転校生 1
君の世界になりたい。
なんて、初恋の時は思いもしたけど、いかんせん、大それたことはそうそう言うもんじゃありません。
《君の小鳥になりたい》
これは人を愛した人の台詞です。
シェイクスピアに聞かれたら、なんていわれるかわかったもんじゃありません。
若気の至りって奴ですか。
回る世界を知らないわけでもないでしょうに、本当に幼かったんでしょうね。
6年経っても、さほど変わっちゃいませんが、今ならちったあ気の利いた台詞も言えるかもしれません。
*0
“友達は選びなさい”たぁ言いますが、いやはや理にかなったお言葉です。
命は一つと知ってから、はや十年はたったでしょうか。
もしかするとその時からでしょうね。
答を迫られるようになったのは。
知らないとは素晴らしい反面愚かです。愚かな反面素晴らしいのでしょうか?
どちらにしろ、僕はもうそちら側には戻れません。
「命は何個あるの?」
僕は聞きました。
「そんなの一つに決まってるじゃねーか?」
お父さんは言いました。
きっとそれがスイッチだったんでしょうね。
この歳になって、やっと問題がわかりました。
「どうして僕は生きてるの?」
答は見つかりませんでした。
見つかりません。
見つからないでしょう。
「どうしてキミは生きてるの?」
答はわかりません。
わかりませんでした。
きっとこれからもわからないでしょう。
「どうして僕はここにいるの?」
「どうしてキミはここにいるの?」
どうしてここは、ここにあるの?頑張りました。努力しました。わかろうとしました。わかりませんでした。わかった振りをしました。わかったつもりでいました。
「答はあるのでしょうか?」
僕は聞きました。
教えてもらえませんでした。
案外僕はもうわかっているのかもしれません。
「生きていていいのですか?」
答はありませんでした。
「わからなくても、いいのですか?」
答はありませんでした。
「わかりました」
わかりませんでした。
わかりません。
きっとこれからもわからないでしょう。
そうやってボクを否定するのか?
全てを否定するとは言わない。ないけれど―
全てを許容できるほど寛容じゃない。
ボクは認めない。
認めない認めない認めない。
*1
「座れー 座れ座れ座れ。席につけー! 喋るなー」
「うわおっ!まっちー??おヒゲ?はぁ?添っちゃったの?別人じゃん?」
「なになにっ?もしやイメチェン?イメチェンですかぁ?まっちーイメチェンしちゃいましたかっ?」
「誰ですかー?新人さんですかー?」
「いいから座れー 着席。椅子に座れー」
「ヒゲっ!!ヒゲ、ヒゲ、ヒゲねーじゃん!」
「まっつ、ヒゲは?」
「ヒゲ!」
「ヒゲ無きゃ、ただのまっつじゃん?」
「ヒゲ?」
「ヒゲ魔神。ヒゲ無し魔神!」
「ヒゲはっ?」
「ヒゲ!」
「ヒゲ」「ヒゲ」「ヒゲ」
「とりあえずヒゲはいいからとにかく座れー ヒゲは忘れろ。ヒゲは忘れろ。静かにせい―」
放置プレイ― こうゆう状況のことを、《放置プレイ》そんなふうに呼ぶ人間が以前いた。
どこらへんがプレイなのかは理解に苦しむ比喩だが、シェイクスピアが現役だったらきっと好んで利用していたに違いない。
かくいう僕も、三年A組教室前で放置プレイ。
なんでも松平公平いわく《サプライズは待機》だそうだ。きっと彼は、お誕生日会のプレゼントは最後までとっておくタイプに違いない。転校生の登場を勿体ぶって、何食わぬ顔で日常の一場面を演じてる― 状況はまぁそんなとこ。
むろんそんな演出僕は求めちゃいない。むしろ迷惑。なんだけど、僕に拒否権は与えられてはいなかった。
一生徒― しかも新参者の僕なんかが、先生の個人的趣向に異を唱えるのは、浮石沈木というものだ。
だから、僕は彼の外観からくるまだ数少ない情報と、否応なしにでも聞こえてくる“ヒゲコール”を参考に松平公平という教師の人格形成見極め作業に取り掛かる。“これ”は半ば現実逃避の感が否めないんだけど― 僕は未知の食材は、それが何か確実にわかるまで口にしない。どうしようもないくらいに保守的な人間なんだからしょうがない。
さてさて、松平公平。松平と聞いて、僕は会津藩主松平容保を想像してしまうがそれはこの際どうでもいい。ヒゲコールからして、威厳はないと推測。がたいのよさは結構なものだ。きっと学生時代はラグビー部だったに違いない。ピシッと決まったジャージ姿は、どこからどう見ても体育教師。しかしながら、ありがちな熱血漢ではないらしい。面倒見のいい親戚のお兄さんといったところか、月並みには生徒に慕われているようで、少しくらいのお痛なら気にしない。少なくとも軽い蔑称なら無視して流す―
「ねぇ、キミ?」
と、ここで後方から僕の思考を邪魔するものが― 声をかけられてしまった。
僕が不毛な人間推定に走った原因。
未知の食材。新たな種。白紙の解答。猫の背骨。
すなわち― 不確定要素。サンプル不足。というかサンプル無し。
「キミはいったい誰なのかな?」
坂本里美はそう言った。
「君の名前は何ていうのかな?よかったら教えてくれる?男の子が名乗るのは、礼儀だよ」
「……あれ?さっき先生が―」言ってなかったっけ?だから僕はこの娘の名前を知ってる訳で同時にこの娘も僕の名前を知ってるはずで― んー、まぁいいや、「ええと……、僕は一渚だよ。坂本さん」
“坂本さん”は、軽く首を傾げて、僕を見て、「日本人は名前より苗字のほうが大事なの?」と僕に聞く。まるで覚えの悪い生徒を教師が優しく教えるふうに。そんなこともわからないの?緑の瞳が無言でそう、語ってる。
僕は、「君も日本人だろ?それともやっぱ国籍は違うのかい?」などとは聞かずに、
「えっと……、それはつまり、どういうこと?」そう聞いた。サンプルが無い以上、深くは踏み入らないのが最上だというものだ。
「わたしは名前を聞いたんだよ?君の、な・ま・え!あるでしょ?」
「そりゃあ、ありますが……」
「まぁいいや。わたしはサトミ。ふるさとの里に、美しいの美で、里美。里美だよ?」
だよ?って言われましても……、なんだ?これってカルチャーショック?まぁ確かに、世界にゃ苗字より名前を重んじる国もあるだろうけど。いったいこの娘はどこの血が混じってるっていうんだ?
「ほら、君は?キミは誰?」
誰?誰って僕は― ……決まってるじゃないか「一渚草太。えっと……、ただの草に、太郎の太で“草太”草太だけど?」
「ただの草?雑草や道草の類い?むしってもむしっても生えてくる生命力豊かなオオバコ草とかの草?」
何もそこまでは言ってない…… にしてもオオバコソウ?そんなマイナーな草知ってるようじゃ、少なくとも帰国子女とかでは無いのかな。日本語も流暢だし、“目と髪”以外は普通の、ごくごく一般的な“日本人らしい女の子”そのものだし。まぁ胸が無いのがたまにきず ―Aカップか?― だけど。
「あいつら、私のハーブ畑によく侵入してくるのよ。栄養横取り― 気付いたらタイムがヨモギ― みたいな」
よくわからん比喩だが、坂本さんは自分で言って自分で納得したようで、「ね?」まるで小学時代からの友人の如く僕の顔を覗き込む。
「……?」同意を求められても困るのだが。……つまりこの娘はガーデニングが趣味だと、つまりそういうことか?
「でも草太かぁ……」と坂本さんは頷いた。それほど近いわけではないが、緑の瞳が僕の視界に嫌でも入る。エメラルドグリーンの瞳を持った女の子……。参ったな。こればっかりはサンプルないんだ。どう対応していいかわからんぞ?なんて、そんな僕の悩みはお構いなしに、彼女はニコッっと素敵な笑みを僕の視界に見せ付ける。やばい― 笑うとかなり―
「何だか冴えない名前だけど、わたしは好きかも」
「そ、それはども……どうも」
な なんだ? 急に何を― 何を言いやがんだこいつはっ!
くそっ!迂闊にも動揺しちまった。
「ま、よろしく、草太」
しかも呼び捨てかよ!
*2
「はい、おはよう諸君。みんな久しぶりだな元気だったか?えー今日から新学期、休みボケせず切り替えていこう。ん、川嶋おまえ真っ黒じゃないか。ガンになるぞ。加藤はなんだぁ?その髪はー いまどきモヒカンなんて流行らんぞ?ん?流行ってるのか?知らん、醜いから全部剃れ。斎藤は制服無くしちまったのか?せめてズボンくらいは履いてこんかバカタレが!んん、まぁあれだ、みんな元気そうでなによりだ。二学期も宜しく頼むぞ我が生徒達。……ええと、それでだな、実はちょっとしたサプライズがあるんだが―」
ガラガラとドアが開いて舞台は整ったということか。担任、松平公正が僕らを手招き、「中に入って来たまえ」と。
僕は意味無く松平公に頭を下げてから、表情に細心の注意をはらって教室へと重い足を踏み入れる。第一印象は重要だ。それだけでキャラクター付けの九割りは済んでしまう。だからこそ緊張は隠して、特徴は伏せる。大事なのは焦らず、なめらず、かつなめられないこと。自然。そう、何気ない日常の一場面を演じること。サプライズにしないこと。
……オーケイ、感情はイーブンだ。さあ行こう、一渚草太!
「転校生だ」
見りゃわかると言わんばかりの30人分の熱視線。なるほど、これが転校生というものか。実際やってみるとあまり気持ちのいいもんではないな。まぁわかってはいたけどさ。
僕はぐるりと教室を、なるたけ誰とも目が合わないように見渡す。モヒカンやら私服やら黒い異星人やらより取り見取り。校風は自由。なるほど。聞いてたけど、そういうことか。それになるほどなるほど、ちらほらと空席がある。おおかたドロップアウトが多発したとかそんな理由だろう。そうでもなければ、一クラスに“二人”それも同時に、なんてのは普通はありえない。何クラスかに振り分けられるのが通常、自然というものだ。
それにしても嫌な視線だ…… 僕という人間を、外観だけでとりあえず見極めようっていうんだろう。そんなら、おあいにくさま。僕に特徴なんてありゃあしないよ。黒髪、黒目、身長百七十センチの五十五キロ。顔の作りも至って普通。ついでにいうなら頭ん中も運動神経もオール三。どうだい。まさに平均的な男子高校生ど真ん中。まぁ普通過ぎるってのが特徴、そんな意見もあるかもしんないけどさ。
でも、嫌だ嫌だ。初対面の見知らぬ集団三十人にこんな品定め受けるなんて……特に一番前のモヒカン。おまえさっきから見すぎなんだよ。僕は断じてまだ何も言ってないぞ。気にさわることなんて一つも― ああ、そうか。遠藤君もきっとこんな気持ちだったんだろうな。すまない、今だから謝るよ遠藤君。あれ、近藤君だったっけ?まぁ、どっちでもいいさ。とにかく檻の中のゴリラの気持ちが今ならよくわかる。石なんか投げるんじゃなかったな。
でも、やっぱり― というか当たり前というか、注目度は僕より彼女のほうが高いみたいだ。モヒカンや眼鏡の委員長他数名除いて、クラスの視線は彼女に集中してるといっていいだろう。
転校生その二 、坂本里美。
いや、違うな。僕より彼女のほうが注目度は高い訳だから、この場合は僕がその二になるのだろう。
そりゃあ、そのエメラルドグリーンの瞳は目立つだろうね。それでいて髪は栗色さらさらカールちゃんときたもんだ。やっぱり地毛なんかな?さっき廊下で話した時は比較的感じ良かったふうだけど、なんだ、メンデスの法則?メンデルだっけ?エンドウ豆の遺伝は三対一とかそんな感じの……、名前も日本人だし、日本語もペラペラだったし、クォーターかな?まさかカラーコンタクトってことはないだろう。
「それじゃあ、お約束の自己紹介いってみようか」と松平公正が言った。
その台詞が一番お約束だと思うけど、まぁいいさ。レディファースト― うん、いい言葉だ。一番好きかも。それじゃあ注目度No.1。緑の瞳のイカした彼女、転校生その一からお先にどーぞいってみよう。なんて、思った矢先「はい、紳士的に一渚君からいってみよう」と松平公正が言った。
「はぁ?おまえは越前ノ神かっ?会津藩主松平容保かっ?こういうのは最初のほうが不利なんだよ、ばかやろう!おまえは新撰組率いて京都でも守ってろー!」なんて存外な突っ込みできるわけなく、「初めまして、一渚草太です」僕は不服ながらも素直に従うことにする。「よろしくお願いします」我ながらなんの捻りも無い滑り出し…… サッカー選手が試合後のインタビューで“そうですね”連発するくらいわかりやすい。
「………、………、………」
「……それだけか?もう少し話せるだろう?趣味とか」
うっさいヒゲ無し魔神!んなのわかってんだよ!
「ええと……」
さあて、どうしたものか?紳士的に転校生その一になっちまったが……、注目度は中々じゃないか。落ち着け。落ち着くんだ僕。こういう時は焦らず、なめらず、なめられず― そうだ。あくまでクールに有り触れた言葉を紡ぐんだ。
「ああー……」
駄目だ。言葉を止めると注目度は上昇しちまう。何か言え!何か言うんだ。言っちまえ!
「……東京から来ました」
「………」「………」「………」
沈黙が帰ってきた。
あほかっ!ここも東京じゃねえか!しかもここ多摩地区だけに感じ悪いぞ。どうする?どうする―? 一渚草太?九月にして下半期最大の正念場。見知らぬ集団三十人が僕の次の言葉に注目してる。僕の一挙一動微塵も見逃す気配は無いときたもんだ。冷たい視線に、向かい風。助け船は期待できない。大海原にペットボトル一本で浮かんでる。さぁてどうする?次の言葉は?次の言葉は―
「ここも東京だよ。知らないの?」追い風が吹いた。左斜め後方から― 何がウケたかくすっと笑って、転校生その二、坂本里美。あまりにも当たり前のように言われたから、僕は思わず「知ってます」答えてしまった。真顔で前を向いたまま、笑いもせずに。
それが功をせいしたのか、はたまたぬけた奴だと思われたのか、教室の空気が軽くなった。前列のモヒカン君がははっと笑って、いやはや、これは全体和やかムード。アットホームな受け入れ体制調ったいうわけか。サラダボウルに僕の居場所を見つけたよ。なんてアメリカチックなフレーズでも降ってきそうな変わりようだ。
そして、僕の話す相手も見知らぬ不特定多数から、特定個人に― 少なくとも名前は知ってる背後のクォーターに変化。
「浅草のほうに済んでいました。都市再開発の煽りで強制退去処分を受けて、こちらに来ました。済んでた家は二十分で取り壊されて、今は浅草ヒルズになってます」
「………」「………」「……ははっ」
なぜかモヒカンにはウケがいい。笑い上戸か?
―と、ここで前列、眼鏡の委員長が手を上げた。なぜに挙手?……これは指名が必要なのか?「はい、それじゃあ1番前の眼鏡君」なんて言える訳ないじゃないか。いや、でも客観的にみたらむしろ言うべきなのか?
「部活動、委員会活動は何かなさっていましたか?」
特に指名は必要ないらしい。にしても、見た目通り真面目な娘みたいだ。もしや本当に委員長か?風紀委員とか、いや生徒会書記なんてのも怪しいぞ。
「帰宅部で、委員会は……何かやってたような気がします。ええと……すいません。何かは忘れました」
「……そ、そうですか……」 聞いた私がバカだった。眼鏡の彼女は、そんな顔してやたらと下手な愛想笑いをしてくれた。
あ、この娘結構タイプかも。難くて、ちょいときつめの感じが、しかも眼鏡ってのが僕的にはポイント高し。名前なんていうんだろ?
「ハイハイハイー」と休む間もなく、後ろのほうから元気な声が飛んできた。ショートカットに茶色い猫っ毛、もじどおり猫みたいな女の子。
「とりあえずあだ名が絶対必要だと思いますっ!」
だから勝手に喋るなら挙手は必要無いって、いやマジで。
「前のガッコでは、あだ名はー、一渚君はなんだったんですかっ?」
文法的におかしいけど、キャラ的によしとしよう。こういうタイプは軽く流してやるのが最善だというものだ。
「普通に一渚君でした」
「えええぇー」と予想通りの反応を見せてくれる子猫ちゃん。不服たっぷりに机の上に手を置いて、つまんない。そんな顔で、僕を見る。
もちろん、僕だってこんな答えで許されるとは思って無い。この手の質問に対する答えは、3日前から用意されているのだよ。ねぇ、委員長?―て、委員長聞いてねえし。本読んでる。なになに……カバーでわかんねぇよ。もしかして、委員長もう僕にはあんま興味無い?
僕は一度クラス全体を見渡してから、茶色い髪の子猫ちゃんへと目を戻す。一秒置いてから、確かめるように真顔で言う。
「ごく親しい友人には一渚様と呼ばれていました」
「ぇ?」
きょとん。とする子猫ちゃん。
「えぇぇ」と言葉に詰まってから回りを見渡した。これまた予想通りの反応。この手のタイプは本当わかりやすい。飼うなら絶対この娘だな。
そして見渡された回りはというと、
「………」「………」「……ははっ」
モヒカンがまた笑って、他大勢はとりわけ変化無し。若干苦笑も見えるけど、まだまだだ。もう少し、いたって真面目に笑いを誘おう。僕が笑うのはそれからだ。
「略して渚様と言われることもありました」
「……さま……ですかっ?」
「様です」
「………」
欠けらも笑いを見せずに、笑いを誘う。そうすると僕は― 少し変わった奴。掴み所の無い奴。不思議な奴。概ね大体そんな感じに認識される。ここで大事なのは下手な愛想笑いは見せないこと。すなわち、なめらず、なめられないこと。そうすれば僕の位置付けは、ある一定の位置に振り分けられる。上でも、下でも、真ん中でもない“あやふや” ―つまり、保留だ。
「………」
黙ってしまった子猫ちゃん。自分で《あだ名が必要だと思いますっ!》なんて言っておいて、対象の求めた唯一の呼称が“様”じゃ無理も無い。
「ないね……」
何か後ろから聞こえたけれど、気にしない。僕はここで子猫ちゃんのフォローを試みることにする。半分は― というか八割方は自己保身なんだけど。
「子供の頃、近所に一渚之神という神様を奉った神社があって……どんな神様かは知らないんですけど…… まぁ、由来はそんなとこです」
僕が言うやいなや、ホッとした表情を見せる子猫ちゃん。わかりやすい。
僕は続ける。自己保身の供述を。「だから尊敬や人気で様付けだった訳ではありません。どちらかというと蔑称として― いいえ、全面的に僕をからかうための、悪意みを込めた蔑称でした」真面目に、なんてことはない、日時の一場面として感情込めずに言ってやった。
「そりよっ……」子猫ちゃんは一度噛んでから、かろうじて「そぉーなんですかっ」相槌をうって答えてくれた。“そうなんですか”の7文字で噛むほうが高等テクだとは思うけど、この際君のことは何でも許そう。例え、絡みにくい奴、ウザイ!なんて僕のことを思っていたとしても許しちゃおう。それだけ― それだけ君は、僕の人格形成に絶大な貢献をしてくれている。もう、首輪付けて家に連れて帰っちゃいたいぐらいだよ、子猫ちゃん。ん? ―子猫ちゃん?何だ?とゆうか、君は僕の中で、もう自然子猫ちゃんに決定してしまってるじゃないか。まぁ、そうか。実際そうだろな。“あだ名”なんていうものは本来わざわざ考えたりするもんでもないだろう。普通は“思い付く”ものなんだろうな。はたまた、自分と他人の関係を確認するための手段。か。
「ええと……、それじゃあそろそろいいですか?」
なんて、許可は欠けらも求めちゃないけど、僕は一応前置きをする。それから、「改めてよろしくお願いします」うやうやしく頭を下げ、すぐに上げる。「ええと、」言って、クラス全体をぐるっと見渡す。キッと睨みつける感じだ。間を置いて注目度を上げる。
「………」
さあて、舞台は調った。さあ行こうじゃないか?一渚草太。キミの出番だ。待ってました!千両役者。一億円のスマイルを見せてやれっ!
「僕のことは一渚様でお願いします」
ボクは、ニコッとこれ以上ない満面の笑みを、観客席に見せ付けてやった。
あなたに会えて、幸せでした。