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これはまずい……か。
破損した右腕を抑えながら考える。
…術式をたくさんの人に見られたのもそうだし、俺に対して興味を持たれたのもそうだ。
幸い術式のほうは新しい術式が存在し、俺が使って見せたという事実の認識だけで、あの袈裟男以外、どんな術なのかは理解してはいないようだが。
とりあえずは、この状態をどうにか切り抜けなければならないな。
「なにをしたか……か?」
言いながら、俺は自身の懐に手を伸ばす。
そこから丸いピンポン玉見たなものを取り出すと…。
「っは、教えてやる義理はないね!」
それを地面に思いっきり投げつける!
そして、その玉が地面と激突した瞬間――。
凄まじい煙が広がった!
「な、煙幕?!」
「馬鹿、催涙つきだ!息を止めろ馬鹿!」
「あなた私に馬鹿馬鹿と、やはり喧嘩売ってますね?!」
「ええぃ!口動かす暇があったらさっさと煙幕を消せるような魔法を作らんか、馬鹿!」
「もうやっていますわ、この阿呆!」
「――――」
「―――」
…あいつら、意外と仲いいんじゃないか…?
いや、それはどうでもいいか。
あの袈裟男は……自分一人だけ、風属性魔法で煙幕吸わないようにしてやがる。
つーか、俺のこと認識してやがるな。
まぁ、逃がしてくれるようだからスルーしとくか。
「……ニィ!」
…なんか、無言でサムズアップしやがった。
動作が若干イラッとする。
と、そんなこと考えてる暇はない。
俺は控え室の大きな窓を開け放つと、そこに身を投げた。
そして、そのまま俺の無系統魔法、”窓”を展開すると。
「っほ、っと、っそぃやっと!」
それを足場にして空へ。
そして、講堂の屋根の上に登った―――。
「あー、疲れた…」
なにがうれしくて入学式を行う前から一戦おっぱじめなきゃいけないのか。
しかも装備もほとんどない状態で。
危うく死ぬかと思ったぞ。
意外と薄い屋根は、控え室の音をよく伝えてくれる。
どうやら中では俺探しが始まっているらしい。
まあ、この屋根の上を選んだのは灯台下暗しを狙ってのことだ。
俺の身体は特別製――というか欠陥品で、魔力による探知を受けない。
また、魔法による術式も”窓”を使用して記述された術式などを少しばかりいじってやればばれることはない。
俺を見つけるとしたら、肉眼か衛星映像などでの確認くらいか。
とはいえ、衛星映像などこの魔法の楽園では使われることはないだろうけどな。
「さて、この後どうするかな…」
流石に入学式が始まったら俺探しもやめると思うんだが、それまで見つかるわけにはいかないし。
ここに隠れてればいいとは思うが、如何せん暇だ。
――ふむ、そうだな。
では、情報収集でも行うか。
***
ポケットから携帯を取り出すと、電話を掛ける。
普通、携帯で電話をかけた時になる《ピッピッピ》という音はせず、代わりにPCのHDDが回ったときのような、ウィーンという鈍い回転音が鳴ると、
「――ザッ――ザ――……こちら、リズスキャルフ・システム。あなたの知りたいことは何ですか」
少しの雑音のあと、可憐な少女の声が聞こえてきた。
……いや、確かに可憐な少女ではある。
しかし、その音声の一部には人間が出すには不自然な間や、息継ぎをしていないような言葉の繋ぎが存在する。
そう、彼女――リズスキャルフ・システムは人工音声で応答したのだ。
「いよー、リズ。ちょっと調べてほしいことがあってな」
リズ――リズスキャルフ・システムとは、俺たちが開発した全世界の情報を計測、収集、整理、保管する万能型人工知能である。
通称はリズ。
基本扱いは便利屋であり、性格はちょいS気味。
「ふぅ。またですか、朔夜さん。あなたはいっつもいっつもワタシに無理難題を吹っかけて無茶をやらかして自爆するんですねそんなヒトになぜワタシが情報を差し上げなければならないのですかというか少しはご自分で情報を収集する努力をしたらどうですかそんなことでいずれ痛い目を見ることになりますよいえもう痛い目はいろいろと見ていましたねええ研究所で素っ裸にされてそのま――」
「もういい!止めろ俺のトラウマを引っ張り出すな!」
訂正。
性格、ドS……。
「リズ…頼むから」
「分かっています。ただし、報酬はもらいます」
「ありがと…ん、報酬?」
なんだそれ。
「はい。近々、ワタシに移動端末化の実験が行われるようでして」
「移動端末?リズが?」
「はい」
先ほど説明した通り、リズは人工知能。
本体はパソコンなどのなかにいる、AIである。
「自分自身のコピーでも作んのか?」
「そんなバカな!主人格の分裂など、そんな恐ろしいことするわけがないでしょう!」
「あ、はい」
…よくわからんが。
「んで、なにして欲しいんだ?」
「はい、その移動端末と行動を共にしてほしいのです」
「行動を?それまた、何故」
「実験です」
…なんの?
「いや、それなら別のやつと」
「実験です」
「いや」
「実験です」
……あぁ、梃子でも動かぬこのAI。
「分かった分かった。じゃあそれでいいから情報、いいか?」
「了承しました♪。どうぞ、ご命令を」
なにか、リズが心なしか嬉しがってたような……?
それはともかく、やっと本題に入れるぞ…。
「この三人の情報がほしい」
そう言いながら、”窓”を展開。
そこに、最初控え室に入ったときに”見た”三人の魔力の情報を記述する。
魔力、というものは肉体から生成されるものである。
そして、その肉体から生成される魔力はその肉体だけのものである。
どういうことかというと、魔力の形質というのは人間一人一人で違う、ということ。
だから、魔力を判別することができる技能と、その判別情報を比較することができる環境が整っていれば、個人の特定を行うことも可能である。
前者は俺が。
後者はリズが行う。
「了解識別を開始します。……完了」
さすが万能型AI。
速い。
「…で、どんなだった?」
「えぇ、はい」
そういう、少しの思考時間が発生した後。
「――では、説明を開始いたします」
情報説明が始まった。