2-1 初日の朝
次の朝。
ローリアがベッドでまどろんでいると、誰かが急にカーテンを開けた。光が差し込み、ローリアはもぞもぞ動いてから、飛び起きた。
「おはようございます。お嬢様」
三つ編みの女の子がお辞儀をしていた。顔は逆光でよく見えなかったが、自分と同じくらいの年齢に見えた。
「おはようございます」
ローリアもあいさつした。
「あなたは……?」
「今日からお嬢様つきのメイドになりました、ユーナと言います」
ローリアは驚いた。メイド?私に?
「あの、私、自分のことは自分でできるから、メイドはいら──」
「だめです!それでは、私の仕事がなくなってしまいます!」
ユーナが言った。
「侯爵がお待ちです。朝食はもうできていますよ。侯爵はお部屋でとってもよいとおっしゃっていますが、運んできましょうか?」
「初日にそれは失礼な気がするから、行くわ」
ローリアはベッドからはい出た。ユーナが服を持ってきて着替えを手伝ってくれた。
先週まで、私もメイドだったのに。
ローリアはそう思い、なんとなく気まずい思いをした。運命が違えば、この子と立場が逆だったかもしれないのだ。
「髪の毛がパサパサですね」
髪を結い始めたユーナが言った。
「奥様に頼んで、ヘアオイルを使わせてもらいましょう」
「そんな高価なもの!私は使えないわ」
「何を言っているんです?お嬢様は侯爵令嬢なんですよ?高い化粧品だっていくらでも使えます」
「こ、侯爵令嬢……?」
ローリアはその言葉の響きにうめいた。確かにそうなのかもしれないが、まだ慣れない。いや、一生慣れそうにない。
服がまだ届いていなかったので(公爵家は跡継ぎに男の子を想定していたので、女物を用意していなかった)、昨日と同じ慣れた服装で、ユーナに案内されて朝食を食べる場所に案内された。ソムィーズ侯爵は新聞を読んでいて、夫人も記事をのぞきながら何か話していた。
「やあ、おはよう」
侯爵がローリアに気づいて気さくに笑った。こうして見るととても優しそうに見えた。昨日のハイエナのような様子とは大違い、まるで別人だ。
「おはようございます」
ローリアはおじぎをした。
「よく眠れた?」
「はい」
あんなことがあった後だったのに、ふかふかのベッドが心地よすぎてすぐに眠ってしまった。疲れていたのかもしれない。
ローリアが席につくと、男の従者がパンと卵を運んできた。お茶は別な女性のメイドが、ポットごと運んできた。
「さっそく今日から、必要なことを教えるよ」
侯爵が言った。
「午前中は、宝物庫の魔石をひととおり見てもらう。昼食の時に、パトリシアがテーブルマナーを説明する」
隣の侯爵夫人がにっこりと笑った。
「私は教師をしていたから、教えるのは上手いのよ」
聞いたことがある。夫人の実家は没落し、一度、外国デュロソに逃げるように留学して、教師になった。それから、ずっと夫人を探していた侯爵に熱烈に求愛されて結婚した──というのが、ローリアが村で聞いた噂だった。
「午後は空けておいたから、邸宅の中を自由に見て回ってくれ。ユーナか、必要なら執事が案内してくれるさ。すまないが私は午後、王様に会いに行くのでね」
「跡継ぎが決まったことを報告しないとね」
夫人が言った。ローリアは不安になった。侯爵家の跡継ぎがこんな田舎の『女の子』だと知ったら、王様はどう思うだろう?反対したりしないだろうか。
「心配いらないよ」
ローリアの気持ちを察したのか、侯爵が優しく笑いかけた。
「王様も、跡継ぎは一人娘のカイエナ姫に決めているからね」
「えっ?」
「この国は近いうちに、女王が治める国になるのさ」
侯爵が言った。
「だから、侯爵家を女性が継いだって、王様は何も言わないはずだよ」
侯爵が夫人を横目で見て笑い、夫人もそれに応えて微笑んだ。
この二人、すごく仲がいいのね。
ローリアはそう思いながらお茶をすすった。それにしても、これから自分の予定は全て侯爵が決めるのかと思うと、不安にもなるのだった。
本当に、私で大丈夫なの?
その思いは、まだ消えていなかった。
「あと、夕方に仕立師が採寸に来るから」
夫人が言った。
「大変よ。服をひととおり仕立てないといけないから。パーティーの準備もあるし」
「パーティーですか?」
「来月、ここに貴族を招くんだよ」
侯爵が言った。
「なんと、ツヴェターエヴァの当主もいらっしゃるんだ。失礼のないようにしないとね」
ツヴェターエヴァ。
女神の代理人と呼ばれる、王家に次いで権力のある家で、代々『長女』が跡を継ぐめずらしい一家だ。
「だから、とびきり上等のドレスを作らないと」
夫人は楽しそうに言ったが、ローリアはますます不安になった。
貴族たちは、自分をどう思うだろう。
「心配いらない。パトリシアが必要なマナーを教えてくれるから。ただ、彼女はちょっと厳しすぎるところがあるけどね」
侯爵がおどけた笑い方をした。
「そんなことないわ。あなたがだらしないのよ」
夫人が言った。
食事の間、侯爵夫婦は他愛のないことを仲良く話し合っていた。貴族はもっと冷たいものだと思っていたローリアは、それを見て少しだけ安心した。でも、これから『侯爵令嬢』として偉い人の前に出なければならないと思うと、胸の奥が重苦しくなってきて、せっかくの朝食もあまり喉を通らなかった。




