11-2 控え室
競技会の会場は、ソムィーズの町から馬車で数時間の場所にあった。元々は王家に仕える魔導師たちの訓練場で、魔法を存分に使わせるために中央に広いスペースが取られ、そのまわりを囲うように客席がある。
客席には、見物の貴族たち、特にご令嬢たちが着飾ってひしめいていた。その中に侯爵夫人とアルマもいた。侯爵本人は主催者たちが集まる特別席にいて、それは客席の上方に位置していた。
「お嬢様、道を間違えてますよ」
ローリアが控え室に入ろうとすると、軽薄な顔つきと声の男がニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。
「客席はあっちです」
「私は出場者よ」
ローリアが言った。
「ご冗談を」
他の青年たちも近づいてきた。
「お茶でもいれてくれるのかな?」
「それとも、他にいいことでもしてくれるのかな?」
「ヒヒッ」
「君たち、やめたまえ」
グレイ・ワラビーが近づいてきた。
「デビュー戦ですね、レディ・ローリア・ソムィーズ」
『ソムィーズ』という名前を聞いて、まわりの青年の顔色が変わった。
「おいおい、マジかよ」
「国を守るソムィーズが女を出してくるなんて、この国は終わったな」
「で、何をする気なんです?」
軽薄な男がローリアに迫ってきた。
「敵に色仕掛けでもする気ですか?たいした器量でもないくせに」
ローリアはその言葉に凍りついた。
「やめないか! 失礼だぞ」
グレイ・ワラビーが怒った。
「女の子だって、戦えます」
ローリアは低く抑えた声で言った。
「キツネを仕留めたことだってあるわ」
「へえ! 野蛮だね! レディなのに!」
「それはどういう意味かしら?狩猟は、男性がやれば崇高な趣味なのに、女性がやると野蛮なの?」
「女はそういうことはしないものだ」
別な男が言った。
「あら、そんなことないわ。村では女たちが獲物を仕留め、鶏の羽をむしったり動物の皮を剥いだりするのは普通のことよ。生きるためにね。あなたたちは贅沢に暮らしているからそういう女たちを見ていないだけよ」
「そんなことは下賤な平民がすることだ」
「あなたたち、戦場で食べ物がなくなったらそんなこと言ってられないわよ。自分で食べられるものを見つけて処理しなきゃいけないんだから──」
ローリアはまだ話そうとしたのだが、
「レディ・ローリア、こいつらに何を言っても無駄です。こちらへ」
グレイ・ワラビーが奥へ案内した。青年たちは後ろからなんだかよくわからない卑猥な言葉を投げてきたが、ローリアは聞こえないふりをした。
「対戦であの人たちに当たったら、ボコボコにしてやるわ」
「どうぞそうしてください」
グレイ・ワラビーが笑った。
「あなたと当たらないことを願っていますよ。僕は戦うのは好きじゃないのでね」
「戦うのが好きじゃないのに競技会には出るの?」
「父の命令ですよ」
グレイ・ワラビーが影のある笑い方をした。
「あと、客席にいるご婦人にいいところを見せたいというのもあるかな」
「あなたの好きなご婦人も来ているの?」
「来ていますよ。別な男と一緒でなければいいけど」
「まあ」
もしかして、相手は既婚者なのだろうか。
ローリアがそう思ったとき、
「レディ・ローリア! レディ・ローリア!」
叫びながら現れたのは、ダン・スゥオーサーだった。興奮で顔を赤らめている。
「再びお会いできて光栄です!」
「こ、こちらこそ」
ローリアは相手の勢いにちょっと引いた。
「詩もほめていただいて感激でした!」
ほめた記憶は全くないのだが、ローリアはあいまいに笑った。
「あなたは魔法はお得意?」
話題を変えたかったので聞いてみた。
「はっきり言って苦手です。競技会はいつもカイレル・マーデスの独壇場ですよ」
「カイレル?あの人強いの?酔っ払いなのに?」
「当たらないことを願ってますよ。あいつは誰が相手でも情け容赦がないですから」
グレイ・ワラビーが言った。
意外だ。ローリアは興味をひかれ、ちょっと戦ってみたい気もした。
「選手は呼ばれたら会場の入り口へ!」
係員の声がした。暗い青色の制服を着た男が一人一人を見て回っていたのだが、ローリアを見た途端、
「ここは女の来るところじゃないぞ」
と言ってきた。
「私はソムィーズの後継者よ」
どうしてここには失礼な人が多いんだろう。ローリアは不思議に思っていた。
「だったら、早く夫を見つけて守ってもらうんだな」
係員が冷ややかな声で言った。
「君!失礼だぞっ!」
ダン・スゥオーサーが怒りで顔を真赤にした。
「そうだぞ。忘れたのか?ソムィーズ卿は呪いの使い手だぞ」
いつの間にかカイレル・マーデスが現れた。
「ずいぶん度胸があるね!ただの係員が、ソムィーズのご令嬢に礼を失するとは」
係員はローリアを軽くにらんでから、立ち去った。
「君はもっとソムィーズ卿の権力を利用しろ」
カイレルがローリアに耳打ちした。
「あの人は一見優しそうだが、実はかなり恐れられているからな」
ローリアは、初めて侯爵に会った時の、ハイエナのような目つきを思い出していた。人に呪いをかける時もあんな目をするのだろうか。
「確認ですけど、あなたは、相手が女の子だからだて手加減なんかしないでしょうね?」
「ソムィーズの者に手加減なんかできるか。容赦なく殴りかからせてもらうよ」
カイレルが拳を鳴らした。
「当たるのが楽しみだわ」
ローリアは笑った。
『これより競技会を開催する!』
外から声が響いてきた。ざわついていた会場が静かになった。
いよいよ始まる──。
ローリアは両手を握りしめた。




