プロローグ:夢の一杯
ラーメン屋オウマ――本日も無事開店。
「……はぁ」
が、今日も客の入りは疎らであった。
何故、誰も来ない。
俺のラーメンは美味い筈だ。
おやっさんの下で三年にも及ぶ修行に耐えて。
ようやく一人前として認められて先月、小さいながらも店を構えた。
王都ではないが、それなりに人の多い街の目立つ場所だ。
立地は悪くない筈であり、食べてくれれば絶対に常連になってくれる。
が、誰も来ない。
それは恐らくだが……誰もラーメンについて知らないからだ。
丼を洗いながら、昔を思い出す。
思えば三十歳の時、仕事終わりに立ち寄ったおやっさんの店が運命であった。
あの変わった店の中で生まれて初めて食ったラーメンが俺の夢を与えてくれたんだ。
小太りでありながら、屈託なく笑うおやっさん。
そして、出された真っ赤な丼の中に入った黄色みがかった麺や黄金色のスープ。
全てが完璧であり、今まで食ったどんな料理よりも美味かった。
記憶に残る一杯であり、アレを喰った瞬間に……あぁ、俺もラーメンが作りてぇと思ったもんだ。
そこからはあっという間だ。
剣を使った商売は止めて、おやっさんに弟子入りし。
三年間の厳しい修行に耐えて、ようやく店を構えた。
店の名前のオウマは俺の名前で。
俺と同じようにラーメンに感動してくれる人が生まれてくれる事だけを願って……はぁ。
「暇だなぁ、おい。裏で剣でも振るかぁ?」
剣で金を稼ぐのは止めたが。
剣を振るうこと自体はやめていない。
今も暇さえあれば振っており、腕は少しもなまっちゃいない。
ガキの時から振るっていたからこそ、すっぱりはやめられねぇ。
悲しい性分だと思いつつため息を零し……ガラガラと扉が開く。
「いらっしゃい!」
「……間違いなく、ラーメン屋だ……まさか?」
入って来たのは、恐ろしく顔が整った女の子だった。
ショートヘアの青髪にぱっちりとした青い目で。
身長は165ほどだろうか。
華奢そうに見えるが、鎧越しにも鍛えられた体だと分かる。
その装いは冒険者のようであり、恐らくは仕事帰りに立ち寄ったんだろう。
彼女はキョロキョロと周りを見ながらも。
おずおずと俺の前のカウンター席に座る。
そうして、メニュー表を見て……。
「……ラーメンの小。それと、半チャーハン」
「あいよ! ラーメン小と半チャーハンね!」
「……なつかしいな」
彼女は微笑んでいた。
俺はもしかして、ラーメンを知っているのかと思いつつ。
注文の品を作っていく事にした。
後ろにある“食品保存ボックス”を開ける。
そうして、切っておいた具材などが入った容器や卵を出して並べておいた……よし。
先ずは先に作れるチャーハンからだ。
専用の火炎炉に魔力を流し、凄まじい炎をふかせる。
そうして、鉄鍋を上に置いてから鍋を一気に熱した。
煙がすぐに出てきて、その中にお玉ですくった油をぶちこむ。
じゅわりと音がして、鍋の周りを油でコーティング。
――行くぜ!
卵を空中に2つ投げて――空中で割る。
ぱかりと割れた卵から、中身が落下していき。
俺はすかさず空中で殻だけを回収。
ゴミ箱へと投げ捨ててから、空中でお玉を使って卵をかき混ぜる。
俺独自の技であり、卵の鮮度を落とさず味も損なわない――空中大回転。
完全に混ざった卵液が鍋に投下される。
俺は一瞬で具材となるチャーシューやネギなどを上に放り――胸ポケットの果物ナイフで切り刻む。
完璧なサイズ。
寸分の狂いもない。
具材たちはそのまま卵と回り合い軽く混ぜ合わせる。
そこへと、釜で炊いておいた飯をぶちこみ――火で炒める。
「おぉ!!」
余分な音は出さない。
あくまでも鍋の中で米と具材をかき混ぜる音くらいだ。
静かに素早く調理していくのが俺の美学。
炎の中で米と具材を躍らせて、パラパラのチャーハンを作り上げていく。
時間はかけない。チャーハンは高火力短時間で仕上げるものだ。
俺はそのままおやっさん仕込みのテクで鍋を回し、お玉で調味料を掬って合わせる。
そうして、更に火力を上げて一気に仕上げの工程に入り――お玉の中に全てを入れる。
専用の皿へと盛り付ければ。
後は、紅しょうがを添えて――完成!
「はい! 半チャーハンお待ち!」
「ど、どうも……わぁ!」
お嬢ちゃんは感動していた。
俺が見たかった表情であり、俺も嬉しく思いながらスプーンと箸の場所を教える。
「水はセルフね! そこから出るから!」
「あ、はい……なるほど」
カウンターに設置された蛇口。
ボタンを押し込むようにすれば水が出る。
仕組みは割と簡単であり、このシステムはおやっさんから教わった。
さて、次はいよいよラーメンだ。
俺は使い終わった材料の入った容器をさっと片付ける。
そうして、チャーハン用の鉄鍋を流しにおいてから、ラーメンの準備をする。
すると、カウンターから感嘆の声が聞こえて来た。
「んーー!! んまぁぁぁ♡ なにこれぇぇ♡」
お嬢ちゃんの反応に小さくガッツポーズ。
そうして、ラーメン作り――開始!
先ずは魔石と水で保温しておいた丼を出す。
その中に、おやっさん直伝のかえしを投入。
ウチのかえしは醤油ベースであり、ニンニクにショウガ、酒を加えて。
そこに、長ネギや乾燥させたしいたけでかえしを作る。
ぐつぐつと煮えたぎる満杯のお湯が入った鍋。
その中にはラーメン用のざるを入れてあり、そこへと一人前用の麺を投入。
箸で混ぜ合わせて、軽く振る。
そうして、少しの遅れも無く、背後で弱火で温められている出汁をお玉で掬う。
うちの出汁は鳥ガラベースであり、じっくり煮込んだから味も濃厚だ。
それを零す事無くかえしの入った丼に入れる。
この時点で良い香りだが、まだやる事はある。
すぐに麺へと戻り、目視で確認すれば丁度いい硬さになっていた。
さっとざるを上げてから、音速の湯切りによって余分な水分を飛ばす。
そうして、平たいざるに麵を載せてから、箸で形を整えてラーメンの中へと投入。
その上に、香味油となる背油をスプーン一杯分回し入れる。
後は海苔と煮卵と輪切りのネギをトッピングし――完成だ!
「へい! 小ラーメンお待ち!」
「ふあぁぁぁ♡ これこれぇ! んーたまらないぃ」
お嬢ちゃんは待ってましたと言わんばかりにラーメンを受け取る。
そうして、涎を垂らしながら箸でラーメンを掬って口へ入れて――破顔。
「あぁぁぁぁぁ……さいっっっこうぅ♡」
「……へへ」
お嬢ちゃんは笑っていたが。
その目からポロポロと涙が流れている。
もう言葉は不要。
彼女は無心でラーメンを食べて行く。
俺はその光景に涙し……彼女は両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「まいど!」
彼女はゆっくりと席を立つ。
そうして、カウンターに代金を……え?
「お、お客さん? 金貨一枚かい? 釣りは」
「――いりません。受け取ってください」
「え? いや、流石にそれは」
「いいんです。この味のお陰で故郷を思い出せました……本当にありがとうございます」
彼女は頬を赤らめながらにこりと笑う。
まるで、腫れ物がおちたかのような清々しい顔で。
俺はそれならばと彼女の好意を受け入れた。
「……それで、一つお聞きしたいんですが」
「ん? 何だい? レシピに関しては秘密だよ」
「い、いえ、それも知りたいですが……貴方は日本人ですか?」
「……え? にほん人? それは何処の国だい? 俺は生まれも育ちも、ハイネス王国だけど?」
「そう、ですか……いえ、ありがとうございます……また、来てもいいですか?」
彼女は不安げな顔で聞いて来る。
その言葉に対して俺は笑みを浮かべて親指を立てて――
「勿論! 何時でも来てくれよ! サービスするからさ!」
「……! ありがとうございます! 必ず次も来ます! 私、冒険者のキヨコです!」
「俺はこのラーメン屋の主人のオウマだ! キヨコちゃん! 待ってるぜ!」
俺がそう伝えれば、彼女は頭を下げて去っていく。
ガラガラと扉が開いて光が漏れ出し。
そのまま光の中に彼女の姿は消えて、扉はゆっくりと閉められた。
「ふっ、また一人。ラーメンによって一人の人間が魅了されちまったな……にしても、にほんってのは何処だろうなぁ」
そのにほんとやらにはラーメンがあるのか。
だとしたら、おやっさんもにほんの出身なのか。
あまり詳しい事は聞いたことが無かったが。
もしも、次に会う機会があれば聞いてみよう。
俺はそう考えながら、カウンターへと出て行く。
「……美しいねぇ」
俺は空になった丼と皿に気持ちよくなる。
いつ見ても、この瞬間は店主としては堪らない。
まだまだ時間はある。
新しいお客さんを全力でもてす為に。
俺は皿などを片付けて、全てをピカピカに磨いていった。




