8-3 儀式の始まり
城の大広間に、貴族たちが並んでいた。
ローリアは、天井に描かれた楽園の絵に見入っていた。天使たちが青空を飛び交い、中心に女神アニタがいて、紫色の髪をなびかせながら微笑んでいる。ロンハルト王国は女神アニタを信仰し、魔力は全て女神から与えられた恩恵とされていた。
侯爵は隣で難しい顔をしてうつむいていた。侯爵夫人とアルマはずっと、結婚相手になりそうな男の話ばかりしていた。あそこにいるのがなんとか伯爵の息子よ。あの人変な顔をしているわね、などと。
「シンシア・ツヴェターエヴァ様です」
城の大臣の声がした。大扉が開き、豊かな赤い髪をウェーブに垂らした女性が入ってきた。髪の色に合わせた薄赤のドレスを着て、女神の象徴であるアメジストの杖を持っている。まつ毛は長くぴんと立っていて、歳は30をとっくに過ぎているはずだが、瞳は少女のように輝いていた。すっと通った鼻、ほどよい厚みの桃色の唇。
会場はどよめきとため息に満たされた。
「いつ見ても美しいわ」
「まるで女神様のよう」
「まさに祝福されたお方だ」
貴族たちは口々に賞賛した。特に男性たちは、みんなシンシア・ツヴェターエヴァに見とれてしまっている。
ローリアは『ツヴェターエヴァの当主様』の美しさにも驚いたが、隣にちょこんと立っている、似た顔の女の子が気になっていた。おそらく娘だろう。母親と同じきれいな赤い髪をして、大きな目でこちらを見ている。
目が合った。人懐っこい顔でニッと笑いかけてきた。ローリアは笑いながら手を振った。かわいい。
「あの子、かわいそう」
アルマがつぶやいた。
「どうして?」
ローリアが尋ねた。
「母親があんな絶世の美女じゃ、比べられちゃって大変じゃないの。しかも、あの子は母親ほど美人じゃないわ」
「失礼ね」
ローリアは改めてシンシア・ツヴェターエヴァを見た。この国で唯一、女性が家督を継ぐ家の当主様。女神の代理人。
今まで会ってきた女性たちとは違う。
威厳がある。なにより美しすぎて近寄りがたい。
なんとか、話を聞くことはできないだろうか。
女性がトップに立つということがどういうことか、聞いてみたい。
ローリアが考えていると、シンシア・ツヴェターエヴァは王座の横にある椅子に座った。王に次ぐ地位があるということだ。
「王様と王妃様がいらっしゃいます」
大臣が言った。再び大扉が開き、先ほどの王妃ラナと、王様が入ってきた。王様は真っ白い髪を顎下で切りそろえていて、ローリアの予想よりもはるかに若い顔をしていた。幼い、と言ってもいいくらいだった。妻に合わせたのかどうかは分からないが、赤い礼服を着て、ロンハルト王国の紋章が入ったメダルを胸元に付けていた。もちろんアメジストも、胸元とブーツのバックルに輝いている。
見た目の若さにも驚いたが、ローリアが注目したのは、王様が全身から放っている恐ろしいほどの魔力だった。王妃ラナもかなりの魔力を持っているように感じられたが、その比ではなかった。うかつに近寄ったらこちらが壊れてしまいそうだ。
あれが、女神様が王家に与えた力なのか。
「年寄りじゃないのに髪が白いわ」
アルマが思ったままを口にした。
「精霊の血を引いているからだそうだよ」
侯爵が暗い顔で言った。
「王様の母親は、精霊の流れをくむ森の民だ。前の王様が気に入って無理やり妻にしたのさ」
非難するような口調だった。さっきもこの城のことを『陰謀だらけ』と口にしていたのをローリアは思い出した。侯爵はこの場所が嫌いなのかもしれない、とローリアは思った。
手元の箱を見る。
まだ、開かない。
「お姫様は来ないの?」
アルマがさっきからうるさい。
「カイエナ姫は今、ドゥロソに行ってるわ。あちらの有力者と交流があってね」
侯爵夫人が言った。
「え?でもまだ子供でしょ?」
「子供でも仕事があるのよ、王家には」
「大変ね──」
大臣がこちらをにらんでいることに気づいて、二人は話すのをやめた。
「これから、王様がレディ・ローリア・ソムィーズに継承権を与えられる」
大臣が言った。いきなり名前を呼ばれたのでローリアはピクッと肩を震わせ、手元の箱に力を加えてしまった。
ぱかっ。
箱が開き、石がかすかに光った。
「開いたぁ」
ローリアが喜びと安堵の声を上げた。
「レディ・ローリア、前へ」
大臣が促した。ローリアが立ち上がり、王様に向かって歩き出した、その時だった。
「異議あり! 異議あり!」
突然、年配の紳士が叫びながら飛び出してきて、ローリアの前に立ちはだかった。
「女が侯爵になるなど、わしは認めんぞ!」
紳士はぎらぎらした目でローリアをにらみつけながら、持っていた杖で床をバン!と叩いた。
「また出たぞ、アッパラパーが」
誰かの嘆くような声がした。




