5
――スゥっと、意識が浮き上がる。
といっても、覚醒しているわけではなく、眠りが浅くなっただけだ。
…つまりは、単に夢を見ているだけ。
深く考え込んだ後とか、少し気分がめいってる時には決まって嫌な夢を見る。
そして、その内容というにはいつも同じなんだ。
八年と少し前。
「さっくやー!いくよー!」
カンッ――!
音を立てて俺の方へと球が飛んでくる。
「おっしゃ、こい!」
甲高い音を立てて俺と遥がやっているのは、細い棒で丸い球を打ち返す競技……まぁ、テニスに似たものである。
ラケットが細い棒であることと、競技場所が空中であることを除けばほとんどテニスと変わらないこの競技、名前をマジカル・バンドという。
本来は地上で行う競技で、ラケットとなる細い棒で相手の球を弾き、こちらの球を相手のコートの線より後ろに飛ばす、という単調な競技だ。
ただ一点。
通常の競技と違うのは、これには魔法が使われている、ということである。
この球は魔力に反応して移動の向きを変える。
攻撃魔法の様に、相手に向かうように構築した術式に乗せた魔力で打てば、相手の方に飛び、防護術式の様に、流れを変える系統の術式に乗せた魔力であれば、引き寄せたり球の向きを変えたりすることができる。
そう言う風に、多彩な魔法を使って相手の球を打ち返して、最終的には相手のコート線を越えれば勝ち、という単純なスポーツである。
国際大会もある、有名な競技だ。
…しかし、空中で行っているというだけで、一瞬で単調ではなくなる。
単純明快。
二次元的平面競技が、三次元的立体競技になるからというのと、競技フィールドの拡大だ。
今まで上と左右だけに気を配っていた地上とは異なり、三次元的な動きが追加された空中マジカル・バンドは、一瞬の状況判断と、広大なフィールドを把握する状況把握能力。
そして、その広大なフィールドを継続して飛行し、相手の球を弾き返す魔法を組むという膨大な魔力及び集中力が必要になるのだ。
この競技を行っているのは、よわい十歳ほどの少年とそれより二つはしたと思われる少女であった。
「我流、”躑躅森百枚落とし”!!」
少女の方――遥がそのような変な魔法名を言うと同時に、俺の方へ向かってきていた球が、空から現れた黒い樹のようなものに触れて、移動の向きを変える。
球は、俺へと一直線に向かうルートから、おれのはるか下を潜り抜けるルートへと変更された。
「にっしし、効くわけねぇだろ!」
笑みを浮かべて、俺も魔法を発動させる。
「月光煌け…”束月”」
頭の中で術式を構築。
そこに魔力を注ぎ込み――
魔法と成す!
本来、頭の中で術式を組み、魔力を注げば魔法名を言わずとも魔法は発動するんだけど、まだ未熟な俺たちには魔法名を言って、補助しなければならない。
もっとすごい魔法使いになれば、魔法名をいうことは未熟な自分への補助じゃなくて、魔法の増強になるって話。
本来、魔法名は秘匿するべきものだけど、本気の戦いになれば秘匿なんてしてられないから、そういう時は名前を言って魔法の効果を上げるのだ――となんとかって、親爺が言ってた。
まぁ、俺たちにはまだ縁遠い話なんだけど。
俺が魔法名を言ってから数舜遅れて、光り輝く五つの球が発生した。
そして、その球が一つに重なり――。
ヒュンっ!
光を放出した。
葛葉家の基本魔法、光属性単体魔法”光月”、その応用技だ。
光月は、周囲の光を増幅し、そして魔力により物質化して放つという魔法だけど、それにアレンジを加えることで様々なことができるようになる。
この束月は、その応用技の一つ。
”光月”を何重にも”束ねる”ことで、威力を増強させる技だ。
といっても、競技だから攻撃の威力はないけど。
このマジカル・バンドで必要なのは術式の構築と注ぐ魔力だからな。
光に接触した球が急加速し、一瞬消える。
そして、気づくと球は、遥の下を高速で通り過ぎようとしていた。
「あ!」
悲鳴を上げるも遅い。
圧倒的な速さで駆け抜ける球を――黒い壁が覆った。
「朔夜、このまま終わらせないよ!」
「いや、俺の勝ちだ!」
球が黒い壁に接触した瞬間、スッと球が”消えた”。
「葛葉、”鏡月”」
そう、この球は偽物。
本当の球は遥の上を通るルートだったのだ。
こうして、勝負の決着はついた。
***
「えー…うそぉ……。また負けたよ…」
「俺に勝つなんて十年早いな」
空中から降りてきて、そこらへんの樹に腰掛ける。
「むぅ。魔力量では勝ってると思うんだけどな」
遥がそう愚痴をこぼす。
まあ、事実だな。
魔力量はこの時点で既に遥の方が多い。
また、その膨大な魔力量で少しの術式の不備なら関係なく押し通してしまうので、魔法の完成も早い。
…二年も年が離れているにもかかわらず、だ。
そこら辺は親の血筋とかも関係してくるから、俺たちにはどうしようもない次元の話ではあるんだけど。
遥の血筋は特に魔力量に優れている。
逆に俺の血筋は、一点的に特化させているため、総合的な魔力量には劣るのだ。
「ま、術式の構築力と、状況判断力の差だな」
こればかりは歳の功だ。
まだまだ、負けないぞ。
***
……この後。
俺は大きな喪失をする。
いつも、この後はそういう夢を見るって決まっているんだ。
……見たくない。
でも。
これは夢だから。
***
目に焼き付く、紅色。
轟々と燃え盛る、大きな炎。
―――そして。
その中で口を歪ませて嗤う、”俺”の貌。
そして、それを成すすべなく見上げている、無力なこの姿の俺。
―――――これが、亡霊。
俺からすべてを奪った、略奪者。
決して許さない。
俺は、こいつを――――
「さーくや!…大丈夫?」
「――え?」
声を掛けられ、目を開けた先にいたのは遥だった。
「あれ、遥?何でここに…」
「いやーね、入学式終わっても朔夜居なかったからさ、どこ居るかなーって探してたの。そしてたらやっぱりここにいたからさー」
…やれやれ。
行動パターンを読まれているな。
いつからか遙かに隠し事ができなくなっていたからなぁ…。
というか。
さっきから頭の後ろに柔らかい感触がある。
そもそも、あおむけで寝てたのに目を開けた先に遥がいるのがおかしいのである。
…まぁ、つまりは。
「せっかくサプライズ登場したのに朔夜居ないもんだからさ……。こうして、意趣返しで膝枕してやってるんだー。朔夜可愛がられるの嫌だもんね?」
悪戯っぽく笑う遥。
――「『ほ~い。じゃ、また後でね!』」
あの時まさかって思ったのが本当になるとはな…。
「可愛がられるのは厭だけどな。お前に膝枕されるんだったらご褒美だよ」
すりすり。
太ももを触る。
「あ、もう。…女の子同士なのにそんなことするんだ」
「…女じゃねぇよ」
この問答も昔飽きるほどやったな。
遥曰く意味があったらしいけど、その”意味”が解決した後にもこうからかってくるあたり、確信犯ってやつだ。
「さ、教室行こう?」
「教室…?いや、学年違う…」
俺は三年で、遥が一年のはずだ。
しかし、遥はまたもや悪戯っぽく笑うと、
「そんなの、手回ししたに決まってるでしょ?躑躅森の権力をなめちゃいけないよ!」
つ、躑躅森家ェ……!
無駄なことに権力を使いやがって。
あの一家は遊び半分で動くことも多いからなぁ……。
隠密、非常時以外は表に出ること自体と忌避していた俺の元の家、葛葉とは正反対だ。
「ということで、私たちは薔薇十字学院二年。よろしくね、クラスメイトの朔夜!」
太陽のような笑みを浮かべる彼女に。
「はいはい、よろしくな、クラスメイトの遥」
俺もそう、苦笑しながら答えるのであった。