8-2 王妃様
ロンハルト城の舞踏会は他のパーティーとは違っていた。王様との謁見があるせいか、身分の高い紳士や令嬢には『控えの間』が与えられ、それぞれに使用人やメイドが一人ついていた。ローリアが案内されたのは薄いレースのような装飾が施された小部屋で、鏡台と椅子があり、30代くらいの上品なメイドがいた。
「緊張していらっしゃいますか?」
メイドが言った。
「ここに来るのは初めてだから……」
ローリアは鏡を見ながら言った。結った髪が少しほつれていたが、メイドが直してくれた。
「王様はどんなお方なの?怖い方?」
「私は直接お会いする立場ではないのですが、女性にはお優しいと聞いています。大丈夫ですよ」
メイドが答えた。
「お城で働くってどんな──」
ローリアが好奇心で尋ねようとした時だった。
「ちょっと! ちょっと失礼! かくまってね!」
赤毛を高く結った女性が部屋に飛び込んできて、驚いているローリアの後ろを通ってカーテンの裏に隠れた。
「王妃様! 王妃様! どこです!?」
女性の怒鳴り声が廊下からしたかと思うと、かなり高齢の女性が、使用人らしき女性をたくさん従えて部屋に入ってきた。全部で10名はいるだろうか。
「そこのあなた」
老女が鋭い目でローリアをにらんだ。
「赤い髪の女性を見ませんでしたか?」
「えっ……あ、あの、見ませんでした、はい」
ローリアは怯えながら答えた。
「全くもう、あの方ときたら」
老女は身をひるがえし、
「王妃様! 王妃様! どこです!?」
また怒鳴りながら出ていった。
「……おうひさま?」
ローリアがつぶやくと、
「ありがと〜!」
カーテンから、赤い髪の女性が出てきた。よく見ると豪華なダイヤモンドが散らばったティアラを着けていて、ドレスやアクセサリーも華やかな赤と金の組み合わせだ。胸元に光っている大きな石はルビーだろう。
そして、全身から出している恐ろしいまでの魔力。
こんなに強い魔力を発している女性を、ローリアは見たことがなかった。デュドネ・カユザクですら、ここまでではなかった。
王妃様?この方が?
ローリアが呆然としていると。
「驚かしちゃってごめんね〜。私はラナ・クドロー・ツヴェターエヴァ・ロンハルト。あ、そんな緊張しなくていいってば! 私だってもとはイシュハのただの女の子だったんだから。父は商工会の会長でね」
「失礼しましたっ!」
ローリアは慌てて立ち上がっておじぎをした。メイドは隣でひざまずいている。
「だから、私にかしこまらなくていいのよ! さっきのおばあさんはツヴェターエヴァに昔から仕えてるお目付け役なんだけど、とにかく口うるさいったらないの……あなた、パトリックの娘でしょ?」
「はい」
「姉?妹?」
「私は姉です」
「じゃ、跡継ぎさんね」
「はい!」
ローリアが力強く返事をすると、王妃ラナはクッと人懐っこい笑いを浮かべた。
「パトリックには本当にお世話になってるの」
王妃ラナが言った。
「ていうか、貴族でまともなおしゃべりができる人、パトリックしかいないのよね。あの人、平民慣れしてるじゃない?私、未だに自分が偉い人だっていう実感がわかなくて、持ち上げられるとくすぐったくて困っちゃうわ」
「わかります」
ローリアが言った。
「私も元メイドなので」
「聞いてるわ。泥棒を捕まえたことがあるんでしょ?」
「侯爵がそんな話を!?」
ローリアは顔が真っ赤になった。
「まだパトリックを『侯爵』って呼んでるの?パパって言ってあげなさいよ。反応が見たいもんだわ、ウフフ……あなた、身支度はもう済んだ?」
「はい」
「じゃあ、一緒に来なさい」
王妃ラナが歩き出したので、ローリアはついていった。彼女が向かっていたのは、レディたちが身支度をしている大きな控えの間だった。
「皆様、王妃様がお見えですよ」
後ろからメイドが言った。化粧直しをしていたレディたちが一斉に立ち上がっておじぎをした。
「みなさん、来てくれてありがとう」
王妃ラナが気取った声で言った。
「こちらはレディ・ローリア・ソムィーズよ。私の大切なお友達であるソムィーズ卿のお嬢様なの。この城に来たのは初めてだそうだから、優しくしてあげてね」
ローリアは気づいていなかったが、この時王妃ラナは街の不良のボスのような目をしていて、『この子をいじめた奴は私がぶっ殺す』みたいなオーラを放っていたのだった。
「かしこまりました」
「仰せのままに」
レディたちが口々に言った。王妃ラナは満足気に笑っていたが、ローリアは後ろでひたすら凝縮していた。豪華に着飾った大勢のレディがひざまずいている姿が、迫力がありすぎて怖かったのだ。




