1-4 ソムィーズ侯爵と家宝の宝石
「はじめに言っておくが、跡継ぎを選ぶのは僕じゃない」
パトリック・ソムィーズ、つまり、ソムィーズ侯爵がそう言ったとき、集められた男の子たちがどよめいた。
「これから、ソムィーズ家が王家から管理を任されている魔石を君たちに見せる。たいへんな魔力がこもった石だ。普通の魔術師には扱えない。ソムィーズ家の人間は代々魔力が強かったから、この石は一族に引き継がれてきた。しかし今、後継ぎになる子どもが一族に一人もいないという状態だ。私も妻ももう歳だからね。これから子どもができることもないだろう」
やや寂しげな顔でそう話すソムィーズ伯爵は、まだまだ若々しく見えた。ローリアが村で聞いた話だともう50は過ぎているはずなのだが、30代と言っても通じそうな見た目をしている。姿勢が良く、見たことがないような上等そうなスーツを着て、大きな緑色の宝石がついたブローチをつけていた。
ローリアは先ほどから、そのブローチが放っている強い魔力が気になっていた。あれは魔よけなのだろうか、それとも別な意味があるのだろうか。侯爵自身はとても親しげで優しそうな雰囲気なのに、ブローチから放たれる魔力は明らかに警戒を表していた。
みんな気づいてないのかしら。
もちろん気づいているわよね?
ここには魔力に自信がある人しか来ていないはずよ。
ローリアはまわりの男の子たちの様子をうかがった。ここはソムィーズ邸の大ホール(何世紀も前から晩餐会に使われている部屋だと執事から説明があった)なのだが、貴族の子供らしい身なりのいい男の子たちは、みんな姿勢を正してソムィーズ侯爵を見つめている。みんな自分が選ばれる自信があるのか、表情が明るい。反対に、見るからに貧乏な子や、平民らしい身なりの子どもたちは、みんな不安そうな顔をしている。中にはあからさまにあたりを見回したり、天井の絵画に見とれていて、侯爵の話を聞いていない子もいた。
ローリアも天井を見てみた。女神アニタと天使の絵が、青空を背景に描かれている。こんな美しいものはめったに見る機会がない。なのに、金持ちの子どもたちは気にもしていない。こういうものに慣れているのだろうか。
「……つまり、僕がどう思おうと、宝石に選ばれない限りだめだってことだ。石が君たちを選ぶのさ。だから、僕に媚びを売っても無駄だよ」
ソムィーズ侯爵はずっとしゃべっていた。ローリアは慌てて話に意識を戻した。しかし、やはりブローチが気になる。なぜあんな沈んだ魔力を放っているのだろう?本当はよその子に爵位を継がせるのが嫌なのかしら?それとも何か別の心配でも?人が良さそうに見えるけど、実は悪い人だとか?
ローリアは心配になってきた。侯爵が悪い人だったら、妹の薬代を出してもらえないかもしれない。
そう思ったが、今はその話をする時ではない。とっとと跡継ぎの子どもを選んでもらって、その後に話をしよう。
ローリアはそう思っていたのだが、何か、巨大な魔力を持ったものが近づいてくるのを感じ、扉の方を見た。すると、変なお仕着せの従者が何かを運んできた。ぶ厚い辞典くらいの大きさの赤い革張りの箱で、従者がうやうやしいお辞儀とともにそれを侯爵に差し出すと、侯爵は何か呪文をつぶやいた。すると、箱が勝手に開いた。
中には、大きな空色の石が入っていた。
「近寄ってよく見てみなさい」
侯爵がそう言ってにこやかに手招きした。男の子たちは先を競ってまわりに群がった。クィルも宝石を見るために侯爵に近づいていった。
しかし、ローリアは動けなかった。
その石が放っている魔力が強すぎたからだ。
いや、本当は近づきたかった。石が放つ光はあまりにも強く、それでいて優しく、甘美で、吸い寄せられてそのまま一体となり、自分が消えてしまえばいいとすら思った。だからこそ危ないと思った。
あの石に近づいてはいけない。
「すごい魔力だ!」
貴族の子供の一人が叫んだ。
「みんな、順番に触ってみたまえ」
侯爵が言った。表情は優しいが、目が笑っていない。ローリアにはわかった。ブローチの緑色の石が警戒感を増したからだ。
男の子たちが順番に青い石にさわった。そのたびに、まわりを取り巻いている魔力がひずんだ。
ああ、嫌がっているのだわ、私にはわかる。
クィルの番になった。クィルが石に触ると、帯状の光が上に伸びていき、シャンデリアのあたりまで届いた。
「クィル、だめよ」
ローリアは思わず言った。
「その石は触られるのが嫌いなの。そんなに強く握ってはだめ」
みんなが、ホールの隅っこで怯えているローリアを見た。
「そんなとこで何してるのさ、ローリア」
クィルが呆れたように言った。
「せっかくだから君も石に触ったらどうだい?こんな機会はめったにないだろう」
金持ちの男の子が言った。
「だめよ」
ローリアは言った。
「近寄れないわ。魔力が強すぎて」
ローリアが言うと、男の子たちが笑った。しかし、侯爵の顔からは作り笑いが消えた。
「どうしてみんな平気なの?その石はさっきから異様な光を放っているじゃない。吸い込まれて消えてしまいそうよ。近寄りたくないわ」
「光を放ってる?」
クィルが言った。男の子たちも石を見たり、あたりを見回したりした。
「何言ってんのお前」
「緊張しすぎて頭がおかしくなったのか?」
「だから女を連れてくるなってんだよ」
みすぼらしい身なりの男たちが悪口を言い始めた。
「貸しなさい」
侯爵がクィルからひったくるように青い石を受け取ると、
「君が近づけないなら、僕が持っていってやろう」
侯爵がローリアに歩み寄った。
「だめです!やめてください!」
ローリアは壁伝いに逃げたが、角に追い詰められてしまった。
「怖がらなくていい」
そう言う侯爵の顔が一番怖かった。獲物を見つけたハイエナのような目をしている。
「持ってみたまえ」
侯爵が、青い石をローリアの前に差し出した。
まばゆい光がローリアの目をくらまし、何も見えなくなった。男の子たちも、侯爵も、視界から消えた。
その瞬間、ローリアは何をすべきかすぐにわかった。石が何を求めているかわかったのだ。
「浮かび上がりなさい」
無意識につぶやいていた。すると、青い石は空高く舞い上がり、本物の青空のように光り輝いた。
天井画の女神と天使たちが生き生きと動き出し、あたりを舞った。
浮かび上がった石からは、星のような光が絶えず振り注ぎ、床が光る粒の海になった。
ローリアはその瞬間、全てを忘れていた。妹のこともお金のことも今までのみじめな暮らしのことも。
ただ、女神アニタの恵みであろう甘美な愛の光に包まれ、至福を感じていた。
男の子たちは、その光景を呆然と見つめていた。侯爵ただ一人だけが、心から感心したように目元を歪ませて微笑み、ブローチの緑の石からは、警戒が完全に消えていた。




