のってなんだ」
うっすらわかってはいるが、一応聞いてみる。
「それはもちろん、また僕と一つの布団で、裸で寝てみないかい?」
「死ね!この変態どもがっ!」
俺の身近には頭の中がお花畑しかいないのか!
「そんな!あれほど熱く愛し合った仲だというのに!」
「愛し合ってないぞ、断じてな!」
嘘を言うんじゃない。
「互いに大事なところを触れ合ったじゃないか」
「俺は触ってない!お前が俺に触りまくっただけだ!」
俺のトラウマだよ!
いまだにお前の前で全裸でいると体が反応す――いや、これはいい……。
「うん、やっぱり君といると楽しいね。――さて、本題に行こうか」
「わざわざ一回ふざけないと本題に行けないのか、お前は…」
何てめんどくさい奴…。
とはいえ、相棒に選んでしまった以上どうしようもない。
長い付き合いだし、今更切れる縁でもないしな。
「まず一つ。不可能なアイデアになるが……」
「まぁ言ってみたまえ」
「無限魔力機関」
俺は、どうやっても魔力を生み出すことができない。
それは、俺には心臓がないからだ。
魔法使いの魔力は、心臓――正確には、心臓を含めた肉体で生み出されるものである。
どんなに優れた魔法使いでも、脳や、心臓などを大規模に破壊されると、死に至る。
心臓を銃で撃たれても、小規模であれば治癒術式を駆使して再生させることができるが、脳を壊されたりすればその術式構築ができなくなるため、死ぬことになるし、心臓も大規模に破壊されると、魔力を生成することができなくなり、死ぬ。
もし、生き残れたとしても、心臓や脳に大きなダメージを追ってしまうと、もはや魔力を生み出すことはできない。
「ふむふむ。君も僕も、無限魔力機関の製作は不可能だという結論を出さなかったか?」
「あぁ…。だから言ったろ?不可能なアイデアだって。要は俺の希望だよ」
無限魔力機関は、魔力を作り出す機構をどうしても再現できなくて詰んだ。
ロスをゼロにしたりという構造はできたのだが、核がどうしようもないのだ。
「じゃあ、もう一つを聞こう」
「対神話魔法防具、黄金輝鎧」
俺のアイデアに少し驚きをあげると。
「しかし、君には独自の魔法、”窓”があるだろう?あれ以上の対魔法はないと思うけどね」
「あぁ。確かに、普通の魔法使いには俺の窓があれば対処できる……が」
「なるほど、だから対神話魔法ってことだね。……ふむ、なるほど。金剛杵に灼熱の滅杖、死神か。これに対するってことだね。具体例を聞こうじゃないか――」
その後、新しい武器についての話と、いくつかの頼み事をして、通話を終えた。
「主、お疲れ様でした」
「まぁ、自分の身を守るためだ。最大限のことはしないと」
才能がない状態でここにきている身。
すぐに死んでしまう。
「ヘクター様はすぐに制作に取り掛かるでしょうか?」
「どうかなー…?」
まだ、俺のアイデアを伝えただけだ。
確かに、かなり細かいところまで決めはしたが、対するのは神話の魔法。
それを完封するには、いろいろと手間がかかるだろう。
「おそらく、この戦いで使うことにはならないだろうな」
「大丈夫でしょうか…?」
「なんだ、心配してくれるのか?」
「もちろん。わたしの大切なお方ですから」
……そんなはっきり言われると照れるな。
「ありがとうな、リズ。さて、じゃあ明日に備えて、さっさと眠りますか」
隣の布団に飛び込んで、俺は眠りに落ちた。
(豆…いらない?知識)
マグレガー・メイザースは、魔道書ゴエティアや、ソロモン王の小さな鍵の編纂者で知られている人です。