8-1 ロンハルト城へ
舞踏会の日は、あっという間にやってきた。
2日前にマナーの再確認をし、昼から支度をして馬車に乗り込んだ。道中の宿では特別な服を着た貴族たちに出迎えられ、前の日から社交は始まっていた。ローリアとアルマは失敗しないよう細心の注意を払いながら人々と談笑した。
舞踏会当日、ローリアはいつもより首元の開いた青いドレスを着て、細い首にダイヤモンドのネックレスをつけていた。手には、家宝の石が入った箱を持っている。ダンスを申し込まれた時だけ侯爵に預け、それ以外の場面では必ず自分で持っているように、と言われている。
馬車には前と同じように、侯爵とローリア、侯爵夫人とアルマに分かれて乗った。ローリアは緊張していたし、いつもなら話しかけてくる侯爵も今日は静かだ。何か考え込んでいるらしい。
馬車は沈黙を保ったまま進んでいく。
ここ数日で、ローリアはなんとかダンスができるようになってきた。侯爵が練習相手になってくれたからだ。さすがのローリアも侯爵を吹っ飛ばすわけにはいかないので、びくびくしながら力加減を覚えた。
アルマのほうは、毎日、金持ちと結婚することしか考えていないかのような言動を繰り返していたが、時々物思いに沈んだような様子を見せたので、ローリアは少し心配していた。バイオリンの方はかなりうまくなった──といっても『やっとキーキー言わなくなってきた』という程度だったが。
ローリアは手元の箱を撫でた。実は、朝から箱が開かなくて困っていた。石の機嫌が悪いのだろうか。王様の前でも開かなかったらどうしよう。
宝物庫で『あいさつ』したときはちゃんと開いて、光る粉を散らすような様子を見せていた。
「王様に会えるのがうれしいの?」
ローリアが尋ねると、石は返事をするかのように強く光った。
だから、大丈夫だと思っていたのだが──。
「心配いらないよ」
侯爵が突然口を開いた。
「僕が王様に謁見したときも、その箱は開かなかった」
「そうなんですか」
「ああ、そうなんだ。勅命を受ける瞬間まで開かなかった。それまで生きた心地がしなかったよ」
「そうですか……」
「万が一開かなくても儀式はできるから安心しなさい」
侯爵はそう言ったが、それでは「こいつ、石に認められてないな」と皆に伝えるようなものではないか。
お願い、出てきて。
ローリアは箱に向かって念じ続けた。
それから1時間くらい馬車を走らせたあと、
「止めてくれ」
侯爵が御者に言った。馬車はゆっくりと止まった。
「ここから、ロンハルト城が見える。少し離れたところのほうがよく見えるんだ」
侯爵が馬車を降りたので、ローリアも後を追った。
「わあ!」
目の前に見えた光景に、思わず声を上げた。
馬車で渋滞しているまっすぐな道の向こうに、白い壁の、大きな城が見えていた。いくつもの塔を持ち、その先端には金色の細やかな装飾が見える。窓からは優しい光が溢れている。夕日に輝くその姿は、まるで人間ではなく、別な生き物、たとえば、妖精か精霊のすみかのようだ。
おとぎ話の城が、目の前に実在している──。
「美しいだろう」
侯爵が城を眺めながら言った。
「内戦で一度破壊されたが、作り直したんだ。おかげで前より見た目は良くなっている。だが、あの中は陰謀の巣窟だ」
侯爵がローリアの方を向いて真剣な顔をした。
「あそこには、不快な連中がたくさんいる。きっと、君にも悪口を言ってきたり、嫌がらせをしてきたりするだろう。でも、気にしてはいけないよ。そういうことがあったら、『運悪くバカに会った』くらいに思っておけばいいさ」
「わかりました」
ローリアはまだ城に見とれていたが、今までのパーティーでの人々の様子から予想して、自分を嫌ったりなめたりしてくる人が多いだろうなとは思っていた。
「さ、そろそろ行こうか。遅れたらパトリシアに怒られるからね」
二人はまた馬車に乗って進んだ。
城門は招待客で混雑していて、敷地内に入ってからはなかなか馬車が進まなかった。外は暗くなってきていて、ところどころに明かり石の薄い光が見えるようになってきていた。どうやら、明かり担当の使用人たちが、たくさん道に立っているらしい。全員男性で、がっちりした、銀糸の装飾が入ったロングコートを着ていた。夏にあの格好は暑いだろうなとローリアは思った。
知っている人がいるといいけど。
ローリアが思い出していたのはレディ・ヴィオレッタ・マーデスのことだった。誰とも結婚したくないと言っていたが、次の縁談を断ったら勘当すると父親に言われたという。
あの華やかな方は、きっと舞踏会もお似合いになるわ。きっとダンスの申し込みが殺到するでしょう。でも私は──。
ローリアは『きっと私にはろくな相手が近寄ってこないわ』と思って少し沈んでいた。きっと金持ちを狙っている次男以下しかダンスに誘ってこないだろう。そんな男を相手にするのは嫌だった。
いえ、そんなことはどうでもいいのよ。
今日一番大事なのは、王様と謁見して、ツヴェターエヴァの当主様に祝福していただくこと!それさえ終われば、あとはどうでもいいわ。
ローリアは改めて手元の箱に願った。
お願いだから、開いて。
「」




