8-4 忠告
「女が人の上に立つなど、自然に反する!」
そう、それは『女嫌い』で有名なアッパラパー伯爵だった。細いシワの寄った顔に、鋭い目がぎらぎらと輝いている。年季の入った木製の杖をローリアに突きつけて怒りをあらわにし、肩が荒い呼吸で揺れていた。
「女は男に従うものだ! 女神様がそうお造りになった!」
「見苦しいぞ、アッパラパー」
王様が不快感をあらわにした。
「こいつをつまみ出せ」
衛兵が何人か近づいてきたが、なんとアッパラパーは炎の魔法で振り払った。そして、改めてローリアをにらんだ。
やだ! この人、攻撃してくる気だわ!
こんなにたくさんの人がいる中で!
ローリアはどうしていいかわからなかった。
戦う? こんなところで?
止める? どうやって?
怖かった。こんなにあからさまに、一人の人間に敵意を向けられるのは初めてだ。泥棒のほうがまだ怖くなかった。あいつらの目的は盗みであって、憎しみではないからだ。しかし、今目の前にいる男は、あからさまな憎悪をこちらに向けていた。まるで悪魔を見るような目つきで。
ローリアはうろたえて動けなくなってしまった。
アッパラパー伯爵が何かを呟いて杖を振り上げた時、
『凍結せよ!』
侯爵が叫んだ。そのとたん、魔力が押さえつけられ、アッパラパー伯爵が床にうずくまった。改めて衛兵がやってきた。
「おのれ……ソムィーズ!」
アッパラパー伯爵が憎悪に満ちた目で侯爵を見すえた。
「わしはお前など認めんぞ……内戦の失敗をみんな覚えているからな……」
「お前が認めようが認めまいが関係ない」
侯爵が厳しい声で言った。
「お前は今、公衆の面前で僕の娘を侮辱した。許されない行為だ」
「つまみ出せ!」
王様が命じた。アッパラパー伯爵派はまだぶつぶつ言っていたが、衛兵に運ばれて行った。
「儀式を済ませましょう」
シンシア・ツヴェターエヴァが場を取り出すように鋭い声を発した。どよめいていた会場はしんと静まった。
「レディ・ローリア、石をかかげて前へ」
「え?あ、はい!」
ローリアは慌てて平常心を取り戻そうとしながら、家宝の石が入った箱をかかげた。
『ちょっと踊りたいわ』
石からそんな声が聞こえた。と思うと、石がゆっくりと浮かび上がり、光を放った。
天井に描かれた天使たちが、動き出した。
天使たちはきらきらした光を放ちながら床に降りてきてローリアを囲むと、輪になって微笑みながらくるくると回った。それから、女神アニタの周りに集まった。
女神アニタが、ローリアに向かって目を細めて微笑んだ。
「なんということだ」
「なんて美しいの」
会場がどよめきと感嘆の声に包まれた。
そのうち、天使は散って元の場所に戻り、石は光を弱めながらローリアの手元の箱に戻ってきた。
『ちょっといたずらしてやったわ』
と言いたげな様子で。
「皆、これでレディ・ローリアの正統性がわかっただろう」
王様が声を発した。会場は再び静まり返った。
金の装飾で飾られた服を着た大臣が、聖なる香油の入った瓶を運んできた。シンシア・ツヴェターエヴァがそれを手に取り、香油を人差し指につけると
「祝福を」
と言いながら、ローリアの額に塗った。ローリアは教えられた通りにおじぎをした。
「レディ・ローリア・ソムィーズを、公爵位の後継者と認める」
王様が宣言した。会場は拍手に包まれた。
「本当に女の子が認められたわ!」
と誰かが言う声も聞こえた。
「さあ!舞踏会が始まるわよ!」
王妃ラナが立ち上がって手を叩いた。
「10分後に音楽が始まりますからね。それまでにダンスの相手を選びなさい!」
会場の人々がいっせいに動き始めた。
「レディ・ローリア」
シンシア・ツヴェターエヴァが声をかけてきた。
「ちょっと、こちらにいらっしゃい」
「は、はい!」
シンシアは大扉の外にローリアを連れ出してから、
「あなた、さっきアッパラパーが出てきた時、おびえていたわね」
と言った。無表情で。
「あ、はい。怖かったので……」
「当主になるものが、あれくらいのことを怖がってはいけません」
シンシアが言った。
「おびえた様子を見せてもいけません。これだけたくさんの人が集まっているときに、弱みを見せてはいけません。たとえ恐怖を感じても、表に出してはいけないのです。人の上に立つものは」
「すみません」
ローリアは恥ずかしくなって下を向いた。さっきアッパラパー伯爵が出てきたとき、何もできなかったから。
「さっき公爵が魔法封じを使ったのを見たでしょう? あなたも同じことをしなくてはいけないのですよ。不届き者がいたら戦うのがソムィーズ家の役目です。いちいち怖がっていたら務まりません」
「はい……」
「あなたは女神に選ばれたのです。その正当性を利用しなさい。あなたに反するものは女神に反する、それくらいの気で厳しく接しなさい。それが『女性だから』という理由で見下げられない方法でもあるわ」
「わかりました……」
「あなたはずいぶん弱気ね」
シンシアが言って、
「もっと強くなりなさい」
会場に戻っていった。
ローリアはその場にへたりこみそうになるのを、壁に手をついて必死に抑えていた。
今、ツヴェターエヴァの当主様と話したんだわ!
どきどきする胸と呼吸をなんとか落ち着かせようとしていると、音楽が始まった。何組かのカップルが踊り出している。その中に、アルマと、見覚えのない成年がいるのが見えた。
アルマ、きれいね。
ローリアは二人が踊るのをじっと見つめた。
「レディ・ローリア」
ハーヴィス伯爵が近づいてきた。
「ハーヴィス伯爵! 来てらしたのね!」
ということはくまさんもいるのかしら?
「さっきは大変だったな。大丈夫かね?」
「お気遣いありがとう。驚きましたけど、なんとか落ち着きましたわ」
「ああいう時代遅れの年よりはどこにでもいるものだ。気にすることはない」
ハーヴィス伯爵はそう言うと、少し気まずそうにあたりを見ながら、
「ところでレディ・ローリア。頼みがあるんだが」
と言った。
「何でしょうか?」
「私と……踊ってくれないかな」




