9-1 田舎の領地へ
舞踏会から一ヶ月ほど経った。毎日いろいろな科目の授業を受けて、数日に一回デュドネの魔法の授業を受け、週に一度はどこかのパーティーに行く……という日々が続いた。アルマのバイオリンも少しうまくなった。まともな音が出せる程度ではあったが。
ローリアはカイレル・マーデスに本のことを尋ねる手紙を書いた。『この本の女性の扱い、ひどくない?』という内容の手紙を。あと、レディ・アマンダ・ルビンシャーと仲がいいのかも好奇心で聞いてみた。
返事にはこう書いてあった。
「いかにも、俺たち男性は女性を見下している。この国は女神の国だ。女神の相手にふさわしいのは男性だ。女性が女性の相手をするなどとんでもないというわけだ。まあ、ツヴェターエヴァという例外はあるがね。実際君たちは着飾って噂話をするばかりで、あまり役に立つ話をしないじゃないか、と妹に言ったら怒られたがね。『それは女性にそういう教育をしなかったからだ』とね。女性に教育をしたら本当に男のようになるのか。実に興味深い。だから、君がどんな人間になるか見るのが俺は楽しみだね。
男にバカにされたくなかったら、政治や経済の分野でまともな意見が言えるようにしておくがいい。
ところで秋の競技会には本当に出るのか?あれは危険な集まりだぜ!合法的に人を殴れる場所だからね。みんな血走ってる。女性にはおすすめしない。どうしても出たいんなら止めないが、命の保証はない。レディたちと一緒に観客席にいることをおすすめするよ。
ちなみに、レディ・アマンダ・ルビンシャーは友達さ。俺に酒を回してくれる盟友だ」
ローリアはこの、バカにしているのか真面目なのかよくわからない手紙をどう読んでいいのかわからなかった。それから、レディ・ヴィオレッタのことも考えた。彼女はとても頭のいい人なのだ。だから結婚したくないのかもしれない。『着飾っておしゃべりしてるだけの人』になりたくないから。
「見てなさい。カイレル・マーデス」
ローリアは手紙をしまいながらつぶやいた。
「女の子もやればできるって見せてあげるから」
それから、経済の入門書を読み始めたのだが、
「お嬢様、侯爵がお呼びです」
ユーナに邪魔された。ローリアは本を閉じて書斎に向かった。
「来週、ミドルデーカに行くことになった」
机で書類を持ちながら侯爵が言った。ミドルデーカの話は前にも聞いたことがあった。田舎にあるソムィーズの領地で、夏には毎年滞在しているという。
「いつもはもっと早く行くんだが、今年は『僕の娘たち』の社交シーズンと重なったからね」
侯爵が書類をローリアに見せた。田舎の管理人からの手紙で、別荘の準備が整ったこと、みんな侯爵がなかなか来ないのでやきもきしていること、農作物は順調に育っていること……などが書いてあり、その結びに、
『新しいお嬢様にお会いできるのを楽しみにしております』
と書いてあった。
「心してほしい。君は僕の後を継ぐ。つまり、ミドルデーカもいずれ君のものになる。そこに住んでいる人がどうなるかも君の動き次第だ。ソムィーズの街も大切だが、そこで消費されている食物や織物は田舎で作られている。だから、田舎の領地もおろそかにしてはいけない」
「はい」
「君は人をバカにしたりしないから大丈夫だとは思うが、田舎の人たちにも、貴族と同じくらい慎重に接してほしい」
「わかりました」
ローリアは昔住んでいた田舎の村を思い出していた。畑があって、鶏を飼っていて、なんでも自分でやる人々が暮らす場所を。だから、『田舎の領地』もそんな感じなのかなと想像していた。
実際はだいぶ違ったのだが。
数日後、ローリアはミドルデーカに向かう馬車に乗っていた。遠いので3日ほどかかる。途中で宿に泊まるということだった。そんな旅をするのは初めてだったので、ローリアもアルマも興奮していた。
ローリアは自分で荷物を運ぼうとして、ユーナに怒られた。
「お嬢様が持っていいのは巾着袋と傘だけです!」
「えぇ〜……」
「えぇ〜じゃありませんよ。荷物はクィルにでも持たせてください」
クィルと、馬番のウィズもついてくるのだった。ローリアはしばらくクィルと話していなかった。屋敷で話そうとすると人の目があるからだ。田舎なら少し話せるかもしれない。
しかし貴族というものは、自分が旅行するときには使用人と荷物をこんなにも引き連れていくのか!ローリアはその人数と荷物の多さに驚いていた。侯爵夫人とアルマと自分の服だけでかなりの数になっている。庶民の旅なら移動するのは自分だけで、荷物もせいぜいケース一つくらいだろう。
馬車の中で読もうと思って経済の本を持っていたら、アルマに嫌がられた。
「旅行のときくらい勉強はやめなさいよ」
「それは無理よ。一ヶ月も休むわけにはいかないの。毎日やらないと忘れちゃうんだから。それに、デュドネ先生もご家族とともに来てくださるそうだし」
「あんな戦闘みたいなことを避暑地でやるつもり?」
アルマがあからさまに嫌な顔をした。
「競技会が近いんだもの。訓練はしなきゃ」
「ねえローリア、本当に大丈夫なの?」
アルマが尋ねた。
「男だらけのところに行って戦うなんて危ないわよ。何をされるかわからないわ」
「相手は貴族なんだから、不名誉になるようなことはしないでしょうよ」
「甘いわよ。貴族『だから』とんでもないことをしてくるかもよ?なんでも許されると思ってる連中ばかりなんだから。それに、私たちは平民の出だからよけいになめられているでしょ?ねえ、あんた、わざと負けなさいよ」
「なんですって?」
ローリアは耳を疑った。わざと負ける?
「早めに身を引いて『やっぱりあなたはお強いですね』というフリをするのよ。男の子って、カードゲームなんかでも、女の子に負けると逆上して怒り狂ったりするじゃない。わざと負けて持ち上げてあげたほうが安全じゃない?」
「だめよ!そんなこと!」
ローリアは怒った。
「私はソムィーズの当主になるんですからね。力を見せつけないといけないのよ! わざと負けるなんてとんでもないわ!」
「あんたは男がわかってないのよ」
アルマが言った。それから、
「ローリア、変わったわね。昔はもっと穏やかでおしとやかだったのに」
とつぶやいた。
「あなただってすっかりお金持ちの令嬢になりきってるじゃないの。昔はもっと控えめだったのに」
「あれは控えめじゃなくて『卑屈』だったのよ。貧乏だったから」
アルマがよそ見をしながら言った。
「私、貧乏だけはもう嫌だわ。自分のために誰かが犠牲になるのはもう見たくない。だから金持ちと結婚するの」
「アルマ……」
「おばあちゃんは大丈夫かしら?」
アルマが窓から後ろを見ようとした。
「パーシーと一緒で。あの子、いっつも暗い顔をしているのよね。なんでかしら」
「おばあちゃんはいつも好き勝手にしゃべってるから大丈夫よ。むしろパーシーが心配だわ」
馬車は田舎道を進んでいく。これから行く場所も、いつか自分が管理しなくてはいけない──ローリアは気を引き締めた。向こうで何が待っているかも知らずに。




