1-6 侯爵夫人と、決意
きらきらと輝く光の欠片があたりを飛び交い、天使たちが自分を手招きしている。
ああ、これは夢だわ。
ローリアがそう思った瞬間、光の正体が窓から差し込む光であることに気がついた。高い天井、大きな窓、ぶ厚いベルベットのようなカーテン、ベッドの天蓋に描かれた天使たち。
「よかった。気がついたのね」
声とともに、視界に女性の顔が入ってきた。金髪には少しだけ白髪が混じっていて、鮮やかな赤い口紅と、優しげなしわのある目元が印象的な顔。
ローリアはしばし、自分はどこにいるのだろうと疑問に思った。それから、気を失う前に起きた出来事を思い出した。
『君が後継者だ!』
「あぁ」
ローリアは顔をしかめてうめいた。
「夢じゃないのね」
「そうよ。夢ではないわ」
隣に座っている女性が言った。見ると、耳にはきれいに透き通った青い石のイヤリングをつけていて、指には結婚指輪がはまっていた。服も淡いけれども鮮やかな薄緑色で、高価な布地であることが一目で分かる。
「もしかして」
ローリアは緊張で身を固くした。
「侯爵夫人ですか?」
「そうよ」
侯爵夫人が笑った。
「私はパトリシア・ソムィーズ。パトリック・ソムィーズの妻よ。同じような名前で笑っちゃうでしょ?昔はよく兄弟姉妹と間違われたわ」
侯爵夫人が笑った。ローリアも笑みを浮かべようとしたが、上手くいかなかった。
「あのう……」
ローリアは一応尋ねてみることにした。
「私は、どうしても後継者にならないとだめなんですか?ほかに選択肢はないんですか?別な、もっと立派な家の、強そうな男の子を連れてくるとか」
「残念だけど、石に選ばれたら決まりなの。私にもパトリックにもどうにもできないわ」
侯爵夫人がすまなそうな顔で言った。
「元々は別な貴族の息子を養子にする予定だったの。でも、誰もあの石に認められなくてね。だからって街で公募しようなんて!私は反対したのよ?でもパトリックはどうも思いつきで行動するところがあって……まあ、それはいいわ」
侯爵夫人が笑うのをやめ、真面目な顔になった。
「あなたには、このソムィーズ家の任務と財産を継いでもらうことになるわ。ソムィーズ家は代々魔封じが使える家系なの。昔は他にもいたんだけど、没落したり争いに巻き込まれて消えたりして、今ではこの家しか残っていないわ」
「村の人に聞いたことがあります。えっと……魔力の強い貴族が悪いことをしたとき、それを止めるのがソムィーズ家の役割なんですよね?」
「そうよ」
「責任重大ですよね?」
「そうね。場合によっては国家の運命にかかわるから。しかも、正直に言うとね……前の内戦の時には、偽の王様が暴走していたのに止められなかったから、けっこう非難されたのよ。パトリックはどうも、外で起きていることに我関せずなところがあるから……」
「私には無理です」
ローリアが侯爵夫人の話をさえぎった。
「そんな重い仕事、できません。村に帰ります。帰してください。お願いします」
「今はそう思うでしょうね。でもやるしかないのよ」
侯爵夫人の声は優しげだが、断固としたものだった。
「妹さんが病気なんですってね」
「そうなんです」
「これから、医者に薬を持たせてあなたの村に行かせるわ」
侯爵夫人が言うと、ローリアは起き上がりそうになったが、めまいがしたのでまた枕に落ちた。
「まだ寝てなきゃだめよ」
侯爵夫人がローリアの額を軽くなでた。
「じゃあ、アルマは助かるのね」
ローリアは空中につぶやいた。
「そうよ」
侯爵夫人が優しく微笑んだ。
「よかった」
ローリアは胸元で手を組んで、女神に感謝した。
「こんな条件をつけるのは卑怯だってわかってるわ」
侯爵夫人が続けた。
「でも、私たちに他に選択肢はない……どうかしら。あなたの妹さんの治療費と、いい家に嫁がせるための持参金を用意するから、あなたは私の娘になってこの家を継ぐ、というのは。もちろん、他のご家族の面倒も見るわ。弟さんはここで働きたいって言ってるし」
「弟?ああ、クィルのことね」
クィルも巻き込んでしまった。ローリアはそれを後悔した。でももう、どうにもできない。
「どう?」
侯爵夫人がローリアの顔をのぞきこんだ。
ローリアは考えた。アルマが元気になって、侯爵家の後ろ盾を得ていい家の奥様になれたら、こんなにいいことはない。ただ、世話をしているおばあちゃんは何で言うかしら?ショックで死んだりしないかしら?
「考える時間が必要かしら?」
私にソムィーズ家の後継者なんてできる?
「とりあえずお茶でも飲む?」
侯爵夫人は気を使っているようだ。
「あのう……」
ローリアは控えめな声で言った。
「私に、できるんでしょうか。今はなにもできないけど、あの、なんていうか、勉強したり、努力したりしたら。とっても難しそうだけど」
「もちろん!できるわ!」
侯爵夫人が嬉しそうに、手を合わせて笑った。
「必要なことはパトリックが教えてくれるし、上流階級で必要なマナーは私が教えるわ。時間をかけて学んでいけばいいのよ」
ローリアはしばし考えた。このまま村に戻っても貧しいメイド暮らしが続くだけで、家族の生活は良くならない。アルマは病気が治ってもしばらく働けないだろうし、おばあちゃんは高齢だ。いつまでも面倒を見てもらうわけにはいかない。
「わかりました」
ローリアは不安を感じながらも、はっきりとした声で言った。
「私、やります。やらせてください」
すると、侯爵夫人が嬉しそうな笑いを浮かべながら立ち上がった。
「パトリックに知らせてくるわね!お茶も運ばせるわ。お菓子は何が好き?クッキー?マシュマロ?チョコレート?」
「チョコレートなんて食べたことありません」
「持ってくるわ!」
侯爵夫人が部屋を飛び出していった。メイドを呼んでいるらしき声も聞こえた。
ローリアは天使の絵を見ながら、自分は何かとんでもないことをしてしまったのではないかと思い、一瞬震えた。
「女神アニタ様、お守りください」
胸元で手を組んで祈った。それに応えるように、窓から先ほどより強い光が、ベッドに向かって差し込んできた……。




