8-6 バルコニーのくまさん
「くまさん。せっかくの舞踏会なのに、どうしてここにいるの?」
ローリアがガーウィンに尋ねた。
「『巨人のおじさん』とは誰も踊りたがらないからさ」
ガーウィンが街の灯を見おろしながら言った。
「それに、ここのほうが好きでね。城下町が一望できる。貴族が踊ってるのを見るより、街の明かりを眺めているほうが楽しいのさ。あの家の中にはどんな暮らしがあるのか想像して──」
「素敵ね」
「──何が売れるか考える」
「やだ、商売の話?」
「商売は大事だぜ」
ガーウィンがローリアを見て笑った。
「こないだ公爵に譲ってもらった魔力のない石があるだろ。イシュハでかなり高値で売れたよ。その金で、カリフガルドのアメジストをたくさん仕入れて──」
「ロンハルトで高く売るのね?」
「そうさ。ロンハルトではアメジストは『女神の石』だから誰もが欲しがる。もちろん、一番いいやつは王様に献上したよ。兄貴のアドバイスでね」
「お兄様はいい方ね。私と踊ってくれたのはあの人だけよ」
「さっきは驚いたよ。兄貴から女性に声をかけるなんて珍しいからね」
「そうなの?」
「そうさ。堅物だからな。でも兄貴は俺の唯一の味方だからな。イシュハで商売をすると言ったとき、親父は怒り狂って俺を追い出したんだが、兄貴はこっそり金を送ってくれてね」
バルコニーを夜風が吹き抜けていく。
「飢え死にしかけたときにそれで救われたよ。だから俺は、兄貴に頭が上がらない。だから、好きでもないパーティーにも『来い』と言われたら来るのさ」
「そうなのね」
ローリアは風で乱れた前髪を直しながら後ろを見た。ルナがにこにこしながらこちらを見ている。
「寒くないですか、お嬢様」
ローリアが尋ねると、
「いいえ、ここのほうが気持ちがいいわ」
とルナが答えた。
「何かお話して」
「何か……そうねえ」
「妹がいるって、どんな感じ?」
ルナがローリアに尋ねた。
「私も弟か妹がほしいってお母様に言ったのよ。でも『必要ありません』って言われてしまったの」
「まあ」
「君の妹はかなり人気があるな」
ガーウィンが言った。
「しかしあれは気をつけたほうがいいぜ。持参金目当てかもしれないからな。それか、ソムィーズの威光を利用したい奴か」
「威光を利用する?」
「君という名の権力者の妹だからな」
ガーウィンが言った。
「さっきの儀式で、君は正式にソムィーズの後継者になっただろ?つまり、絶大な権力が約束されたようなものなんだ。権力目当てで親戚になりたがる奴らが出てくるということさ。気をつけたほうがいい」
「アルマには、本当に好きな人と結婚してほしいの」
ローリアはガーウィンにそう言い、ルナに、
「妹は、私の宝物よ。何をしても守りたいの」
と言った。そもそもこんなことになったきっかけも、アルマの病気を治すためではなかったか。
「妹さんは『守られたい』とは思ってないかもしれないがな」
「どういう意味?」
「いや、なんでもない」
ガーウィンがまた街を見た。
「こうやって貴族が踊って飲み食いしてる間にも、街では路上生活者が毎日死んでる。楽しい夜にこんな話をして悪いが、俺はどうしてもそのことを考えてしまう。イシュハで最低の暮らしを体験したからな」
「路上生活者?」
ローリアが尋ねた。
「誰か助けないの?村では女神の集会場の人が炊き出しをしていたわ」
「たまに王妃様が似たようなことをしてるよ」
ガーウィンが言った。
「しかしそれでは根本的な解決にはならなくてね。施しだけではだめだ。仕事を与えないとな」
それからローリアとガーウィンは『どうしたら街の乞食たちを救えるか』を話し合った。ルナは隣で静かに話を聞いていた。
「あんたたち、こんなところにいたのね!」
王妃ラナがバルコニーにやってきた。
「せっかくの舞踏会で何してんのよ」
「俺たちは夜風に当たるのが好きなんですよ」
ガーウィンが言った。
「だって、私とは誰も踊ってくれないんだもの!」
ルナが言った。ローリアも同じセリフが言いたかった。
「あなたはまだ子供だからよ。いらっしゃい」
王妃ラナがルナと手をつないで引っ張っていった。
「なあ……もしよかったら」
ガーウィンが少しためらいがちに言った。
「また俺と踊ってくれないかな。まだ音楽は続いているようだし」
「あら、私にふっ飛ばされたいの?」
ローリアはふざけて笑った。
「ぜひふっ飛ばしてほしいね!」
ガーウィンが笑った。
「さあ、行こう」
「なんですかあの二人は」
舞踏会の客たちが、くるくる回っている大男と女の子を見ながら言った。
「大きさがまるで合ってない。まるで、巨人と小人だ」
「あれはガーウィン・ハーヴィスだな」
ある紳士が言った。
「イシュハで商売をしてる奴だろ」
「イシュハですって?」
ある夫人が言った。
「魔法も使えない野蛮人と取引をしているの?なんてことでしょう」
「怪しい奴だよ」
紳士が言った。
「あいつはきっと、ソムィーズの権力を狙っているんだろうな。イシュハで大金を稼いだから、次は爵位を狙っているのさ」




