8-5 名誉と、小さなお嬢様
というわけで、ローリアはハーヴィス伯爵とダンスをすることになったのだった。ふっ飛ばさないように細心の注意を払いながら。ハーヴィス伯爵は、慣れていなさそうにもかかわらず、うまくリードしてくれた。
「ちょうどよかった。男の人に聞きたいことがあったんです」
ローリアがステップを少し間違えながら言った。
「何かな?」
「名誉とは何ですか?」
ローリアが尋ねた。
「カイレル・マーデスに勧められた本に、『男は名誉が大事』って書いてあったわ。でも私、よくわからなくて。それって功績とか勲章のようなもの?」
「それもあるが『信条』『誠意』『生き方』と言ったほうがいいかもしれないな」
ハーヴィス伯爵がローリアをくるっと回転させた。
「単に『人から侮られないこと』だと思って威張りくさっている者もいるようだがね。本来はそんな意味ではない。女神に誓って、正しくあるということだと私は思っているが」
「そうなのね」
ローリアは、相手の足を踏まないように注意しながらあいづちを打った。
「要するにやるべきことをやり、やるべきでないことをしないということだ」
「でも、その『やるべきこと』が何かは、誰が決めるの?」
「自分で決めるのさ!」
ハーヴィス伯爵が笑った。
「残念ながらこの国には、自分がやるべきことを世の中が決めると思っている者が多い。残念なことだ」
それから影のある表情で、
「まあ、私もその一人だが……」
こうつけ足した。ちょうど、そのタイミングで曲が終わった。
「いろいろ教えていただいてありがとう」
ローリアが微笑んだ。
「それにダンスも。誰も誘ってくれないと思っていたわ」
「君が美しいからみんな気後れしているのさ」
「まあ、ご冗談を」
ハーヴィス伯爵はにこやかに去っていった。
ローリアはアルマを探した。複数の男の子に囲まれているのが見えた。
「僕と踊ってください、アルマさん」
「いや、次は俺だ!」
「いや、僕と!」
アルマはみんなを順番に見て困った顔をしている。
「あらあら、アルマ。大人気ね!」
ローリアがそう言いながら近づくと、アルマは非難するような目でローリアをにらんだあと、
「フン」
不機嫌な顔でどこかに行ってしまった。
「あっ、待ってください! アルマさん」
「僕と踊ってください!」
「待って!」
男の子たちが慌てて追いかけていく。
「何よ、アルマったら」
ローリアがひとりごとを言った。
「あんなにモテてるくせに、どうして機嫌が悪いの?」
それから会場を歩いた。男性はみな好みの美しい女性を口説いている。カイレル・マーデスがレディ・アマンダ・ルビンシャーをからかっているのも目に入った。
しかし、ローリアに声をかけてくる男はいない。
そのうち曲が始まってしまった。成立したカップルが踊り始めた。
公爵を探して、先に帰るって言っちゃダメかしら。
くるくる回る人たちを遠目に見ながら、ローリアがそんなことを考えていると、
「ねえ、ねえ」
誰ががスカートを引っ張った。
足元に、赤い髪の小さな女の子がちょこんと座って、ローリアのドレスのすそをつかんでいた。
「あなたは確か、ツヴェターエヴァの」
ローリアは慌てておじぎをした。
「ルナ・ツヴェターエヴァ」
女の子が言った。シンシア・ツヴェターエヴァの娘だ!
「あなたはローリア・ソムィーズでしょ?」
「そうです」
「じゃあ、私たち、仲良くしなきゃ」
ルナが目をきらきらさせながら言った。母親のような鋭い美しさはないが、愛らしく人なつっこい。
「女の子で家を継ぐのは、私たちだけだもの。そうでしょ」
ツヴェターエヴァは代々、長女が継ぐ家だ。女神の代理人として特別な地位を持っている。
こんなに小さいのに、もう跡を継ぐことを考えているのね。
ローリアは感心した。
「お嬢様は、何かお勉強なさってます?」
ローリアは参考のため尋ねた。
「歴史と、政治と、経済と、簿記と、ドゥロソ語とアケパリ語と、えーと、あとは音楽と美術」
経済と簿記と美術。また科目が増えた。
「アケパリ語?」
ローリアは初めて聞く言葉だった。
「お母様の配下にアケパリ人が多いの。交易もしているし。ヒスイや金がとれて、サムライがいて、マンガがとっても面白いの。私、アケパリのマンガが大好き。でもお母様は『そんなもん読まないで勉強しろ』って怒るのよ。勉強はちゃんとしてるのに!」
小さなお嬢様は、立ち上がってローリアの手をつかんでぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ねえ、バルコニーに行こう。ここにいてもつまんない。私は小さいから誰ともダンスしちゃいけないんですって」
「私も踊る人がいませんの」
ローリアはニヤッと笑った。
「バルコニーの場所を教えてくださいな」
「こっちよ」
ローリアはルナに引っ張られるまま、会場の隅にある小さな出口へ向かった。暗い廊下に出ると、ルナが手元に小さな光を出して先導してくれた。なんだかおとぎ話のような景色だわ、とローリアは思った。
「ここはカイエナが教えてくれたの」
ルナが言った。
「カイエナ姫と仲が良いのですか?」
「お友達よ」
ルナが奥の階段に飛び乗りながら言った。
「さっき、巨人のおじさんも案内したわ」
「巨人のおじさん!」
ローリアは笑ってしまった。それはガーウィン・ハーヴィスに違いない!
「だって、すごくつまんなそうな顔してたんだもん」
ルナが言った。
「大きすぎるからみんな怖がってダンスしてくれないんですって」
「変ねえ。いい人なのに」
この子は小さいのにガーウィンが怖くないらしい。ローリアはますます好きになってきた。
階段を上がってしばらく行くと、星空が見えてきた。街の明かりが一望できる場所だ。ちらちらと家の光が見えている。
そこに、手元に明かり石を持った大男が、憂い顔で立っていた。
「やあ、新しい逃亡者か」
ガーウィンがローリアたちに気づいて、皮肉っぽい笑みを浮かべた。ローリアは共犯者のような顔で微笑みながら、彼の隣に行った。




