7-3 宝石商ルミナック
「今日はルミナックに会いに行きましょう」
週末の朝、侯爵夫人が言った。
「ルミナック?」
ローリアが尋ねた。
「宝石商よ!」
アルマが嬉しそうに言った。
「あんたのネックレスを買いに行くの」
「えっ」
「レディ・アマンダ・ルビンシャーに、ネックレスが似合わないと言われたそうね」
侯爵夫人が言った。
「ああ、いいんです、別に……」
ローリアは視線を横にそらしながら言った。
「私が地味なので、豪華なアクセサリーが似合わないだけで……」
「そんな言い方はやめなさい」
侯爵夫人が言った。
「自分のことを地味なんて言わないの。あなたに似合うデザインのネックレスが必要ね。ルミナックにいくつか見繕ってもらうわ」
「そんな、いいんです」
「だめよ!」
アルマが怒った。
「せっかく買ってくださるとおっしゃっているのに!こんなチャンスを逃すなんて」
それからアルマは侯爵夫人に笑いかけ、
「私、指輪が欲しい。レディたちがつけていたような。借りたものじゃなくて自分のが欲しい」
と言った。まあ、ずうずうしい、とローリアは思ったが口には出さなかった。
「いいけど、見た目だけに惑わされずに、ちゃんと魔力のあるものを選びなさいね」
侯爵夫人が言った。
「はーい!」
アルマはとても楽しそうだ。でもローリアは落ち着かなかった。ついこないだ、戦闘用のドレスを作ってもらったばかりなのに、宝石なんて。また大金を使ってしまうのか。それだけのお金があったら村の人がどれだけいい暮らしを……。
「ローリア」
横で見ていた侯爵が口を開いた。
「はい」
「金の心配をしてるのかい?」
「えっ」
「『こないだドレスを買ったばかりなのに』とでも考えていたんだろう」
見抜かれていた。ローリアの顔が真っ赤になった。
「まず言っておくが、金の心配はいらない。それと、今君が暮らしている世界では、身分に合った装飾品はどうしても必要だ。第一に、宝石の魔力で自分を守るため。第二に、自分の力と身分を表現するため」
そういう侯爵も、いつも大きな緑色の宝石がついたブローチをつけている。ローリアは、それが放っている暗い魔力が時々怖くなる。
「はい」
「それに、お嬢様がたに笑われないためにね!」
アルマが言った。ローリアの顔がますます赤くなった。あのネックレスのことはもう思い出したくない。
「いいネックレスを選んできなさい」
侯爵が言った。
「君がちゃんと気に入ったものをね」
「はい……」
ローリアは力なく返事をした。まだ気が乗らない。そんな暇があったら本を読みたいし、カイレル・マーデスに手紙を書いて『リストをありがとう。ところで、あなたはあの本の女の扱いについてどう思っているの?』と尋ねてみたかった。
しかし、アルマは宝石を見るのを楽しみにしているようだ。行くしかない。
ローリアは心の中でため息をついた。
店に行くものだと思っていたのだが、三人を乗せた馬車が停まったのはホテルの前だった。ロンハルト王国で一番高級な、黒光りする石でできた城のような外観で、入り口には制服を着た衛兵が二人。
「ソムィーズ侯爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
中年の人が良さそうな案内係がやってきた。
「ルミナックと約束があるの」
侯爵夫人が言った。
「こちらへ」
案内されて中に入ると、女神アニタの像があった。ローリアの背丈より少し大きく、胸に手を当てて目を閉じている。何かを祈っているのだろうか。
「女神様、いいんでしょうか」
ローリアは小声でつぶやいた。
「あんたってすぐ女神様って言うわよね」
アルマが言った。
「信仰は大事よ」
侯爵夫人が言った。
「さ、行きましょう」
案内された部屋に入ると、丸顔に丸っこい白ひげの、分厚い生地でできたスーツを着た男が立っていた。夏なのに冬のような服装をして、テーブルの上に薄型のケースをいくつも並べていた。
「これはこれはお嬢様がた、お会いできて光栄でございます」
ルミナックがにこやかにおじぎをした。
「おとぎ話に出てきそうな人ね」
アルマが言った。
「よく言われますよ」
ルミナックが言った。
「この子が後継者のローリア、こちらが妹のアルマよ。この子たちに似合いそうなものを出してちょうだい」
侯爵夫人が言った。
「指輪がほしいの」
アルマは積極的だ。
「あ、でも、それよりローリアのネックレスがいるのよ。こないだのお茶会で大きいのをつけていったら、レディたちに『似合わない』って言われたのよ」
「アルマ、その話はもうやめて」
ローリアはたまらずに言った。
「ええ、ローリア様には、大粒のものは似合わないでしょうな。お若いし、華奢でいらっしゃる」
ルミナックが言いながらケースを開けた。
「ですから、小粒のダイヤを使った細いデザインのものを用意しました」
中には、細かいダイヤモンドをちりばめた、線のように細い細工でできたネックレスがたくさん並んでいた。どれもが星のようにきらめいている。
め、めまいがする!
ローリアの頭の中がぐるぐるしてきた。
「ローリアが見とれてるわ」
アルマが勘違いして笑った。
「なんてきれいなの!」
「ゆっくりご覧になってください」
ルミナックが微笑んだ。
「奥様にはこちらを」
ルミナックが別なケースを開けたので、アルマがそちらに吸い寄せられていった。
ローリアはきらめく細工の前で固まっていた。
どうしよう、この中から選ばなきゃダメ?
私には豪華すぎるわ!ダイヤモンドなんて!
ぐるぐるぐらぐらする頭をなんとかしようとよそ見をしていると、どこかから強い魔力が漂って来るのを感じた。
何?誰かいるの?
ローリアはあたりを見回した。すると、部屋の隅っこに茶色い革のケースが置いてあるのに気づいた。魔力はそこから出ているようだ。
侯爵夫人とアルマは、指輪に夢中のようだ。
ローリアはそーっと隅っこに行き、革のケースに近づいた。
勝手に開けたら怒られるかしら。
少しためらったが、好奇心が勝った。
平たい蓋をゆっくり開けると、中に入っていたのは石だった。まだ宝石になっていない、原石だ。
大きな石をどけて底に手を入れると、何か、四角いものに当たった。
魔力を放っていたのは、1センチくらいの正方形の石がいくつか組み合わさった、銀色の塊だった。
「ちょっと!ローリア!」
アルマが叫んだ。
「こそ泥みたいなことしないでよ!」
「人の荷物を勝手に開けちゃダメよ」
侯爵夫人が注意した。
「す、すみません!魔力が気になって……」
ローリアは慌てて蓋を閉じたが、見つけたものは手に持ったままだった。
「それは、侯爵にお見せしようと思っていた原石です」
ルミナックはあくまでにこやかだった。
「残念ながら今日はいらっしゃらないようで。何か、気になるものがありましたかな?」
「私、これがほしい」
ローリアが銀色の四角を見せながら言った。
「何それ?金属の塊?」
アルマがつまらなさそうに言った。
「金属に見えますが、新種の鉱石なのですよ」
ルミナックが言った。
「南方の鉱山で最近発見されましてな」
「侯爵に見せる予定だったのよね?お許しがいるかしら?」
ローリアが尋ねた。
「いらないわ。パトリックには私が伝えておくから」
侯爵夫人が言った。
「それ、いただくわね」
「かしこまりました」
ルミナックが礼をした。ローリアは嬉しくなって手元の四角いものを見た。
「ローリア」
侯爵夫人が言った。
「その石はいいけど、ここに来た目的を忘れてないでしょうね?」
「何でしたっけ?」
「ネックレス!!」
侯爵夫人とアルマが同時に叫んだ。
「ちゃんと身につけるものも選びなさい」
侯爵夫人が命令するように言った。
「ほら、これ!」
アルマがネックレスのケースを持ってきて、ローリアに突きつけた。
「えぇ〜……」
ローリアは泣きそうな顔になった。
「ほら、早く選んで!!」
アルマが言った。
ローリアは改めて星のようなきらめきを見た。中に、ダイヤモンドは少ないが、銀色の線形がとても美しい細工があった。
「これにする」
ローリアは言った。
「つけてみなさい」
侯爵夫人が言った。ルミナックが近づいてきて、ローリアにネックレスをつけて、鏡を見せた。
確かに、こないだの大粒のネックレスよりは似合っていた。細い首を細工が取り巻いて、小さなダイヤモンドも肌になじんでいる。つける前よりも、肌まできれいに見えるようになったのが不思議だ。
「よく似合っているわ」
侯爵夫人が笑った。
「もっとキラキラしてたほうがよくない?」
アルマが鏡を見て言った。
「いえ、これでいいの」
ローリアがネックレスに見とれながら言った。
「それはつけたまま帰りなさい」
侯爵夫人が言った。それから、ルミナックを見た。
「かしこまりました」
「私の指輪は?」
アルマが言った。
「こちらです。どうぞ」
ルミナックが指輪ケースを開けた。侯爵夫人とアルマは指輪に夢中になっていたが、ローリアは鏡に映った『ダイヤモンドをつけた自分』と、手元の四角い銀色を交互に見つめていた。
これでいい、とはじめて思えた。まだダイヤモンドは豪華すぎる気はしたけれど。




