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侯爵にお金を借りに行ったら養女にされました!  作者: 水島素良
第9章

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9-6 セデック・アルマイル

「それで、みんなすっかり私を怖がってしまって、おそるおそる接してくるようになってしまったのよ」

 晴れた日の昼間、ローリアは馬に乗って、付き添いのクィルと話していた。

「でもよかったじゃないか。あの夫婦、最初は君をバカにしているように見えたけど、最近はそうでもないんでしょ?」

「そうね」

 ローリアが言った。

「少なくとも、人形劇を勧めてくることはなくなったわ」

「その話、何回聞いても笑える」

 クィルがくすっと笑った。

「笑い事じゃないのよ。私が男の子だったらあんなことしてこなかったと思うわ。女の子を子供扱いしているから『人形劇をやって喜ばせよう』なんて発想が出てくるのよ」

 男は女を見下しているものだ。

 カイレル・マーデスの手紙を思い出す。たとえ女性のほうが地位が高くても、それは例外ではないようだ。

「だいいち、女の子が戦う訓練をしたからってなぜ驚くのかわからないわ。こんな危ない世の中で、女の子に戦い方を教えないなんて、差別よ。男だけが力を持って威張っていたいのね」

「僕らは女の子を守りたいだけだよ」

 クィルが言った。

「それにしてはずいぶんと意地悪じゃない?道を歩いてるときに石を投げてきたり」

「そんな奴いたの?」

「村に住んでいたときにね」

「そいつ、君のことが好きだったんだと思うよ」

「まさか!」

 ローリアは笑ってしまった。

「あれはただのたかり屋よ。貧乏で、私が持ってるものをすぐ取ろうとするの……あら、あれは」

 丘の向こうに黒い人影が見えた。

 セデック・アルマイルだ。前と同じように黒い馬に乗っているが、白いシャツに、上質な生地でできた濃い茶色のボトムスを合わせていた。胸元にはアメジストのブローチが光っている。

 ローリアはゆっくりと馬を進め、セデックに近づいていった。

 深い漆黒の目がローリアをとらえた。何かにつながれたように、目をそらすことができなかった。二人は見つめ合いながら近づいた。

 ああ、この人。

 ローリアはなぜか、何かを確信した。

 この人なんだわ。

 馬が止まった。

「ローリア、どうしたの」

 二人が何も言わずにいるので、クィルが尋ねた。

 ローリアはようやく我にかえり、セデックから目をそらした。

「今日は喪服じゃないのね」

 なんとなくの調子で言った。

「その服、似合ってるわ」

 セデックは下を向いて、

「久しぶりに着たから、変な感じですよ」

 と小声で言った。

「こないだもここにいたけど、よくこのへんを散歩していらっしゃるの?」

 ローリアは弾んだ声で尋ねた。

「こいつが……この丘が好きで」

 セデックが言った。こいつ、とは馬のことだ。

「素敵な馬ね。こんなに真っ黒なのは初めて見たわ」

「僕の家で代々育てているんです」

「アルマイルの家は何をしているの?」

「ただの商人ですよ。いろんなものを仕入れて売って……向こうの町の店はだいたい、一族が持っています」

「そうなのね」

「あの……ソムィーズのお嬢様ですよね?」

 セデックが尋ねて、探るような目でローリアを見た。

「あらやだ、私、自己紹介を忘れてたわね」

 ローリアが言った。

「私はローリア・ソムィーズ。姉妹の姉よ。あと……女の子だけど跡継ぎなの」

 ローリアはためらいがちに言った。セデックには自分が跡継ぎであることは教えないほうがいいと思ったが、一方で頭のどこかでこんな声がした。

『何を考えているの?』

『あなたはソムィーズの跡継ぎなのだから、長男とは結婚できないのよ。ましてや、貴族じゃない男だなんて』

 やだ、私ったら何を考えているの?

「もう──戻らなきゃ。侯爵が心配なさるから」

「気をつけて」

 セデックがまたローリアの瞳をとらえた。

 帰りたくない。

 ローリアは馬の向きを変えて歩かせた。

 早く去ったほうがいい。

 何か、まずいことが起きている。

 でも、帰りたくない。

 どうして?

 しばらく歩いてから、

「ローリア」

 クィルが口を開いた。

「ダメだよ」

「ダメって、何が?」

「あの男はダメだよ」

 クィルが前を向いたまま言った。

 やだ、何言ってるのよ?

 いつもならそう、軽く返しただろう。

 でも、今日のローリアにはそれができなかった。

 なぜできないのか。

 わかっている。でも認めたくない。


「どうしたんだい。幽霊でも見たような顔をしているね」

 馬舎に戻ると、ちょうど侯爵とウィズが話しているところだった。

「なんでもありません」

 ローリアは話したくなかったのだが、

「黒い馬に乗った男に会ったんです」

 クィルが話してしまった。

「セデック・アルマイルか」

「今日は喪服を着ていませんでした」

 ローリアが言うと、侯爵は驚いたようだった。

「やっと立ち直ってきたのかな。そうか、もう2年にはなるからね」

 そういえば、彼には奥さんがいて、襲われて亡くなったんだっけ。

 ローリアはそれを思い出して暗い気持ちになった。

「ローリア、顔色が悪いな」

 侯爵が心配そうに言った。

「タルマが恋しくなりましたか?」

 ウィズが尋ねた。

「そうね。帰りたくなってきたかも」

「おやおや、ローリア」

 侯爵が笑った。

「まだこのへんの町を見に行ってないよ。領地の説明も終わってない。悪いけど、もう少し我慢してくれ」

「わかってます」

「心配しなくても、タルマは元気にしてますよ」

 ウィズが言った。

「そうね──少し休みます」

 ローリアは足早に部屋に戻った。ユーナがお茶とクッキーを持ってきてくれた。

 落ち着くのよ、ローリア。

 ローリアは自分に言い聞かせていた。

 あの人のことは忘れたほうがいいわ。

 しかし、忘れようとするほど、先ほどのセデックの様子が頭にありありと浮かび、落ち着かない気分になるのだった。

 キーッキキッキッキッキッキー。

 こんな時にアルマはバイオリンの練習をしている。そうだ、アルマは『金持ち』と聞いてセデックに興味を持っていたっけ。

「アルマ」

 ローリアはアルマの部屋に行った。

「バイオリンの文句なら聞かないわよ」

 アルマが言った。

「さっき、セデック・アルマイルに会ったの」

「ほんと?」

「喪服を着ていなかったわ」

「へえ〜」

「こんど、一緒に丘に行ってみない?会えるかも」

「馬に乗るのは好きじゃないんだけど」

 アルマが言った。

「ま、いいわ。ちょっと興味あるし」

 そう言って、アルマはまたバイオリンを弾き始めたので、ローリアは自分の部屋に逃げた。

 あの人をアルマに紹介すればいいわ。

 ローリアはなぜかそう考えていた。

 いい人そうだし、お金持ちだし、変な貴族より安心だわ。

 しかし、心のどこかで何かがひっかかっていた。こんなのはごまかしでしかないと。しかし、今のローリアには、自分の心を直視する勇気はなかった。






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