7-6 舞踏会の招待
「君たちは、王家の舞踏会に招待されたよ」
侯爵が金縁のカードをかざしながら笑った。
「次の満月の夜だ」
アルマが『わあっ』と声を上げて軽く飛び上がった。ローリアは『王家』という言葉に緊張していた。侯爵夫人がそばで二人を見守っている。
「ローリア」
「はいっ」
「君は当日、家宝の石を持って王様に謁見する」
侯爵が言った。
「王様の命を受け、女神の代理人であるシンシア・ツヴェターエヴァ様に祝福していただく。そうすれば、君は爵位の継承者として正式に認められることになる」
王様に会える。
ツヴェターエヴァの当主様にも会える!
ローリアは嬉しさと恐れを同時に感じていた。
そんなえらい人の前に私が出て大丈夫なの?
また転んだり、変なことしたらどうしよう?
「当日までに作法を教えるわ」
侯爵夫人が言った。
「マナーを再確認しなくてはね。あと、言葉遣いも。王家の舞踏会はありとあらゆる貴族が集まるから、みんなお互いを厳しく評価するのよ。気が抜けないわ」
「わかりました」
「あと、アルマは結婚相手が見つかるかもね」
「えっ」
ローリアがアルマを見た。アルマは不思議なものを見る目で侯爵夫人を見ていた。
「王家の舞踏会で結婚相手を見つける人はすごく多いんだ。なにせ、同じ緊張と楽しみを分かち合うからね。まあ、君たちはここに来たばかりだし、まだ早いとは思うが──」
侯爵が言うと、
「でも、こういう話は早いほうがいいのよ」
侯爵夫人が言いながら紙を取り出してきた。
「よさそうな相手をリストにしてみたわ」
リストには、ローリアには聞き覚えのある長男たちの名前が並んでいた。カイレル・マーデスやグレイ・ワラビーの名前まであった。詩を送ってきたダンの名前がないことを確認して、ローリアは少しホッとしたが、
「カイレル・マーデスはやめなさいよ」
と言った。
「わかってるわよ。あんな小難しい本のリストを作る人なんてごめんだわ」
アルマが言った。そして、リストの名前をひととおり見たあと、
「一人足りないわ」
と小声でつぶやいた。
「え? なんですって?」
ローリアが聞き返した。
「なんでもない」
アルマが言ってから、
「この中で一番金持ちなのは誰?」
と尋ねた。
「アルマ……」
ローリアは呆れた。
「一番はマーデス家だけど、規模の大きさで言うとカーフリンガル家かしら」
侯爵夫人は普通に答えた。『金目当ての結婚なんていけません』と言ってくれるかと思っていたのに。ローリアは少しがっかりした。
「地位は劣るけど、ガルフール男爵は宝石の取引でかなり儲けていて裕福よ」
「へえ〜」
アルマが笑った。なんか嫌な笑い方だなとローリアは思った。『宝石の取引』という言葉でくまさんを思い出しながら。
そういえば、くまさんは結婚しているのかしら?そもそもどうしてイシュハから戻ってきたのだろう?向こうで稼いだとか会社を作ったとか言っていたけど。
「ローリア、君にも関係のある話だよ」
侯爵が言った。
「えっ?」
「君の結婚相手も見つかるかもしれないよ」
侯爵はちょっと目元をゆがめていた。なんか嫌そうだなあとローリアは思った。
「私、今、それどころじゃないんです」
ローリアが答えた。
「勉強しなきゃいけないことがたくさんあるし、競技会に向けて魔法の特訓もしなきゃいけませんから」
「そうか」
侯爵が笑った。
「でも、知り合いは増やしておいたほうがいいのよ」
侯爵夫人が言った。
「将来、その中からいい人が見つかるかもしれないわよ。舞踏会には次男たちもたくさん来るし」
「次男は嫌ですっ」
「おやおや」
「フフッ」
「アハハ!」
ローリアが反射で叫んだので、三人とも笑った。
「しかし一応言っておくが、君は長男とは結婚できないからね」
「わかってますっ」
「ローリアに何を言っても無駄だから、私の話に戻りましょうよ」
アルマがリストを指さした。
「あと、金持ちは?」
「ワラビー伯爵は?」
侯爵が言った。
「あの家は広大な領地を持っていて、息子のグレイも性格のいい男だろう?」
「あの人、好きなご婦人がいるって、カイレル・マーデスが言っていたわよ」
ローリアが言った。みんな驚いた顔をした。
「それは……相手によっては、大変ね」
侯爵夫人が言った。
「そうなの?」
アルマが尋ねた。
「スキャンダルになるかも」
侯爵夫人が懸念の顔をした。
「貴族の世界って、やっぱり、自由な恋愛は難しいの?」
アルマが尋ねた。
「家柄と条件が合えばいいけど、そうでなければ親が反対するのよ」
侯爵夫人が言った。
「私も男爵家の娘だったから、パトリックとは家柄が合わなくて、若い頃はうまくいかなかったの」
「そうだったんですか」
二人が結婚したのはけっこう歳をとってからで、だから子供を作れなかった、と聞いたことがあった。
「みんな娘には、自分の家柄と釣り合う家に嫁いでもらいたいものなのよ」
侯爵夫人が言った。
「ただ、それで幸せになれるとは限らないけどね」
「一緒に踊ってみれば相性はわかるわ」
アルマが言った。
「舞踏会なんだから踊るんでしょ?」
「もちろん」
侯爵が答えた。ローリアは青ざめた。ダンスが苦手なのを忘れていた!
「あのう……」
ローリアは控えめに言った。
「祝福を受けたら、私だけ先に帰っても──」
「ダメ!」
「ダメよ!」
侯爵夫人とアルマが同時に叫んだ。
「明日から、舞踏会に向けてダンスとマナーの特別授業を行います」
侯爵夫人が教師の声で言った。
「えぇ〜……」
「えぇ〜ではありません。王様の前で失敗したくないでしょ?」
「そうよ!」
アルマが言った。
「ただでさえ『平民の娘』ってなめられているんだから、ここでお金持ちの男と踊りまくって、みんなに見せつけてやるわ」
「なんてこと言うのよ、アルマ」
「ローリア」
侯爵夫人が言ったわ。
「王様の舞踏会では、最低10人とは踊らなきゃいけないのよ」
「えっ」
ローリアの顔がだんだん青ざめていった。
「だ、ダメです。10人も吹っ飛ばしたら、ソムィーズ家の名誉が」
「どうして吹っ飛ばす前提なのよ?」
アルマが呆れた。
「こないだ、ガーウィン・ハーヴィスと踊っていたじゃないか」
侯爵が言った。
「あれは踊ってたんじゃなくて回って遊んでただけです!それに、相手が大きなくまさんだから大丈夫だっただけです!」
「大丈夫よ。これから猛特訓すれば……」
侯爵夫人の目が光った。怖い。
「これから忙しくなるぞ」
侯爵が言った。
「思ったより日にちがない。急いで準備しなきゃいけないからね。君たちには新しいドレスが必要だ」
またドレスが増える。ローリアはため息をついた。
アルマは金持ちと結婚することしか考えていないみたいだし。本当は、ちゃんと恋をして、本当に好きな人と結ばれてほしいけど──。
それより、自分は王様と謁見だ。
どうしよう。
ローリアは緊張で変に足元がふらつくのを感じながら部屋に戻った。




