1
葛葉朔夜は凡人である。
いや、正確には元”天才”の凡人である。
―――それと同時に、朔夜という存在は”喪失者”でもあった。
「もしもし?あぁ、着いたよ」
超薄型の携帯端末を使って、遥と連絡を取る。
「『”亡霊”は見つかった?』」
「いや。こんな速く見つかるわけないだろうが」
亡霊は、表裏問わずに大きな影響力を持つ躑躅森家の情報網を駆使しても見つからなかったような相手だ。
俺ですら直接目の前にいないと見つけることは困難を極めるだろう。
むろん、こんな早くに見つかるわけがない。
「『そっか…。あ、朔夜の装備は送っといたからね!二日ぐらいすれば量に着くと思うよ』」
「すまん、助かる」
俺は戦いをする際、魔法使いらしくない装備を大量に使用する。
しかも、普通の魔法使い――それもエデンの園に来るような人間ならだれでも使えるような闇系統魔法、亜空間創造の魔法(亜空間を作り出し、荷物を持ち運ぶ魔法。基本魔法の一つに数えられる)も使えないため、原始的に物流を使って運ぶしかできないのだ。
本来なら、危険な装備をこういう場所に運び込むなどできないはずなのだが、それを直接の管轄下に無い場所で行える躑躅森の権力というのはすごいことである。
無論、端から戦闘なんてしなければいいだけであるのだが、この島では戦闘が積極的に肯定されている。
どこかしらで必ず戦闘をすることになるだろう。
それに、亡霊と戦うこともあるだろうし、装備はあったほうがいい。
――備えあれば憂いなし、ということか。
にしても、先ほどからじろじろとこちらを見る視線が気になる。
別に俺の容姿はそこまで見目麗しいというわけでもない(※そう思ってるのは本人だけである)から、視線を向けている先はこの携帯だろうな。
魔法使いは基本的に機械機器を使わない。
火などをおこすなどお手の物だし、移動なども箒や絨毯、人によっては瞬間移動すら行うのだから機械文明など使う必要がないのだ。
事実、機械文明は今現在魔法文明に負けている。
銃で武装した兵士が千人いても、一人の魔法使いに負けることなどあたりまえだ。
――だからこそ、世界は躍起になって魔法使いを育成しているのだが。
(遥が機械を使えるのは、明らかに俺のせいだよなぁ……)
遥は、魔法使いにしては珍しく機械を使用している。
来る前にこのエデンの情報を表示させたのは携帯だったし、部屋には高スペックPCなども完備されている。
普通であれば機械を忌避する魔法使いにとって、これは異常なことだ。
「つっても、遥もすぐにこっち来るんだろ?」
「『うん。サプライズ登場するからきっと驚くよ~!』」
遥は十六歳。
今年から高校に通う歳であり、俺も行くからという理由で彼女もエデンの園に来ることとなった。
遥は魔法の才にも満ち溢れている。
このエデンの園に来ることについて何の違和感も存在しないだろう。
――俺とは違って、な……。
「じゃ、もうすぐ学院に着くから切るな」
周りの目も気になることだし。
「『ほ~い。じゃ、また後でね!』」
通話を終了し、携帯をポケットにしまう。
にしても、後で、ね……。
――まさかな。
魔道教導院《エデンの園》。
総面積は四国ほどにも匹敵するこの島(なお、敷地が広大な理由は魔法の暴発による被害を抑えるため)は、五つのエリアに分かれている。
管理部とアリーナがある中央エリア。
学院や寮が集まっている東の学校区。
店が立ち並ぶ南の商業区。
学生以外の魔法使いたちが住む西の居住区。
食糧やエネルギー、資源を生み出す北の生産区。
ちなみに、エデンの園はアーコロジー構想を主体としており、生産から消費までがすべて島内で完結している(もちろん、アーコロジーを行うために魔法も大量に使われている)。
そして、俺は今、東側の学校区に向かっている。
「道長すぎんだろ……。箒とかそんなもの使わなきゃまともな移動もできないのかよ」
このエデンの園も、学院が一つしかないわけではない。
学院を集中させることによる一極化は魔法使いを平均的に育成するため、魔法使い全体の実力が低規模でとどまってしまうことになる。
そのため、現在、特に魔法の活性化を推奨させるここエデンの園では、むしろ学院の数は多くし学院内の生徒数を少なくするという学校の設立方が執られている。
”エデンの園”に存在する魔法使い=住民の総数はおよそ十万人。
四国に匹敵するはずの面積と比例しても少ないこの数は、エデンの園に来る人間が基本的に魔法使いのなかでもとりわけ強力で、才能を持つ魔法使いだからこそ、だ。
俺の様に平凡かそれ以下の魔法使いはエデンの園にはほとんどいない。
そして、そのうち学生の数は六万人。
学校の数は九十校。一つの高校に六百人ほどが在籍することとなる。
これを多いと思うか少ないと思うかは人次第であるが、いまの世界の学校は、一極化のマンモス化が進んでいるため、一つの学校に三千人が在籍なんて言うことは日常茶飯事(三千人で少ない方)である。
学校区のなかにはさらにエリア分けがされており、およそ十の高校で一つのエリアを構成している。
そして、そのエリア内で序列一位=つまり、最も優秀な高校が代表校=《ディーヴァ》と称され、エリア代表としてアリーナに出場することが可能となる。
ここ近年は、ディーヴァの学院が同じようになっていることが多く、そのことからエリアの名前をディーヴァの学院名で呼ぶことが通例となっている。
アリーナというのは……。
「あーもう!やっと着いた……」
魔法床によるブーストや、常駐型転移魔方陣による瞬間移動でなんとか学院まで行くことができた。
あまりにも暇すぎて、歩いている最中ずっと頭の中で学院についての説明を流してたほどだ。
ちなみに、俺が向うエリアは、ディーヴァ薔薇十字学院を筆頭とする、黒薔薇エリア。
俺と遥が入学する学校があるエリアである。
といっても、その学校は薔薇十字学院なのだが……。
見えてきた建物は、その名前の通りに黒い薔薇と白い十字架をあしらった意匠が特徴的な、バロック調の建物だ。
随分な歴史を感じさせ、見るものを圧倒する荘厳さをもつ建造物。
「さて。入学式といきますか」
葛葉朔夜。
彼=彼女の取り戻すための物語はここから始まる――
魔道教導院というのは、魔法を教える学院全体を指し、学院単体を指すときは普通に学院を使用します。