9-2 田舎の家とケッパー夫妻
数日の旅ののち、一行は田舎の家に到着した。ソムィーズ邸に比べたらもちろんかなり小さかったが、それでも、使用人を含めて全員の寝室を確保できるほどの広さはあった。ケッパーという中年の夫婦が管理していて、幾人かのメイドとともに出迎えてくれた。
こちらにも使用人がいるのね。
ローリアは驚いた。ソムィーズ家に関わっている人間の多さと、普段住んでもいない家にも使用人がいることに。
どれだけの費用がかかっているのかしら。
「お帰りなさいませ、ソムィーズ侯爵。それに奥様」
デリル・ケッパーが侯爵夫妻にあいさつした。そして、ローリアとアルマをちらっと見たが、何も言わなかった。使用人たちは荷物を運ぶのに忙しくてこちらを見ていない。
「久しぶりだね、デリル、それにナルシー」
侯爵が笑って言った。
「娘を紹介するよ。こちらが長女のローリア、こちらが次女のアルマだ」
ローリアは反射でおじぎをしたが、アルマはむすっとした顔で中年の夫婦を見たまま、
「旅で疲れたの。お茶が欲しいわ」
と言った。
「すぐにお持ちしますよ」
中年の妻ナルシーがにこやかに答えた。
「アルマ、まずあいさつしなさい。失礼だよ」
後ろから祖母リーマが注意したが、
「私の部屋はどこ?」
アルマは全く気にせずにあたりを見回していた。
「こちらへどうぞ」
中年の、人のよさそうなメイドが案内してくれた。ローリアが案内された部屋には、ベッドと一人掛けのソファーがあって、手作りらしい花柄のカバーがかかっていたり、フリルのついたクッションが置いてあったりした。
「机がない!」
ローリアは気づいて慌てた。勉強する場所がない。
「あのう、テーブルを一つ貸してもらえませんか」
ローリアはメイドに頼んでみた。しかし、
「テーブルなら居間にありますよ」
そっけない答えが返ってきた。
「そうじゃないの。部屋で勉強したいのよ」
「夏の休暇に勉強なんて!」
メイドが鼻で笑った。
「それに、女の子があまり学があると、お嫁にいけなくなりますよ」
ローリアが驚愕の表情を浮かべたのにも気づかず、メイドは、
「お茶をお持ちしますね」
と言って、にこやかに去っていった。
「ねえローリア、やだ! こっちにもこのクッションあるの!?」
アルマがやってきて叫んだ。
「ここのインテリアの趣味、最悪!」
「めったなことを言うもんじゃないよ」
祖母リーマがやってきた。
「こんなとこまで旅行できるだけでありがたいんだから。旅なんて何年ぶりだろうね。最後に行ったのは私が17歳のときだったかね。あんたたちのじいさんが楽隊の行進が見たいって言うから、隣町まで──」
「その話もう100回は聞いたってば!」
アルマが叫んだ。
「私たちはもうお嬢様なのに、あの夫婦、態度が悪かったわ。使用人と勘違いしてるんじゃないの?」
「態度が悪いのはあんただよ、アルマ。ちゃんとあいさつしないから悪いのさ」
「ねえ、二人ともちょっと黙ってて」
ローリアは頭を抱えた。
「とりあえず、机かテーブルを探すのを手伝ってちょうだい」
姉妹と祖母がテーブルを探して館の中を歩き回っていると、ソムィーズ邸から来た使用人たちがすぐに気づいて手伝ってくれた。しかし、適当な大きさのテーブルが見つからない。田舎のメイドが肉を切っていた台を持ってきたので、「そんなもんお嬢様に使わせられるか!」とみんなが怒っているところに、侯爵夫妻がやってきた。
「跡継ぎだから勉強しなきゃいけない、と先に言っておくべきだったかな」
侯爵はそう言ったが不満そうだった。
「それにしたって、手紙を書けるテーブルくらい必要だとわかりそうなものだがね!」
「すぐに手配するわ」
侯爵夫人が言った。
「それまで、私の机を使いなさい。すぐにローリアの部屋に運んで」
「だめです!そんなこと」
ローリアは慌てたが、
「私はベッドで本を読むくらいで、書かなきゃいけないものがあったらパトリックの部屋に行くからいいのよ」
「申し訳ありません」
デリルが侯爵に向けて言った。あいかわらずローリアの方は見ていない。
「もういいわ。早くお茶を運んで」
アルマがそう言い捨てて走っていった。リーマが、
「失礼だって言ってるだろ!」
と言いながら追いかけていったが、ローリアは妹を注意する気になれなかった。この中年の夫婦、おそらく、ローリアとアルマを侯爵の娘だとは思っていない。平民の娘がのこのこやってきたとでも思っているのだろう。
ローリアは何も言わずに部屋に戻った。きれいに磨かれた机と、お茶と、素朴な手作りのクッキーが運ばれてきた。
「大変でしたね、お嬢様」
ユーナがお茶をいれながら言った。
「ここのメイド、態度が悪いですね。私が注意しておきます」
「どうしたらちゃんと認められるのかしら」
ローリアが遠い目をして言った。
「お嬢様が気にすることありませんよ!あの人たちの心構えがなってないだけなんですから!」
「そうかしら」
ローリアは自分がメイドだった頃を思い出していた。逆の立場だったらどんな気分だったろう。自分と同じ平民の女の子が、いきなり金持ちになってぜいたくを始めたら。おそらくいい気はしないだろう。
「お嬢様、いいからこのクッキーを食べてみてください。見た目は悪いけどおいしいんですよ。さっき私、一口いただきました。ここのコックはいい人ですよ」
ユーナがクッキーの皿を前に押し出したので、ローリアは1枚取ってかじった。
「おいしい」
ここに来てはじめて笑った。
「なんだか、懐かしい味がするわ」
それから、昔住んでいた村のことを思い出し、あの頃のほうが平和だったなぁなどと思ってため息をついたりした。でも今はお嬢様なのだ。なんとかみんなに認めてもらわなくてはいけない。
どうしたらいいだろう?




