詠み歌と、彼女の過去
城に来て何日経ったか最早分からなくなってきているオーレリアこと、アリア。
闇が辺りを包む中庭で、一人、星が瞬く空を見つめていた。
寒くないようにきちんと上に単を羽織っている。
城の生活にはこれまでの経験から慣れているとはいえ、雰囲気にはいつまでたっても慣れなかった。
適性というものであろうか。よく分からないが、とにかく慣れないのだ。
なので、こうして落ち着こうと中庭に出向いているのである。
星が瞬く。日本では、見えるのが当たり前であったのに今は珍しくなってきたもの。
「オーレリア、ねぇ……」
ふっと、口から洩れた呟き。
それは、この国で通している名前。
彼女の本名であり、ある国では桜の別名である言葉だった。
アリア・オーレリア・リーゼロッテ。
これが、天空の姫巫女としての彼女の名前だった。
創造主で天魔界、混沌、地上に住むありとあらゆるものの母であり、膨大な神通力を持って世界に平和をもたらすもの。
その身でもって世界を安定させ、秩序を守る大地の巫女。
天に一番近い天王山に神通力の大部分をもつ分身を置き、世界を優しく見守り、輝きをもたらすもの。
そして混沌より生まれた魔物たちを滅し、かつ封印するもの。
混沌の王、サルディアンに魔物たちを任せているものの、その数が多くなってきた故に各地を回っている滅ぼしの姫。
そこから、アリア……オーレリアは異世界に度々行くようになったのである。
輝きをもたらすものとして。
平和をもたらすものとして。
世界の秩序を保つ者であり光をもたらす者として━━━━。
出会いの数だけ別れがある、それを一番経験してきたのは、他ならぬ彼女だけだった。世界を転々とする彼女だけが知っていた。
大地の巫女、母なる大地の守り人だからこそ、多くの出会いと別れを繰り返す。
それは今でも変わらない。
だから祈る。
そっと。
「満月よ、光が瞬くその頃に
愛しき子らを……守らんことを」
ひっそりと呟く詩は、姫巫女の詠み歌。
彼女の詠み歌は力が宿る。詠み歌を紡ぐ者がそう願ったとき、詠み歌の力が解放されるのだ。
解放された力は、彼女の力によって具現化され人々に安らぎと安寧をもたらす。
オーレリアの手から洩れた一筋の光は細い、細い、蜘蛛の糸のような光。その光は音もなく天へと昇っていった。
「姫巫女は詠み歌を滅多に詠まない……、だから、それだけ気がかりってことよ」
ふわりと笑い、そう呟いた彼女は宛がわれた部屋へと戻った。
━━━━薔薇の香りを、残して。




