10-3 丘の上で
「てやーっ!!」
次の日の午前中。ローリアの放った魔法がモフモフに命中した。
「ピッキー!」
攻撃されると喜ぶ珍獣、モフモフ。
「いくよー」
ノラが氷の魔法を放ってきた。ローリアはそれを炎の魔法で溶かした。
「じゃー、これはー?」
風の魔法が放たれた。これがけっこう厄介だ。強風で身動きがとりにくくなり、その隙にモフモフが逃げていく。
「くっ」
ローリアはとっさに光の壁を作り出し、モフモフの行く手をふさいだ──が、モフモフは壁をあっさり飛び越えた。
「まず風を無力化しないとダメだぞ」
デュドネがアドバイスした。ローリアは魔力のもとを探り、その結び目を見つけて一つ一つほどいていった。しかし、時間がかかりすぎて、
「ピッキッキー!!」
無視されたと思ったモフモフが戻ってきて、抗議するようにローリアのまわりを回った。ローリアはすかさず光の魔法を当ててやった。
「ピッキー!」
「今のはずるい気がするが、とりあえず10発目だな」
デュドネが言った。
「今日はこれで終わりだ」
「はあっ」
疲れたローリアは草の上にへたりこんだ。
「どうした?今日は調子がいいじゃないか」
デュドネが意味ありげな笑いを浮かべた。
「競技会が近いのでっ」
ローリアは言った。午後の逢瀬が楽しみだから、なんて、この皮肉屋にはとても言えない。
「明日はちょっとした休憩だ。西の塔の跡地に行こう」
デュドネが言った。
「西の塔の跡地……内戦の跡ですね?」
ローリアが言った。西の塔とは、昔、凶悪犯を閉じ込めていた魔封じの塔で、内戦のときは王様が敵に囚われていた場所だ。
「たしか、王妃様が王様を助け出したんですよね?」
「正確に言うと少し違うんだが、明日説明する」
デュドネが娘を抱き上げながら言った。
「明日の午後はどうだ?」
「午後は……あの、予定が入るかも……」
まだセデックに会っていないのに、ローリアは次の約束を期待していた。
「予定?侯爵には何もないと聞いてるが」
「あの、こっちで友達ができましてっ」
「なら、友達も連れてこいよ」
デュドネが言った。
「歴史的なモニュメントは誰が見ても面白いからな。まあ、あのマヌケな出来事を歴史と言うのもおかしいかもしれんが」
デュドネは娘を抱いたまま歩き出し、モフモフがその後をついていった。
午後、ローリアはドキドキしながら丘に向かった。「何かあったら困るから」と、ユーナとクィルがあとからついてきていた。
セデックは丘の上にいた。黒い馬を停め、足元に座ってぼんやりしていたが、ローリアを見て微笑んだ。
ほんと、きれいな顔してるわ。
ローリアも微笑みながら近づいていき、セデックの隣に座った。
「こんなことをしていいのか、迷った」
セデックが小さな声で言った。
「俺の妻の話は聞いているね?」
「亡くなったのよね」
「ちょうど2年になる」
セデックが沈んだ目で下を向いた。
「まだ忘れられないわよね」
「ああ」
「なら、私は友達ってことでいいんじゃない」
ローリアはできるだけ軽い調子で言った。本当は『あなたに運命を感じたの』とか言ってしまいたかったのだが、相手がどう思うかわからなかったので言わなかった。
「君をはじめて見たとき、どこかで見たことがあると思った」
セデックが言った。
「奥さんに似ていたの?」
「いや、まるで似ていない。彼女はもっと大柄だった。背が高すぎるのを気にしていたよ。そんなこと何でもないことなのに」
「そうね」
「君は、か細いけど、かなり強いんだろう?」
「えっ」
「ソムィーズの跡取りを決める時、何十人も集まった男たちを一人でなぎ倒したんだって?」
「ち、違います! それは噂です! 嘘です!」
ローリアは慌てて事の真相を説明した。
「じゃあ、君はほんとうに普通の女の子なのか」
「普通の女の子です!」
ローリアは強調した。
「ちょっと魔力が強くて、石が好きなだけよ。今はデュドネ・カユザク先生に魔法を教わっているの」
「前の白の司祭に?」
セデックは驚いたようだ。
「そうなの。でもかなり変な人なのよ。最初の授業でいきなり爆発物を投げつけてきたわ。幻想だったけど」
「あの人は、内戦中にあちこちを爆破したことで有名だ」
セデックが言った。
「『デュドネが来た』って聞いただけで逃げる兵士がいるくらい恐れられていたらしい」
ローリアは、爆発物を投げつけながら追いかけてきた時のデュドネの狂気の顔を思い出した。あれを見たらみんな逃げたくなるに決まっている。
「あのっ」
ローリアが言った。
「そのデュドネ先生が、明日、西の塔の跡地に一緒に来ないかって言ってるの、あなたも」
「俺も?」
「歴史の跡を見るのは誰にもいいことだって」
ローリアはセデックの顔をのぞき込んだ。
「来れる?」
「ああ……まあ、いいよ」
セデックが言った。
「西の塔はあまり興味がないけど、デュドネ・カユザクがどんな人か見てみたい」
「じゃ、決まりね!」
ローリアは手を叩いて喜んだ。
「明日、迎えに行くわね」
「いや、俺がそっちに行くよ」
セデックが言った。それから立ち上がり、黒い馬に触りながら、
「馬に乗るのは好き?」
と尋ねた。
「大好きよ」
ローリアは答えた。
「じゃあいつか、一緒にこいつに乗ろう」
「えっ」
ローリアが止まっていると、セデックはさっと馬に乗って、照れ隠しのように素早く走り去ってしまった。
「お嬢様」
ユーナとクィルが近づいてきた。
「どんなお話をされたんですか」
ユーナの目は好奇心で光っていた。
「今度、一緒に馬に乗ろうって」
ローリアはセデックが去った方向を見たままつぶやいた。
「ダメだよ。そんなことしたら」
クィルが言った。
「とんでもない噂になっちゃうよ」
ローリアは黙ったまま、丘の向こうを見つめ続けていた。
彼、きっと私のこと、気にしてるわよね?
でも、奥さんのことも忘れたくないんだわ。




