9-4 女の子と迫力
数日後、やっと天気が回復して、外に出たくてうずうずしていたローリアとアルマは外に飛び出した。見渡す限り牧草地で、青空と緑の草が輝いて美しい。
侯爵と一緒に牧場に行き、羊の世話をしているクルップという男に会った。しかし、
「跡継ぎが女の子ってのは本当だったんですね」
クルップは当惑しているようだった。
「何か問題でもあるのか?」
侯爵が低い声で尋ねた。
「いや、問題って」
クルップが困った様子で言った。
「侯爵に何かあったら、俺たちのことはだれが守ってくれるんです? 敵が攻めてきたら?」
「ローリアが守るさ」
「こんな小さな女の子に何ができるって言うんです?」
見ると、牧場で働く他の人たちもみんな、同じような疑問の目でローリアを見ていた。
大丈夫です。私、戦う訓練も受けてますから!
と堂々と言うべきなのかもしれない。ローリアは思ったが、人々の目つきを見ているとなかなか声が出せない。
「驚いたな。そんなことを言われるとは思わなかった」
侯爵はあくまで穏やかに言った。
「ローリアは、そこらの男の子よりよっぽど優秀だよ。魔力も強い」
「魔力の問題じゃないんすよ。なんていうか……迫力の問題です。敵が恐れて逃げていくような力ですよ。ソムィーズは代々それで俺たちを守っていたじゃないですか。なのにこんな小さな女の子じゃ」
クルップが言った。ローリアは『迫力』という言葉を聞いてくまさんを思い出した。
「ローリアが魔石を使っているのを見たら、そんなことは言えなくなるさ」
侯爵が言った。
「羊を見せてくれ」
これ以上言い合いをしたくないのだろう。侯爵は話題を変えた。クルップはまだ不満そうだったが、後ろで見ていた30代くらいの娘が気を使って姉妹にも前に羊を連れてきて、世話や、毛の刈り取りについて説明してくれた。
「毛の刈り取りが見たい」
アルマは意外と興味があるようだったが、ローリアはさきほど言われたことが気になって仕方なかった。
女の子だと、敵を逃がす迫力がない。
見た目の問題?でもそれってどうするの?
牧場を出た瞬間、
「あの男、失礼だわ」
アルマが怒り出した。
「ローリアの怖さを知らないなんて」
「どういう意味よ?」
ローリアはアルマに尋ねたが、アルマは肩をすくめておどけた顔をしただけだった。
「ここの人たちは、ソムィーズが恐怖で人を支配していると思っているのかな」
侯爵がつぶやいた。
「僕はそんなつもりはなかったんだが。しかし、よく考えると、父も祖父も性格が暴君のようだったな」
「そうなんですか?」
ローリアは驚いた。ソムィーズはみんな穏やかな一族なのかと思っていた。
「きっと短気すぎて短命なのさ。みんな早くに亡くなってしまったからね」
侯爵が言った。なんとなくしんみりとした空気で三人が歩いていると、草原の向こうに馬に乗った男が現れた。馬も黒、服装も黒、髪も黒。全身が真っ黒で、穏やかな色彩の草原でその姿はかなり浮いていた。
「セデック・アルマイル!」
侯爵が笑いながら叫んで手を振った。黒づくめの男は馬から降りてひざまずいた。
まあ、なんて悲しそうな目をしているの。
それに美しいわ。
ローリアは細身の男の繊細な様子に見とれた。
「久しぶりだな。最近どうしてたんだ?」
侯爵が尋ねた。
「何も……屋敷にいました」
か細い声が返ってきた。セデックは立ち上がってちらっとローリアを見た。
目がきれい。
ローリアはうっかりじっと見つめそうになって、慌てて目をそらしてアルマを見た。アルマは全く遠慮せずに、セデックの全身を見て、
「なんで真っ黒なの?」
とぶしつけに尋ねたので、ローリアは慌てた。
セデックはうつむいたまま答えない。
「奥さんが亡くなったんだよ」
侯爵が言った。
「それは──お気の毒に」
アルマがすまなさそうに言った。
「俺は馬を歩かせたかっただけなので──失礼します」
セデックはまた黒い馬に乗ると、すごい勢いで駆けていってしまった。
「まだ立ち直ってないんだな」
侯爵が憐れむようにつぶやいた。
「まだ若いですよね?」
ローリアは好奇心を抑えられなかった。
「奥さんはどうして亡くなったの?」
「村で暴漢に襲われた」
「まあ!怖い!」
アルマが叫んだ。
「そんなに治安が悪いの?ここ」
「そんなことはないんだが──あれは地主としては痛恨の打撃でね。犯人もみんなの顔見知りの男で、僕もまじめな男だと思い込んでいた。まさかあんなことをするとは誰も思っていなかった」
「そうだったんですね」
「だからあの事件はソムィーズにも責任がある」
侯爵が言った。
「セデックは奥さんを失ったショックで、ずっと喪服を着たまま屋敷にこもっていた。なんとか立ち直ってほしいんだが」
「あの人、お金持ち?」
「アルマ……」
ローリアは妹の場違いな質問に呆れたが、
「貴族ではないが、このあたりでは裕福な家の長男だよ」
侯爵は普通に答えた。
「へえ〜」
アルマが興味深そうに笑った。ローリアはそれがとても気に障った。しかし、遠くの領地で起きた事件の責任まで負わなきゃいけないなんて。貴族の当主はなんて大変なんだろう。
帰って部屋に戻ってからも、牧場で言われたことや、セデックの悲しげな様子が頭から離れず、ローリアは勉強に集中できなかった。
ああいう人たちを守らなきゃいけないのね。
でもみんな、女の子が当主じゃ安心できないのね、弱そうだから。
女が強く見せるにはどうしたらいいの?
ローリアはシンシア・ツヴェターエヴァを思い出したが、あんな圧倒的な美しさと威厳は自分にはない。
競技会で男の子を倒せたら、少しは怖がられるかしら?
ローリアがそう考えていると、タイミングよくユーナがやってきて、
「デュドネ一家が到着しましたよ」
と、言った。




