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身体を黒い影で覆い、薄手の鎧のようにしながら敵陣ど真ん中に飛び込んでいく紋羅。
おそらくは軍事訓練を受けているのだろう。
確定された死に所属しているのならば、対魔法使いの戦闘訓練を受けていても異常じゃない。
「あの魔法は……」
「闇属性単体魔法、影編」
質量を持たせた影を生み出し、自由自在に使役するという技。
闇属性の中では基本に分類される魔法であり、誰しもが使う技である反面、極めたものは斬鉄すら容易に行えるほどの強度を威力を持たせることができる魔法だ。
「おそろしいな、すでに最奥に到達するレベルだぞ、あれ……」
リガルディー学院の生徒たちから撃たれる魔法を、体に巻き付いた影を細く、鋭くして穿っていく。
どうしても防げないと判断した大型魔法などは身のこなしだけで避け、さらに進んでいく。
迷いなく。畏れなく。冷静に。
一体どれほどの訓練を積んだのか。
さらに恐ろしいのは、紋羅が使用している魔法はそれだけ激しい動きをしているにもかかわらず、影編一種類だけではないということだ。
「おうおう、闇水複合魔法、暗中水煙か。あれだけ派手に動いてよくやるなぁ」
紋羅の周囲を覆っている黒い靄。
あれは帝釈天の言う通り、暗中水煙。
複合魔法であり、効果を簡単に表せば、相手からの認識を歪ませるという魔法である。
闇の幻惑と水の攪乱効果を前面に押し出したこの魔法は、存在する位置や魔法を纏った対象の情報を相手に伝わりにくくする作用を持つ。
これは当然、上位魔法だ。
「ま、やるのは黒い嬢ちゃんだけでもないみたいだがな」
そういった帝釈天の視線は、上を向いていた。
そこには鮮やかな金髪の下半分ほどを濃い赤色に染めたレイチェルの姿があった。
―――魔法使いの中でも、特定の属性の魔法に異常に秀でた存在が現れることがある。
それは魔法において属性と混同視されることがある、魔精に愛された子供。
魔法使いの中の魔法使い……それを魔女という。
魔女は自身が愛された魔法を扱う際、身体の一部分の色を変化させることがあるという。
ワルプルギスが誇る九人の魔法使い、そのなかでも炎に特化したかの紅蓮の帝王の娘ならば、たしかに魔精に愛されることもあるだろう。
「そして、使用している魔法は火風複合魔法、火風綸か……」
これも当然、上位魔法。
そして、劣化してこそいるが、神話魔法だ。
火と風を混合した風車を生み出し、空を飛行するという効果は単純な魔法ながら、そのコントローラは非常に難しく、レイチェルのように優雅に空を舞うことは老練した魔法使いでも難しい。
「そして、次に何を行うかもわかりやすいですね、彼女は。血筋的にも、魔法戦闘的にも完全な魔法使いのようです」
リズが指向音声でそういう。
確かにな。
有利な位置を取り、大規模魔法で一気にケリをつけるという戦闘スタイルは魔法使いが最もとる手だ。
其れ故に、本来なら紋羅たち対魔法使いの訓練を受けたものはそれに対処できるようになっているのだが……レイチェルは怪物じみた力を持っているわけだから、ふつうのセオリー道理にはいかない。
だから、常にレイチェルと紋羅はその実力が拮抗するのだろう。
「ええい!上に意気揚々と立ってくれちゃって……!美人さんだから花があるけどもッ!そんなところに居たら焼き尽くしちゃうんだからね?!」
あれは、マーシャと一緒に歩いていた女か?
あの満月の髪飾り……間違いない。そして、レイチェルに向かっていこうとするその気概はいい。
だが、それは危険すぎるぞ……!?
「闇の月、光の加護。燦々落ちる光の欠片を積み合わせ、我が剣をここに……!」
詠唱が必要なタイプの魔法か。
詠唱を要する魔法は強力であることが多いのだ。
さらに少女は手荷物袋をぶちまけてしまう――その中から出てきたのは、月光石の破片だ。
なるほど、そう言う魔法か……だが、遅いぞ。
「アナちゃん……!!」
友人の少女に危険を知らせる声をあげたのはマーシャだった。
「……やばい、やばいぞこれは」
「ぬぅわっはっはっは、赤い嬢ちゃんもやらかすなぁおい!」
笑い事じゃねぇ!
上空に浮いたレイチェルから詠唱が零れ落ちる。
「南の太陽、神の水魚。孤独の一つ星をここに!―――《落陽》!」
「ッチ……過剰火力だってことがわからねぇのか、馬鹿が」
紋羅が毒づくが、まさにその通りだ。
あれは地上に太陽を作るに等しい魔法である。
使用魔力もさることながら、威力と範囲は群を抜く――最上位魔法の一つだ。
「ふん……。虚空の蔵、昏き天蓋。万象覆う闇の帳。―――黒葛原流、影之胎」
俺の見立てだと、単純な魔法の威力ならばレイチェルは紋羅を超える。
しかし、戦闘経験を持つ紋羅はそれに対しイラつきはしても、無謀になったり張りあったりはしない。
冷静に、躱すだけだ。
紋羅の身体は地面に広がった影の中に沈んでいき、現実からの干渉を防ごうとした。
「―――ッなに……?!」
「……ほう……?!」
――――だが、それをするまでもなく、地上の太陽は魔神の暴風雨に掻き消された。
「ククク……これほどの魔法使い……いや、魔女に出会ったのは久しいのう……」
「レヴィアタン……」
無から水が生まれる。
否……マーシャ・リドル・マザーズの身の内に宿る魔力を消費して、水の身体を借りた龍が現れる。
この威容、この膨大な魔力。そして、太陽を掻き消すほどの嵐を生む力。
―――魔神レヴィアタン。
「そんな馬鹿な、魔神の召喚を、こんな一瞬で……?!」
いや違う。
魔神は、最初からマーシャの中にいるのだ。
待機状態で。常に召喚をしている状態で。
「魔女だけではない。此度の戦場は才あるものが多いようだな」
靄の塊が、人の形をとる。
付近に小さな龍を飛び回らせているそれもまた、魔神。
―――魔神アスタロシュ。
「魔神の二体同時現界……あいつは、なにものだ……?」
「ふむ……?あの顔どこかで……ああ、マザーズの嬢ちゃんか」
「帝釈天、会ったことあるのか?」
「あるぜぃ?マザーズの家には何度か行ったことがあってな」
仏教の中でもかなりの地位にいるこいつなら、確かに名家に出入りすることもあるだろう。
だが、それならマーシャの評価を聞いていたはずだ。
「ま、やっと一皮むけたってとこかい?」
「……マーシャの実力を、知ってたのか」
「あの護法術を教えたのは俺だぜ?」
……道理で強固な術式だったわけだ。
俺みたいに、術式を解析することに特化していなければ、あの魔法を看破することは難しいだろう。
「結構内気な子でなぁ、いやぁ一皮むけてくれてうれしいぜ」
「で?一皮むけて法外な相手が生まれたわけだが、どう収拾するつもりなんだ」
「あ?……うーむ。まあ、あいつらがなんとかしてくれんだろ」
「だから、丸投げやめろやぁぁぁぁぁ…………?!」
こいつは……これだから……ああもう!!!
「遥、俺から離れるなよ!」
最悪、逗留中の魔導戦艦も動かさないといけないだろう。
その場合、当然亡霊探しなんてできなくなるが……。
「――――二人とも、私の友達を……守って!」
「「御意、我が主!!!!!」」
二柱の魔神が、動き始めた―――。




