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「まず、灼熱の滅杖を使用した女から説明を開始します」
「頼む」
鮮やかな金髪と、それによく映える青色の目。
別格の美人、と表現できる美貌を持つあの少女、か。
「……朔夜さんは、ワルプルギス王国というものをご存知でしょうか?」
ワルプルギス王国。
近年、鎖国体制を終えた、神秘の国。
バチカン市国と同じくらいの国土面積のなかに、およそ五千人という人々が住んでおり、神九王と呼ばれる九人の王を持つ、最高クラスの魔法技術を持つ国だ。
ワルプルギス王国の魔法技術は、魔法先進国である日本をすら大きく上回っており、戦争を起こしても絶対に勝てない国とされている(ただし、ワルプルギス王国は自分から戦争を起こすことはない。これにはある理由があるのだが、ここでは割愛する)。
ワルプルギス王国は、先ほど説明したようにバチカン市国並の国土面積しかない。
では、何故五千人も住めるのか?という疑問に直結するだろう(バチカン市国の人口はおよそ九百人ほど)。
それは、日本が開発しようとして、どうしてもできない魔法、世界創造という魔法があるからだ。
この魔法は、具体的には 壺中天の伝承をもとにした最上位魔法であるとされている。
――特定の空間を異世界へと変貌させ、一つの世界を作り出す、秘儀。
…さて、このワルプルギス王国は、この《エデンの園》と同じく、全員が魔法使いである。
ただし、《エデンの園》と違い、集められたわけでなく、長い鎖国のなかで自然と全員が魔法使いになったのだという。
――――これは、ある一つの究極魔法社会と言える。
魔法使いは、基本は血筋だ。
もちろん、突発的に魔法使いが生まれることも多々あるし、その場合の魔法使いの強さは大体の場合において折り紙付きであるが(そういう、突発的に生まれた魔法使いが、後の世の魔法の名家となるケースが多い)、何代にもわたる世代交代で血と技術を濃縮した名家というのも恐ろしく強い。
代表例は、躑躅森家や、俺の昔の家、葛葉家であろうか。
……つまり、全員が魔法使いである、という環境下で何度もまじりあい、濃縮された血を持つこの国の人々は、生まれながらにして高い魔法能力を持つ。
…そんな魔法の国とどんな関係があるのか。
「簡潔に言いましょう。あの女の名前は、”レイチェル・メーシェルフィールド・ワルプルギス”。ワルプルギス王国、神九王が一人、紅蓮の帝王の一人娘です」
「―――ッ?!」
…い、息が詰まった。
そんな大物が出てくるとは、な。
しかも一人娘と来たか。
しかし、それならあの圧倒的な魔力量にも納得がいく。
仮にも神の力を再現したとまで言われる最上位魔法は、並大抵の魔法使いでは使用できない。
ここ、《エデンの園》に集っている天才たちですらそうは使えない大技だろう。
…術式を解析した時、あの緻密さには舌を巻いた。
あれほどに細かく術式を組んでいるということは頻繁に使ってるのだろうが……それを可能にする魔力量と術式組み立て能力を想像した時、あまりの規格外さにめまいがした。
「なるほど、な。……次、いこうか」
うん。
あまり関わり合いにならないでおこう。
ただでさえ国が絡むと面倒なことになる上に、神九王の娘で魔法の天才と来た。
確実に厄介だっつの……。
「了解いたしました。次は死神を使用した女の説明となります」
あの黒い少女、か。
服を大量に着込んでるんだよな、あいつ。
マフラーにコート、ブーツに手袋。
全部黒一色だ。
まるで肌を見られるのを拒んでるかのように。
「”黒葛原・ライヘンベルガー・紋羅”ドイツの魔法名家、ライヘンベルガー家と、日本の魔術名家、黒葛原家のハーフのようですが……」
そこでリズは少しばかり言いよどんだ。
「……あぁ、なるほど。情報を見つけられないのか」
「そ、そんなことはありません!神の坐す安楽椅子の名を与えられている以上、私に見つけられない情報はないのです!」
一生懸命に弁明を行うリズ。
……普段無感情に俺を責めたててるこいつが動揺してるのはなんか、面白い……。
それはともかくとして。
「いや、リズが見つけられないのか仕方がない。こいつに関してはリズじゃ相性が悪いんだよ」
「……といいますと?」
落ち着きを取り戻した声で、俺の言葉に疑問を投げかけるリズ。
「世界第二位の会社、EKNM社……アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク社」
資本主義が始まったころから存在する、強大な企業体、EKNM。
世界に三つしかない、魔法産業と科学産業、双方を取り扱う企業体のうちの一社であり、その長い歴史から、強い伝統と巨大な闇が存在する、敵対してはいけない存在の一つだ(ちなみに、ワルプルギス王国も敵対してはいけない存在の上位にランクインしている)。
この会社は、時代によって名前自体は何度か変わっているが、重鎮たちは変動がない。
そう、数百年前から重鎮たちは変動していないのだ。
「なるほど。科学的、魔法的双方に強いプロテクトがかかっているEKNM社に所属するものでは確かに私では相性が悪いのでしょうね」
「そう言うことだ」
……こいつが情報の収集ってだけではなく、奪取にまで移行したら別ではあるのだろうが。
さすがにハッキングはリスクが高いからな。
相手はEKNM社だし。
「EKNM社で、黒葛原とつながりがあるといえば……」
「EKNM社の特殊部隊、確定された死……」
「だろうな」
EKNMの闇に相当する部分。
自分の意に沿わない相手を確実に殺すための暗殺部隊。
ゆえに、確定された死、という名前で呼ばれた。
ライヘンベルガーという家は、EKNM社の創設者だ。
ただし、その家本来の存在はすでにEKNM社の重鎮として、俗世にかかわることが無い。
基本人前に出るのは、ライヘンベルガーが秘儀で生み出した生きている小人であり、黒葛原と交わったのもそのホムンクルスなのだろう。
……黒葛原家が血を交わらせる判断を下すほどに、ライヘンベルガーのホムンクルスは強い力を持っている。
しかし、ホムンクルスはホムンクルス。
人ではない。
むしろ彼らは精霊や魔物に近い。
紋羅というあの黒い少女が過剰なほど服を着込んでいるのは、そう言う理由があるからかもな。
「次は袈裟男の説明に参ります」
…あいつか。
ぶっちゃけあいつは服で見分けがつくんだが、やはり正確な情報がほしい。
「まぁ、見ての通り、仏教の魔法使いですね。生まれはただの一般の家のようです。突発的に生まれた存在かと」
へぇ。
折り紙付き、か。
「日本の仏教界最高の協会、”語法十二天”に所属しているようで、位が………最高位、帝釈天」
あいつが俺を助けるために撃った金剛杵を思い出す。
ただ一言。
恐ろしい威力だった。
あれには意味ある術式を組み込んでいないから攻撃にはならなかったが、あれを本来の魔法として使ったら、ここ一帯が消し飛んでいることになるだろう。
帝釈天。
仏教において創造神、梵天と並んであらわされる存在。
戦神阿修羅をも調伏した最高の武神。
その位を与えられた男か……。
「まったく、化物ぞろいだな、ここは」
リズの説明を聞き終わり、屋上に背中を投げ出して空を見上げる。
うわー。
雲一つないぞ。
「朔夜さん。あと一分で始業式が始まりますが、どうなさいますか?」
「んあー……。いいや、眠いし。終わったら起こして」
小さな窓を展開して、周囲に撒いておく。
これでだれか接近してきても気づけるからな。
「全く、これだからぐーらたな朔夜さんは……」
「良い……だろ……?」
「…えぇ、お休みください、主。よい夢を」
リズの言葉を聞いて、俺は眠りについた……。