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侯爵にお金を借りに行ったら養女にされました!  作者: 水島素良
第2章

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9/12

2-3 侯爵夫人のテーブルマナー

 昼食の時間、ユーナに案内されて食事のための部屋に行くと、侯爵夫人が待っていた。

「これ、あげるわ」

 侯爵夫人が、青地に金の装飾がついたノートと、赤みがかった木目の万年筆を差し出した。

「これから学ぶことを書き留めておきなさい」

「ありがとうございます!」

 ローリアは、今まで見たことがないくらいきれいなノートと万年筆に見とれた。でも、こういう筆記具は使ったことがなかった。村では羽根ペンだったから。

「今日は、食事をしながらテーブルマナーを教えるわね」

「はい」

「まず、椅子に座って」

「はい」

「スカートは座る前になおしなさい。座ってからなおすのは良くないわ」

「はい」

「背もたれにはもたれず、背筋をのばしてね。背もたれにもたれて反り返っていると、偉そうに見えてしまうから」

「は、はい」

 ローリアは慌てて姿勢を正した。なんだかとても緊張する。

 テーブルには、真ん中に赤い縁の大きな皿、その上にナプキン、左にフォーク3本、右にナイフとスプーン、奥に小皿とバターナイフが置いてあった。

「左から、前菜用フォーク、魚用フォーク、肉用フォーク」

 侯爵夫人がいきなり説明を始めた。

「右側が左から肉用ナイフ、フィッシュスプーン──」

「ま、待ってください!」

 ローリアは慌ててノートを開いた。

「メモしますっ」

 しかし、万年筆に慣れていなかったので、文字がうまく書けなかった。焦って線が曲がり、顔が真っ赤になる。

「先に万年筆の使い方を教えるべきだったかしら」

 侯爵夫人がなんとなくつぶやいた。悪気はなかったのだろうが、ローリアはとてもみじめな気分になった。

「慌てなくていいわよ」

「すみませんっ」

「あと、謝る必要もないわ。最初はわからないことがあって当然よ」

「は、はい」

「もう一度説明するわ」

 侯爵夫人が一番左のフォークを手で示した。

「前菜用フォーク、魚用フォーク、肉用フォーク」

「はい」

「右手側は左から肉用ナイフ、フィッシュスプーン、スープスプーン、前菜用ナイフ」

「はいっ」

 ローリアは時間をかけて、なんとかノートに書き留めた。

「料理によって使うフォークが違うんですか?」

「そうよ。まあ、パトリックみたいに、気にせずに何でも同じフォークやスプーンですくっちゃう人もいるけど……」

 侯爵夫人が気まずい顔をした。

「あなたは真似しないでね」

「は、はい」

 侯爵ってもしかしてすごく変な人なのかしら。

 ローリアは一瞬思ったが。使用人がサラダを運んできたのでまた姿勢を正した。緑色の野菜数種類と、白い何かが乗っている。

「珍しいのよ。今日は魚が入っているの。ここは内陸だから、魚が入ることはあまりないんだけど」

「そうですか」

「フォークの使い方なんだけど、この場合、魚だけフォークに刺してはいけないの。もちろん、野菜だけ刺すのもだめよ」

「そ、そうなんですか?」

 ローリアは驚いた。そんな決まりは聞いたことがない。

「だからって、両方刺してもいけないわ」

 侯爵夫人がそう言ったので、ローリアはますます困ってしまった。

「まず全体を軽く混ぜてソースをからめ、皿の奥側に寄せて手前を開ける。それから、この料理の場合、魚を手前に広げる」

 侯爵夫人が実際にやりながら説明した。ローリアは必死でそれを見つめた。

「魚の上に野菜を置いて、巻いてからフォークを刺すのよ」

 侯爵夫人は、信じられないくらいスムーズな手つきで魚と野菜を一体化し、フォークで刺した。それから口に運んだ。

「フォークは口に対して縦に運んで。横にすると野蛮に見えてしまうから」

「は、はい」

 ローリアはすっかり怖くなっていた。細かすぎる。

「あなたもやってみて」

「は、はい」

 ローリアはフォークを取ろうとして──床に落としてしまった!

「ヒィッ」

 喉の奥から変な声を上げてしまった。近くにいた使用人がフォークを拾い、すぐに新しいものに交換した。

「すみません……」

「だから、謝らなくていいのよ」

 侯爵夫人は楽しそうに笑っていた。

「こないだ王妃様とお話したんだけど、あの方も最初フォークの使い方がわからなくて、ジャガイモを遠くに飛ばしたことがあるそうよ」

「そうなんですか?」

「外国で育った方だからマナーを知らなかったのよ」

 侯爵夫人が言った。

「ただ、晩餐会ではマナーに厳しい人がたくさんいて、揚げ足を取ってくるから、それまでに身につけておいてほしいの」

「わかりました……」

 そう答えたものの、ローリアは既に自信をなくしていた。

「大丈夫よ。食べ方がわからない料理は、『これはどうやって食べるんですか?』って聞けばいいの。それは全然恥ずかしいことじゃないわ。最近は創作料理も増えてきてるから、見ただけでは何なのかわからないこともあるから」

「そうですか……」

「もう!元気を出しなさい!」

 侯爵夫人がローリアの肩を軽く叩いた。

 使用人がスープを運んできた。

「スープをすすってはいけないことは知っているわね?」

「それは、さすがに」

 それから、侯爵夫人は「スプーンのスープを吸ってはいけない」「肉を切るときは刃先を立てるように」「パンをそのまま丸かじりしてはいけない」「ワイングラスはこう持って」「お茶のカップに手を添えてはだめ。『このお茶、ぬるい』という意味になってしまうから」とか、とにかく細かい食事の仕方を、根気よくローリアに伝授した。

 食事が終わる頃には、ローリアは疲れ切っていた。せっかく食べたことのない立派な料理が出てきたのに、味をまったく覚えていなかった。


 

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