第六話洗礼儀式
次の日、着々と成人式の準備が村全体で進められ、夜には完成した。
すでにほとんどの島民が会場に来ており、ノックも儀式用の服を着て、始まるのを待っていた。
「ではこれよりノックの成人式をする。ノック、前へ」
進行役は長老がしていた。
「はい!」
ノックは元気よく声を出すと長老の前に出た。
「おほん、ノックは今年で十二才となる。ザック島の風習では十二才は立派な大人だ。よってここに大人の証を渡す」
そう言うと長老は酒の入った杯を渡した。
ノックは受けとるとそれを一気に飲み干した。
(うっ、まずい〜)
ノックは苦い顔をしたが周りの人達からぱちぱちと温かい拍手が送られた。
「よしこれでノックは成人だ、が恒例の洗礼儀式を受けてもらうぞ?」
「はい」
すると長老は下がり、入れ代わりにサイトとカイテルが出てきた。
「では、今から洗礼儀式を行う。立会人は村長の私が行う。では闘技場へ」
ノックとカイテルは木で作られた縦横長さ八メートルのリングへと入っていった。
「ノックの相手のあの人は誰なんだ?」
「サイトさんが推薦したってよ」
「相当強いらしいぜ」
「あのおじさん私の好みかも〜」
「ノック君、負けないで〜」
島民はすでに盛り上がっていた。
「カイテルさんっ! お願いしますっっっ!」
ノックは元気よく頭を下げた。
「ふふふ、元気がいいですね。まぁお手柔らかにお願いしますよ」
カイテルはいつも通り紳士な顔をしていた。
しかしノックはリングの中で、カイテルと真っ正面に向き合って初めてカイテルを怖く感じた。
カイテルよりノックは身長が若干低いが、そんな物理的なことではなく直感的に感じた。
(この人……とても強い!)
ノックはブルッと武者震いをした。
いつもは楽観的なノックも流石に緊張した。
(ほう、私が強いと直感的に分かっているようですね。まぁ魔法も剣もサイトに禁止されましたし、思ったよりは楽しめそうです)
カイテルはにっこりと笑った。
それを見てサイトは苦笑いしたが、試合を始めることにした。
「両者! リング中央へ!」
二人はリングの真ん中に寄った。
「時間無制限。倒れてからテンカウント、気絶、もしくは降参したら終わりだ。ではお互いに握手を」
二人はガッチリと握手をした。
ノックの手はすでに汗ばんでいた。
サイトは二人がもとの位置へと戻り、構えたのを確認すると、手をあげた。
するとカーンとリングが鳴り響いた。
「先手必勝!」
リングが鳴ると同時にノックは片足で床を強く踏み込み一気にカイテルとの距離を縮め、懐に潜り込んだ。
(速い……)
その勢いのままノックはカイテルの腹に力一杯の拳を叩きこもうとした。
(ですが)
カイテルはヒラッ、と横に避けるとノックの腕を持つとノックの勢いの方向に投げ飛ばした。
ノックは空中で一回転して、足から着地しようとしたが、カイテルに投げられた分の力に耐えきれず、体がよろけた。
なんとか体勢を立て直し、後ろを見ようとしたが、カイテルの拳がそれを許さなかった。
ドゴッ!
リングの上で鈍い音がした。
「ぐっ」
ノックは一瞬何が起こったか分からなかった。
頬が急にじんじんとした痛みがきた時、ようやく状況を理解し、その場から急いで逃げて、カイテルの方を見た、が目の前にはすでにカイテルの拳が襲いかかってきていた。
それを何とか両腕で受け止めようとした時、拳が急に止まり横から蹴りが来た。
「がはっ!」
もろに横腹に食らってしまい、体が吹っ飛んだ。
その勢いのままコーナーにドンッ、とぶち当たるとそのまま倒れてしまった。
それを見るとサイトはカウントを始めた。
「1、2、3、4、5、」
6のカウントでノックは立ち上がった。
その顔は苦痛ではなく、笑っていた。
(すごい、こんなに強いなんて。もっともっと戦っていたい!)
ノックはふー、と息を吐き呼吸を整えると構えた。
(うん? まさかあれは……)
ノックの体が微かに緑色に光だした。
(内気功ですか。あれは反則じゃないんですかね?)
カイテルはサイトを見た。
サイトは知らん顔をしていた。
(となると、少々きついですね)
カイテルは気を引き締めた。
「行くよ! カイテルさん!」
ノックは先程と同じく、片足で踏み込むと、カイテルとの距離を縮める。
(これは……)
その速さはさっきのとは桁違いだった。
(避けきれませんね)
ノックはカイテルの懐に入り込んだ。
カイテルは腹を両腕でガードした。
「食らえっ!」
ノックはカイテルのガードの上から思い切り右を叩き込もうとした。
その瞬間カイテルは自ら後ろに飛んだ。
ドゴォォォォン!
凄まじい音がした。
カイテルはその衝撃で後ろに後ずさりしたが何とか受けきった。
しかしカイテルの腕にはビリビリと衝撃がまだ残っている。
観客はおぉーと声を上げた。
(あれをもろに受けると不味いですね。流石はサイトの息子というところですか)
カイテルの腕にはきっちりとノックの拳の跡が残っていた。
(すごい! 攻撃される瞬間に後ろに飛んで衝撃を和らげた!)
ノックは感動していたが、戦いの最中だと思い出した。
(そうだ……今こそチャンスじゃないか!)
ノックは前に出た。
「どりゃ〜〜!」
ズドドドド!
ガード等気にせずにひたすら乱打した。
(ぐっ、これはきついですね)
カイテルは段々とコーナーの方へと押されていく。
そしてコーナーに背中が着いた瞬間(今だ!)ノックは右拳に思いっきり力を入れて踏み込んだ。
その時ノックの髪の毛がふわりとした。
(えっ?)
ズシン!!!
鈍い音がした。
しかしノックの拳はカイテルに届いていない。
代わりにカイテルの拳がノックの顔にめり込んでいた。
(な、なんで?)
ノックは何が起こったか分からなかった。
カイテルは腕を戻すと、ノックは支えを失ったかのようにそのまま倒れた。
(カイテルの奴、魔法は使わないようにと言ったのに)
サイトは溜め息をついた。
ノックは完全に気絶していた。