3〜4
「剣に負けたのでは無い。歴史に負けたのだ」
彼にはこんな言葉を言って貰いたいものですね。
フレーズ的には最高です。
もし聞けたらシビれます。師匠と呼ばせて戴きます。
明治維新。
歴史の変わり目と申しますか、維新という言葉の意味は、“全ての改革”でございます。
維を、一新する。
さてさて、維とはいったい何を指しているのでしょう?
世界は誰にも止められないということか。はたまた、歴史は止まらないということなのか。
どちらにしろ、リアリストもロマンチストも、いざ選ぶとなれば困難です。
あなたはどっちを選びます?
私は―――
*3
休み時間。
「渚さまー」と、かわいい声で僕の元に寄ってきたのは、子猫ちゃん。 「様ですかっ?」
ではなくて、眼鏡の委員長。 「は?冗談でしょう?」
でもなくて、アメリカンのクォーター。 「ん、なにかな?草太」
でもでもなくて―
「俺は加藤。よろしくね」
モヒカンだった。
「わからないことあったら、俺に聞いてね」
なぜか親切なモヒカン君。いや、モヒカン改め加藤君。それもそのはず、名前は正直というそうだ。
「ああ、ありがとう。是非そうさせてもらうよ。加藤君」
「“まさちー”でいいから、いいから。まさちーって呼んでね。渚さま」
髪型と、顔と声と喋り方がこれほどまでに一致しない人間を、僕は初めて見たと思います。姉さん。
「ま、まさちーかい」復唱すると、“まさちー”は目を輝かせて目茶苦茶嬉しそうな顔をした。
「君が望むなら、そうさせてもらうよ。まさちー君」
嬉しそうな顔をした。濃い顔が正直悍ましい。近いって。いやいや!ウィンクとかしなくていいから……
「部活は何するか決めた?」
「いや、まだ決めてないよ」
「だったら演劇部に入ろうよ」
「演劇部?」
この学校では、誰でも、生徒なら例外なく誰であっても、何か部活動に所属しなくてはならない。事前知識としてそのくらいのことは知っていたが、「うん。演劇部」こうもいきなり、具体的に要求されるとは予定外だ。
「演劇部に入ろうよ」
「えっと、」だから顔を近づけないで。頼むから。「えっと、一通り見て、考えてから決めたいんだ。だから保留にしといてくれるかな」幽霊で許される部がいいんだよ。演劇部なんてありえません。運動部の次にごめんだよ。
「よし、わかったよ。それじゃあ入部届けは俺が書いておくからね」
「いや、だから」
「いやぁ、役者が足りなくて困ってたんだ。助かるよ」
誰かこのモヒカンに言葉を教えてやってくれ。
「保留にしといてくれないかな」
「うんうん」
「聞いてるのかい?」
「うん」
「だから保留に― 一通り見てから決めたいんだ」
「えっ?なぁに?」
……駄目だ。これは面倒臭いタイプの人間だ。「えっと」こうゆう奴にはどう接すればいいんだっけか、一渚草太?
……ああ、そっかそっか。そうだった。
答を思い出したところで、僕は素直に過去のサンプルに従うことにする。「実はね、加藤君……」まずは相手の目を真っ直ぐと見つめる。
「………」
一瞬固まって、身構える加藤君。僕は決して目を逸らさない。瞬きも我慢する。
「実は……」
「………」
「………」
言っておくが僕にそんな趣味はない。
「………」
「あ……なに?」
たまらず加藤君のほうから、目を逸らしてくれた。声のトーンを強めて、僕は言う。「僕は、僕は天文学部に入ろうと思ってるんだ」
「てんもんがくぶぅ?」
加藤君は語尾を上げて意外そうに驚いた。反応を確かめてから、僕は適当な言葉を思い付くままに並べ立てる。
「ああ。君はUFOを信じているかい?地球外生命体は?ホワイトホールの存在についてはどう思う?ブラックホールはやっぱり存在しないと考えるのが正しいのかな。そもそも重力と磁場の関係から言えば― いやいや、ホワイトホールの存在は否定したくはないんだ僕はっ!否定すると僕の仮定は崩れてしまう。でもでもブラックホールっていうのは―」
固まった顔をひくつかせる加藤君。こうゆうのを人は苦い顔というのだろう。微かな罪悪感は感じないでもなくはないが、そんなものは無視して僕は続ける。
「NGC2024って知ってるかい?暗黒星雲だよ。2004年にハッブル宇宙望遠鏡が捉えた恒星大爆発!いやぁ、あれは凄かった。でもでも、そのすぐ後にNASAが非公式にリークしたデータ、あれはおかしい、おかしい。おかしいよね。ね?」
「………」
「陰謀だよ陰謀!僕らみたいなアマチュアを宇宙の仕組みから締め出すための陰謀だよっ!アメリカ政府は悪どい。汚い!ロズウェルの時だってそうだ。あの時だってあいつらは―」
「わ、わかったわかった。頑張ってくれガリレオガリレい」
逃げるように去っていく加藤君。
虫避け成功。
基本的に僕は男は嫌いなんだよ。特に濃いー奴は。でも、まぁいいさ。あの手のタイプは経験済みだし、マニュアルに沿って柔軟に対応すれば案外扱いやすいっていうもんだ。不確定要素も一つあるけど、そのうちわかんだろ。どちらにしろ楽勝だ。敵じゃない。
さてさて、転校生その2はどうしているのかな?と僕はなにやら騒がしい教室後方をチラ見する。脱色とは違う、人形のような栗色の髪がわいわいと囲まれているのが目に見える。老若男女、いやいや老はいねえよ。若男女。言いにくいけど若男女に、坂本里美は取り囲まれて文字通りの質問攻めを受けてる模様。
《祖父はアメリカ人ですが、日本生まれの日本育ちです。両親も日本人です。だから、英語は喋れません。てへっ》だ、そうだ。
“てへっ”てなんだよ!旧世界のアイドルかっ?ドジッ娘か?眼鏡っ娘かっ? なんて。なんて、僕は強く思ったんだけれど、どうやらああゆうのは使う人間にもよるらしい。そして、坂本里美は許されるタイプの人間だった。
《僕は英語は喋れません。てへっ》
ウェンツ君のように。
さてさて、さーち、それにしても僕の元には未だモヒカン一人のこの待遇。半ば当然っちゃ当然なんだけど、ちょいと淋しな。子猫ちゃんでも来てくれないかなー 委員長はなんかさっきからずっと本読んでるし、……何読んでんだろ?―まさかっ!ボーイズラブか!くそうくそうくそぉー、あのクールな眼鏡の下にはそんな秘密が……「よっ」と、なぜか完全私服の男子が一人、「浅草だっけ?」声をかけてきた。
男かよっ!思ったけれど、これはなかなか美少年。委員長のボーイズラブに出てきそうなジャニーズ系のイケメンだ。いうなればWaTのウェンツじゃないほうの― ええーっと名前はなんていったっけ?色白の王子様みたいな―
「――中」
彼は言った。僕の反応を窺うように。
「――中?」
僕は少しだけ驚いて、疑問系で返した。なぜなら、その呼称には覚えがあったから。
「――中だったよ、俺は」
「――中かい!」
見事に隣の中学だった。浅草の記憶が頭をよぎる。まだまともだったころの、僕の記憶。そうだ。僕はこいつを知っている。
「ああっと、僕は×××中だったよ」
この偶然に感謝を表すように、僕は僕らしからぬ感情のある声をあげた。すると、口元だけにやっと笑う私服の美少年君。
「川向こうか」
“斎藤誠”は悪戯っぽく、からかうように僕に言った。けれど、少しも嫌な感じはしない。むしろ懐かしく、親しみのある声だった。
「川向こうか」
僕は同じ言葉で返した。中学生が友達をからかうように。昔流行った決まり文句を、喧嘩の前置きの言葉を、今は友好の証として口にした。
「“それ”をよこしな」
「やなこった」
僕がまだ中学生だった頃。浅草近辺では“校章狩り”なんていう今覚えば不毛極まりない遊びが流行ってた。よくいえば子供の遊び。悪くいえば抗争といってしまっていいような、中学生のプライドをかけたお遊びだった。
「懐かしいな、メラゾーマ。いや、一渚様と呼んだほうがいいのかな?」
「メラゾーマは止めてくれ……」
「また会えて嬉しいよ、メラゾーマ」
「いや、マジで!」
高校三年生の会話にしては随分とイタイレベルの内容だが、斎藤誠と僕の関係を説明するにはこれ以上はないキャッチボールだ。 ―想像してもらいたい。ポケットに発煙筒を忍ばせた中学生。至近距離で連射式打ち上げ花火を振り回す中学生。自分を含め、何人もの中川ダイブを引き起こした張本人の中学生……
「メラゾーマ」
言われて、僕はぐわぁと精神的ダメージをくらう。HPにして150は減っただろう。それで僕が生きてられるかどうかは怪しいが、
「燕返しを見せてくれよ」
僕はおぼろげな記憶をたどって、当時の彼の必殺技で反撃を試みる。
しかし、「………」
『効果は無いようだ。小次郎Aには聞いていない』
どこからか神の声が降ってきた。気がした。
「今でも、触ると火傷するってか?」
容赦が無いのは相変わらずということなのか、斎藤誠は僕のイタすぎる過去を不敵に笑いながらついてくる。両手で“何か”を持つ真似をして見せてから、
「俺に触ると火傷するぜ」
当時の僕の台詞を真似しやがった。
……これは痛恨の一撃だ。クリティカルヒットだ。大ダメージだ。ぐわぁー
『草太は死亡した……』
が、偶然にもリレイズをかけられていたため蘇る。
「いや、本当、悪かった。今だから謝る。僕が全面的に悪かった。悪かった」
無条件で3回も謝る僕。それもそのはず、僕はそれだけの所業をこいつにやってのけたのだから。とかく、メラゾーマ……今覚えば痛すぎる通り名だ。痛すぎる。わかる人にはわかると思うが、メラゾーマとはメラ系魔法の最上位種で、魔法使いが使う魔法の中じゃ最強レベルの攻撃魔法だ。スライムなら一発で20回は倒せる。序盤に使えたら勇者はいらない。戦士もいらない。武道家も。
斎藤誠は「ははっ」と軽く笑って、「偶然ってあるんだな。いや、でも驚いたよ。いつこっち来たんだ?俺は中学終わりにはもうこっちだったけど」
僕は少しほっとする。友好的だ。なんとか恨まれてはいないようだ。
「僕は八月、つい最近さ」
「そうか」と斎藤誠は相槌をうつ。「八月か……」
「親が家買ってさ。向こうじゃ平屋だったのに……なんだ、損失保証、だっけ?補償金がすごいのなんのって」
「ん……ああ、そうだな」
斎藤が少し渋い顔をしたのを、僕は見逃さない。一応、話しをかえる。
「君はやっぱり、剣道部かなんかかい?君の剣技は凄かったけど。ほら、燕返し!……だっけ?」
「たはっ」斎藤は首を横に振ってから、「本当、懐かしいな。なんであんなんが流行ってたんだろうな。さすが中学生だよ」
「結局、あれはどっちが勝ったんだ?問題になってから、なんかうやむやになったけどさ」
「――中だろ」と斎藤。
「いや、×××だ」と僕。
「あれれー、まこちゃんなぎぃーと知り合いなんですかっ?」と子猫ちゃん。
何の前フリもなく会話に割り込んできやがった。
「友達なんですかー?」言いながら、斎藤の頭をペシペシと叩く子猫ちゃん。そして、軽くあしらうように、「あー」と素っ気ない斎藤。どうやら、ここには繋がりがある模様。
「なぎぃー」と子猫ちゃんは僕を見て言った。
「わたしは近藤由憂理。よろしくなのだ。なぎぃー」
どうやら僕のあだ名は“なぎぃー”に決定したらしい。
「まぁ、これは気にすんな」と斎藤はデコピン一閃。「ふぎゃあ」と大袈裟なリアクションをとる子猫ちゃん。いや、子猫ちゃん改め近藤……近藤……なんだっけ?まぁいいや、子猫ちゃん。
「そいでお二人の関係は?」
興味心たっぷりに僕と斎藤に聞いてくる子猫ちゃん。なんだか《ワクワク》なんて効果音でも聞こえてきそうな悪戯っぽい顔してる。
「………」
斎藤が子猫ちゃんを空気と決め込んだので、ここは僕が答えることにする。
「魔法使いと佐々木小次郎。異種格闘技で、昔戦った戦友。いや敵同士だよ。こねっ……近藤さん」
「ほえっ?」と言ってから「んー……」と真面目に考えだしてしまう子猫ちゃん。少し経ってから、「わかりましたっ!」ポン!と手を叩いて嬉しそうに僕を見た。そして、「二人は恋敵なんですねっ!」これでもかといわんばかりに大きな声でそう言った。
「あほか!」
すかさず斎藤のツッコミ。容赦なくスコーンと子猫ちゃんの頭をどつく。いい音。
「なにするですかっ!」
「うっさいボケ!」
ああ!これはなかなか名コンビだ。素晴らしい。なんて思ったところで、「ちゃっせー」教師が現れた。
休み時間終了。
*4
……龍馬に薩長、西郷はんに勝海舟、徳川慶喜、大政奉還、王政復古の大号令。鳥羽・伏見、長岡城に会津若松ときたら五稜郭。アームストロング砲が火を吹いて、やれ明治が始まりましたとさ。めでたしめでたし……
まったく初っ端から明治維新たぁやってくれるじゃないの。でもまぁ、授業って奴は大概どこも一緒なんだね。
生徒諸君は内職どーぞ、私は何も見てません。
浅草でもこんなんだったな。歴史の構図は。
ちいと前に問題になった気がしないでもないが、やはりこんなもんでしょ。三年の二学期、こんな多感な時期に歴史なんて、スペック無駄遣いもはなただしいというものだ。まぁ、僕は結構好きなんだけど。
桂小五郎― 後の木戸孝允。長州藩代表として、薩長同盟に力を尽くす。明治新政府では参議となる。西南戦争のさなか、病死。
大久保利通― 薩摩の下級武士の出身。明治新政府では版籍奉還、地租改正など近代化政策に取り組む。西南戦争翌年、暗殺される。
西郷隆盛― 倒幕軍を組織し、江戸城無血開城を成し遂げる。明治新政府では参議兼陸軍元帥となるが、外交政策に破れ退く。西南戦争の末、城山にて戦死。
以上、明治維新三傑でした。
僕は教科書ペラペラ、維新の英雄達を斜め読み。
まったく幕末ってのは役者にゃ事欠かない時代だな。龍馬よろしく、大久保利通、桂子五郎、西郷はん。近藤勇に高杉晋作ちょいとマニアにゃ吉田松蔭ときたもんだ。『歴史の転換期には総じて英雄が現れる』なんてのは聞いたことあるけど、やっぱり英雄は坂本龍馬かな?話題性は抜群。日本初の新婚旅行に、薩長同盟の立役者。江戸城無血開城に、悲遇の死。生きてたら総理大臣にでもなってたんだろうなこの人は。暗殺したのは誰なんざんしょ?て僕はスネオのママですかっ?
榎本武揚― 函館新政府のリーダー、旧幕府海軍副総裁。降伏後は、特命全権公使として外交に力を尽くす。
土方歳三― 元新撰組副長、函館にて戦死。
元新撰組鬼の副長は、なんで函館くんだりまで行って戦わなきゃならなかったんだろうね、司馬先生?生まれは多摩の農民のせがれで、若い頃は薬屋さん。今でいやぁごくごく有り触れた一般市民があれよこれよの幕臣、旧幕府軍参謀に大躍進。僕が思うに一番歴史に翻弄されちまったのはやっぱこのお方だと思うんですよ。“燃えよ剣”じゃあないけれど、戦う理由は一度お会いして聞いたみたいていうもんだ。サイン頼んだら切られそだけど。
「あいたっ!」
切られた?訳じゃないけど頭にコツンと何か当たった。《何事じゃー》と吉宗っぽく僕は振り向く。すると、紙ヒコーキをあわてて拾う後ろの席の女の子。ゴメンと目配せ、その後ろでにやにや笑う男子が一人。なるへそ、あいつが飛ばした飛行機が僕に刺さった。そうゆう訳か。先っちょ折れよ。地味に痛ぇ。
僕は気にせず幕末へと思考を戻す。新撰組隊士達を近藤、土方、沖田と並べて二番隊隊長は誰だっけと― 確か三番隊は斎藤一。二番隊は二番隊は……むぅ、思い出せん。近藤、土方、沖田ときたら、……ぐあぁ……誰だっけ?
こういうのは一度悩むと厄介で、頭の中を空白の二番隊隊長が行ったり来たり、名無しのくせに記憶の上座にどでんと居座り、不毛な 50分が経過する。誰だっけ誰だっけ誰だっけ?
そんなこんなで一限終了。
休み時間。
僕はとりあえず後ろを振り向く。斎藤、斎藤、斎藤一。斉藤は、っと……
……寝てやがる。二番隊隊長は誰だか聞こうとしたのに、あの野郎。
仕方がないので、僕はぐてっと机に顔をくっつける。ひんやり感がたまらない。
「 」なんか聞こえた。気のせいだ。
「一……」いや、どこからか僕を呼ぶ声が聞こえるぞ。
「…渚君?」怯えるような小さな声に、僕は振り向く。
「あのあのあの……」
挙動不審の女の子を発見。後ろの席の娘だ。名前は知らない。黒髪で……んーさしたる特徴無し。ただ、物凄く気弱そう。痴漢に合っても無抵抗で我慢しちゃうタイプ。
「なにかな?」
僕がいたって普通に聞くと、
「ひっ」とたじろぐ気弱ちゃん。僕は何もしてないんだけれど。こういう娘なのか?男性恐怖症とか。
気弱ちゃんはなんだか恐る恐る、僕の顔を伺うように見た。目が合った。すぐに逸らされる。そっぽを向かれた。180度。
「えっと……」こういう押しに弱そうな娘はタイプじゃないけど、ひとまず名前でも名前でも聞いておくのが最上だというものだ。僕はそう思って、「君の名前は何ていうのかな?僕は草太。ただの草に、ただの太で草太。草太だよ」クォーターの台詞でもパクって聞こうとしたら、
「一渚君……」気弱ちゃんは怯えるるように僕を見て、「あの……これ……」制服胸ポケットから何かを取り出す。なぜか泣きそうな顔でまじまじとそれを見つめてから、おどおどと、そしてプルプルと僕に差し出してきた。
「なに?」と僕は受け取る。椅子に座ったまま、何気なく。
四つに折られたルーズリーフだった。
まさかラブレターか?なんて僕は思考を飛躍させる。けどけど、ハートマークは見当たらない。それどころか折目がズレてて雑な感じ。気弱ちゃんはO型なのかな。
「えっと、これは?」
「………」
なんか言えよ。
「見ていいのかな?」
気弱ちゃんは困った顔をした。コクリと頷く。
許可が降りたところで、僕は折り畳まれたルーズリーフを開いてく。
ラブレターかなぁー だといいなぁー なんてあほな思考の中、ペラッと開く。
『私を抱いてください』
「………は?」
吹っ飛んだことが書いてあった。
「………」
僕は唖然する。
意味がわからない。
「えっと……」
意味がわからない。僕は聞く。
「これはなに?」
すると彼女は「ああああ」と今にも泣きだしそうな顔を、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」連発。「うわぁぁぁ」泣き出した。
「いや、ちょ、な……」
「あぁぁあぁ……」
目の前で女の子に泣かれた経験は2回ある。2回とも不可抗力だった。今みたいに。けれど、けれどけれど、それはあくまで予想の範囲内の涙。こんなイレギュラーな涙の経験は、僕には無い。
「……ど、どうしたん?」
そのくらいしか僕には言えない。
「あぁぁあぁ……」
僕は何もできずにあたりを見渡す。眼鏡の委員長と目があった。0.2秒で逸らされた。子猫ちゃんと目があった。ビクッと固まってから、苦笑い。教室から逃げ出した。
なんだなんだなんなんだぁ?
クラスのみんなはなぜか意図的に“気付かないふり”をしているようで、たいていの輩は僕をチラ見しながら、ごくごくありふれた休み時間のお喋りを継続してる。
「あぁぁあぁ……」
両手を目に置いて、必死に涙を拭う女の子。か細い声が僕の胸にグサリと刺さる。自己嫌悪……けれど、けれど、どう考えても意味不明。不可抗力。百歩譲って、千歩譲って、僕に非があるとは思えない……
さて、どうしたもんだ?一渚草太?
こういう時、男は黙って抱いてやりぁいいのかい?どうせ初体験はまだなんだろう。いい機会じゃないか?タイプじゃないが、貰えるもんは貰っとけ。損は無い。相手が求める以上、キミは押し倒しても許される。ここじゃなんだし、とりあえず保健室にでもお誘いするか?
……んなあほな。僕はようやく情況を理解する。
妄想癖の僕でも、この娘が不二子ちゃんとは到底思えない。不可解なクラスの反応。そして、“あいつ”。
これは“イジメ”だ。
さっきっから教室後方でにやにや笑ってやがる男子。授業中、僕を狙撃しやがった奴だ。あと、男が二人に女が一人。この比率はルパン……いや、今はいい。とにかく、この娘は望んで僕にセックスアピールをしたんじゃない。無理矢理にこんなことをやらされた……
やってくれるじゃねぇか。
僕を“だし”に使うたぁ、いい度胸だ。これはイジメ兼“サグリ”だ。
オーケイ。不確定は消えた。
感情はイーブンだ。もう、僕は対応できる。
「えっと、君は?」
僕はいいながらポケットをまさぐる。ハンカチ、いや、ハンカチ替わりに愛用してるトーションを取り出す。そして手渡す。
「………」
反応が無いので無理矢理持たせる。僕は基本、女の子には優しいんだ……いやマジで。
「困ったなー いったい全体どーしちゃったんだい?」
適当に言って、クラスの反応を確かめる。
あからさまにこっちを見る者はいないが、注目度が上昇したのが空気でわかる。みんな僕がどう対応するか気になるんだろう?
虐められっ娘の救世主となるか。
はたまた、
知らぬふりを、決め込むか。
僕は―――
「ねぇ、新撰組の二番隊隊長って誰だっけ?」
ニコッと笑顔で、そう聞いた。
どうも役者にはなれそうにありません。