10-2 『若い娘がいると──』
町の人は、ほぼ総出でローリアたちを出迎えてくれた。道を歩くと人々が次々とやってきて、『なんてかわいらしい娘さんでしょう』『おめでとうございます』と言ってきた。
ローリアはできるだけにこやかに受け答えしながら、ちらちらとセデックを見た。優しげにこちらを見ている時もあるが、目が合いそうになるとふっと暗い顔をして目をそらしてしまうので、ローリアは心がざわついていた。顔には出さないようにしていたけれど。
町にはカフェのようなものがなかった(定食屋はあったが、侯爵が入るような場所ではないと判断されたらしい)。なので、地元の、ガス・プルミラという商人が自宅でお茶を振る舞ってくれた。
ローリアと同い年くらいの大人しそうな娘が、お茶と、白くて丸いお菓子を持ってきた。
「久しぶりだね、マデリーン」
侯爵が話しかけると、マデリーンの頬に赤みがさした。
「俺の娘にしちゃきれいな子でしょう?」
太っちょのガスがみんなを順番に見ながら言った。
「そろそろ嫁ぎ先を考えなきゃいかん」
そして、セデックをちらっと見た。そんな父親を見たマデリーンは顔を真っ赤にした。セデックは何も反応しなかったが。
あ、この子、セデックのことが好きなのかも。
ローリアはそう思って、また心をざわつかせていた。
「娘がいると悩むものだね」
侯爵が言った。
「僕も娘が二人もできたから、急にね、若い男がみんな敵に思えてきてね」
ローリアは驚いた。そんな話は初めて聞いた。
「アッハッハ!」
ガスが豪快に笑った。
「そりゃそうでしょう! 娘を持つ父親というのはね、変な男が近づいて来ようものなら『おい、何だお前は』とこうなるもんですよ」
ガスが人を捕まえるような仕草をした。
「嫁ぎ先か」
侯爵が遠い目をした。
「考えなきゃいけないのはわかっているが、あまり気が進まないな」
ガスと侯爵がこんな話をしているのを聞きながら、ローリアはセデックをちらちら見ていた。向こうもたまにこちらを見てくるのだが、思わず目をそらしてしまってなかなか話ができない。せっかくのお茶の席なのに。
「やっと出てくるようになったんだな、セデック」
ガスが急にセデックに話しかけたので、ローリアはお茶をこぼしそうになった。
「体調はどうだ?」
「最近は調子がいいよ」
セデックが答えた。
「そりゃいい。お前もそろそろ先のことを考えなきゃいかんだろう。親父さんも心配しているし」
「まだそんな気にはなれないけど、仕事はするよ」
セデックはそっけなく答えた。
「バダックには会えるかな」
侯爵が尋ねた。
「今日は隣町に出かけてます。明日お尋ねすると言っていましたよ」
セデックが答えた。彼が言葉を発するたびにローリアはむずむずしていた。
「あいかわらず気ままだな、あいつは」
侯爵が言った。それからローリアに、
「今日はずいぶんおとなしいね」
と言ったので、ローリアは慌てた。
「そ、そうですかっ?」
変な声が出た。
「いつもなら、メモを持っていろいろ質問してくるだろう」
「ハッ」
ローリアはそこで初めて気づいた。メモと万年筆を忘れてきたことに。
「すみません。メモを忘れてきたんです」
「珍しいね。ガス、何か書くものを貸してくれないかな」
「持ってこい」
ガスが娘に指図した。マデリーンが、シンプルなペンとインクと白い紙を持ってきた。
「ありがとう」
ローリアが言うと、マデリーンはかすかに笑ったように見えた。
「せっかく来たから店ものぞいていこう」
侯爵が言った。
その後、みんなで店を回って、ローリアはこれまでを挽回しようと熱心に質問しながらメモをとったが、内容は何も頭に入っていなかった。セデックか、町の経済状況について説明してくれた。辺鄙な場所にあるが景色はいいし、最近ドゥロソから来る客も多く、売り上げは良好だという。
「ドゥロソは岩山や荒野が多い国だから、緑豊かな草原が珍しく映るらしい」
「私、ドゥロソ語を勉強してるの」
ローリアが言った。
「いつか行ってみたいわ」
「俺は一度だけ行ったことがある」
セデックが言った。
「ほんと?」
「岩だらけで森がなくて驚いた」
セデックが笑った。
「あと、言葉が通じない。一応勉強していったのに、ぜんぜん通じなくて焦った」
「難しいものね」
二人が見つめ合っていると、
「そろそろ帰ろうかな」
侯爵がいきなり言って馬車を呼んだ。ウィズが馬車を操って現れた。
侯爵が馬車に乗ろうとしたとき、セデックがローリアの耳元で、
「明日の13時に、あの丘に来て」
とささやいて、驚くローリアに微笑みかけた。ローリアはドキドキして溶けそうになったが、
「ローリア、早く乗りなさい」
侯爵にせかされて慌てて馬車に乗った。
走り出してすぐ、
「ローリア、あまり男を見つめちゃいけないよ」
侯爵が言い出した。
「君みたいな可愛らしい女の子に見つめられたら、どんな男でも勘違いするからね!」
「そ、そんなことありませんよ!」
ローリアが反論した。
「私、男の子にはモテないんです。舞踏会でも相手がいなかったし、村でもどっちかというと説教くさいって嫌われてました」
「いや、しかしだな、若い女の子が──」
帰りの馬車は説教タイムになってしまった。侯爵は『若い女の子が男の子に近づく危険について』みたいな話を延々としていたのだが、ローリアは、明日の約束のことで頭がいっぱいだったので、ほとんど聞いていなかった。
明日も彼に会える──!
それだけで幸せに満たされるのだった。




