10-1 思い悩むローリア
ローリアは眠れず、何度も寝返りを打っていた。昼間の、セデックと目が合ったひとときのことが忘れられなかったのだ。
特別な人だと、強く感じた。
彼もそう思ってる?それとも私だけ?
そもそも、こんな思いを抱くのはよいことではないわ。私はソムィーズの当主になるために勉強しなきゃいけないし。男の子を追いかけている場合ではない。
でも。
思い悩んで全く眠れないまま、朝がやってきた。ぼんやりしながら朝食に向かうと、侯爵が、前のめりな姿勢で新聞を凝視していた。
「何かあったんですか?」
「ドゥロソとの国境で紛争が起きた」
侯爵が言った。
「アバニール地方で独立運動が起きているらしい」
「そうですか」
「昔からあったんだが、最近また動きが活発になってね。問題は、彼らが自分の領土だと主張している場所に、ロンハルト王国の領土も含まれていることだ」
侯爵が新聞を見たまま言った。
「もしこちらの領土まで攻めてきたら、戦うことになるだろうな。そうならないといいんだが」
ローリアは朝食にほとんど手がつけられず、公爵夫人に心配され、アルマに卵を取られた。祖母リーマが心配してハーブを調合してきたので、風邪かもしれないと嘘をついて寝込んでいた。
勉強しなきゃいけないのに。
ローリアはただ寝ていることに罪悪感を覚えたので、カイレル・マーデスに勧められた本をベッドに持ち込んでちらちら見ていた。しかし、内容が頭に入ってこない。
「具合が悪いなら、町に出かけるのはやめておこうか?」
侯爵が様子を見に来た。
「いえ、午後には治ります。きっと」
ローリアが言った。未来の当主として町の人に会うのだ。大事な予定をサボるわけにはいかない。
「無理はしないでくれよ」
侯爵が出ていき、入れ替わりでアルマが部屋にやってきた。
「あんたが体調崩すなんて、珍しいわね」
大して心配していない口調だった。
「ま、そんな難しい本が読めるくらいだから、大したことないんでしょ?」
「少しは心配しなさいよ」
ローリアはセデックのことをアルマに話すべきか迷っていた。誰かに相談したかったのだが、侯爵夫妻にこんな話はできない。かといって、アルマに話すと面白がって言いふらされそうだ。
ローリアは本を枕元に置いてベッドにもぐった。
「さっき聞いたんだけど、セデック・アルマイルの父親が、息子の新しい奥さんを探しているんですって」
アルマが言った。ローリアが飛び起きた。
「で、私にどうかって言われたんだけど──」
アルマは姉をじーっと見て、それから、ニヤッと笑った。
「あ、そういうこと」
「どういう意味よ?」
「なんでもな〜い」
アルマは笑いながら部屋を出ようとした。
「ちょっと待ちなさい! 話はまだ終わってないでしょ!? あなたはどうなの?」
「どうって何が?」
アルマがニヤニヤしながら振り返った。
「彼と結婚したいの?」
「まさか!」
アルマがローリアに向き直って笑った。
「私はああいう人は好みじゃないの。もっと地位の高い人がいいし。それに、彼の名字はアルマイルよ?私が結婚したらアルマ・アルマイルになっちゃうじゃない。そんな早口言葉みたいな名前、嫌だもの」
「あ、そう……」
安心していいのか、がっかりしたほうがいいのか、ローリアにはわからなかった。彼が早く誰かのものになってくれたほうが、諦めがつくかもしれない。
ローリアはまたベッドにもぐってしまった。
「で、どうするの?」
アルマが尋ねた。
「あんたは今権力があるんだから、好きな男に手を出したって誰も文句言わないわよ」
「そんなことしたら噂になって終わりよ」
ローリアがつぶやいた。社交界の、特に、長男たちにバカにされるようなことをするのは何としても避けたい。カイレル・マーデスに笑われるのは嫌だ。
「気にしなきゃいいのよ、噂なんて」
アルマはそう言いながら出ていった。
「あのう」
そばで見ていたユーナが言った。
「本当に、その、セデックという方が気になるのですか?」
ローリアは答えなかった。
「人を好きになるのは、悪いことではないですよ」
ユーナが言った。
「むしろ、普通の女性として当たり前のことです。だから……」
「一人にしてくれない?」
ローリアが言った。ユーナは黙って出ていった。
ローリアは昼頃まで横になって悩んでいた。しかし、そのうち出かける時間になってしまったので、気が乗らないまま着替えて玄関に出た。
「今日は彼が案内してくれるよ」
侯爵が手で示した先にいたのは、暗い灰色のスーツを着た、セデック・アルマイルだった。
彼を見た瞬間、ローリアは胸のなかになんとも言えない喜びが満ちるのを感じた。
セデックはローリアの目を見て笑った。
全てわかっていますよ、と言いたげな顔をして。




