蛇の頭のおひめさま
ある国のお城にお姫様が住んでいました。
お姫様はひとりぼっち なぜかといえばお姫様の髪は、たくさんの蛇でできていて その蛇の一匹とでも目が合うと、全ての生き物は石になってしまうからです。
お姫様は昔の記憶がありません。教えてくれる人もいませんでした。ずっと、ほとんどの時間をひとりぼっちで生きてきました。
ただ、鏡越しや、写真でうつったお姫様を見ても石にならずに済んだので、鏡越しに誰かと話すことはできました。そういう時、相手を怖がらせないように、お姫様は頭部をすっぽり覆い隠すベールを被っていたのでした。
その中で、何度も会いに来てくれるひとりを、お姫様は好きになりました。彼のことを知りたいと願うようになったお姫様は、色んなことを彼に聞きました。彼は一つひとつ丁寧に答えてくれましたが、写真が欲しいとねだった時は、お姫様のそのお願いを断りました。
お姫様はどうしても彼を見てみたくて、一度こっそりベールをずらしてみました。すると、なんと彼は鏡にうつっていなかったのです。
彼は鏡にうつらない種族でした。
「好きなひとができたの 彼と一緒に生きていきたい。見つめ合いたいし、触れ合ったりもしたいわ」
お姫様は、鏡越しに老夫婦に相談しました。このご夫婦も種族の異なる者同士で、しかし恋を成就させ愛し合っている、お姫様の憧れなのでした。
車椅子のご婦人の方が、穏やかに微笑んで言いました。
「髪をお切りになってみたらいかがでしょう」
「髪を?」
「ええ。蛇と目が合わなければ死なずに済むのでしょう?貴方様の、人間のお顔の目を見ても石になることはございませんでしょう。蛇は切ったら生えてこないかもしれませんが、お相手を死なせてしまうことはなくなりますわ」
石になる、というのは、死んで体が硬くなることでした。お姫様が石にしてしまった人を、このご婦人は見たことがあるのでした。
「妻の言う通りですね。相手を想うなら、我が身を切る思いを耐え、傷を受け入れるのも愛でしょう」
夫の方も、優しく微笑んでそう言いました。彼は愛しげにご婦人の肩に手を添えていました。
お姫様は迷いました。髪を……蛇の体を切り落としたら、蛇を殺すことになってしまうのでは。それに、蛇が傷付いただけでも、お姫様は自分の身を切られるような痛みを感じてしまうのです。全て切り落とすとなれば、地獄の苦しみでしょう。
自分の一部である蛇を殺すか、それとも蛇が誰かを殺す危険をこれからも受け入れるのか……
一晩考えて、誰かを殺すよりは自分の一部を切り落とす方がいい、とお姫様は決意しました。
鋭い短剣を握りしめ、震える手に力を込めて蛇を切り落としました。
翌朝 たくさんの蛇がうじゃうじゃと、お姫様の部屋から出てくるのを、訪ねてきた老夫婦が見つけました。
「あら」
蛇と目を合わせないように、車椅子のご婦人はすぐに目を逸らしました。
夫も気付いて、すぐさま引き返すように車椅子を動かします。
一瞬見えた廊下の向こうでは、既に、あちこちに石になった人がいるようでした。
「本当に切り落とそうとしたのね」
「蛇たちがいなくなったら、お部屋に訪ねてみようか」
老夫婦は遠回りをして、夫が行く先を慎重に選びながら、蛇のいない廊下を通ってお姫様の部屋に向かいました。
「ありがとう、あなたが不死身で助かるわ」
「それは君のおかげだけどね」
二人はお姫様の部屋の扉を開け、中の様子をうかがいました。すると、
そこにはお姫様が倒れていて 真っ青な顔で頭蓋が割れて 既に石になっていました。
「……これでよかったのかもしれないわ。異種族と生きるのは大変だもの」
「君も大変かい?……愚問だったね、尾鰭をまるごと切り落として、大変に決まっているか」
「甲斐甲斐しい夫がついていてくれるから平気よ」
ふふ、と車椅子のご婦人は朗らかに微笑みました。二人はお姫様の部屋にある、大きな鏡に映った自分たちを、うっとり見つめました。
「私はよかったの、あなたが共に時を重ねられる手立てが同時にあったのだもの」
「君の尾はおいしかったな。蛇も食べるとおいしいらしいけど」
「浮気はだめよ。それに命を失った肉になったのは人間部分だったのだから、食べるとしたらこちらの肉ね」
「俺がそれを食べたら共食いになっちまう、やめておくよ」
夫もまた朗らかに微笑み返しました。
その時、夫婦の背後で足音がしました。夫の方が振り向くと、そこにはうつくしい青年が立っていて、
彼の頭部には たくさんの蛇が集まって うじゃうじゃと死んだ脳になり代わり、頭蓋の中におさまっていました。
「……! 振り向いては駄目だ、」と、妻に声を掛ける途中で、夫は自分が石になっていくのを感じました
彼は一度石になり、蘇ったことがありました。妻の目の前で蛇の目を見てしまい、急激に身体が固まったのです。けれど人魚を食べて不死になったため、目を覚ませるのでした。
しかし妻は違います、彼と同じ手段は使えません。もしここで<美しい青年>を <彼>の頭の蛇を、見てしまったら……
足音を気にして振り返ってしまうかもしれない と、夫は不安に苛まれ、妻の身を案じながら 石になってしまいました。
視線の先にある鏡には、<彼>の姿は映っていません。




