7-2 男向けの本
「やめて……爆発はやめて……っ」
ローリアはベッドでうなされていた。
「ううーっ……」
「お嬢様、起きてください」
ユーナがローリアをゆさぶった。
「もう朝ですよ」
「ハッ」
ローリアは急に目をぱっちりと開けた。
「今、何時?」
「もうすぐ7時ですよ」
ユーナが答えた。
「早く着替えましょう。みなさんお待ちです」
ローリアは慌てて着替え、食事をする部屋に向かった。
「やあ、おはよう」
侯爵が新聞から顔を上げた。
「おはようございます。遅れてすみません」
「疲れていたんだろう」
侯爵が言った。
「今日は授業をお休みにしましょうか?」
侯爵夫人が尋ねた。
「いえ、大丈夫です! 勉強はしないと!」
ローリアは元気に答えた。隣でアルマがしらけた顔で姉を見ていた。本当は疲れているくせに、と思っていたのだ。
午後、ドゥロソ語の授業が終わってから、ローリアは『若者のための帝王学』を読み始めた。カイレル・マーデスのリストの本も部屋の隅に積んであった。
しかし、
『男が女のように華美に着飾るようになったとき、世の中は乱れている。女のようになってはならない』
『決闘を前に逃げだすような者は男ではない。女である』
『女は論理的に考えられないから、男が導いてやらなければいけない』
などと書いてあるではないか。
「何、これ?」
ローリアは本の中の『女』という言葉の使い方にいちいち引っかかっていた。どうもこの本の中では『女』という単語は『中身がないバカ』『愚か者』という意味で使われているようだった。
「これを書いた人は」
ローリアはがっかりしてつぶやいた。
「女の子が読むことを予想しなかったの?」
読むのをやめようかと思ったが、続けた。
『男にとっては名誉が全てである。名誉なき男は死んだも同然である』
「名誉って何かしら?」
ローリアは思った。勲章のようなものをなんとなく想像したが、何かが違うような気がした。
「今度、侯爵に聞いてみよう」
他にも、
『人の上に立つ者は主張が明確かつ堅固でなければいけない。上のものが迷っていると、人々はついてこない』
『地位が上がると、媚びへつらう者ばかりがまわりに集まるようになる。君を批判し、率直に意見を言ってくれる友を持て』
『よき腹心を持つことは重要である』
『どんな問題も、よい人々と協力すれば解決することができる』
と書いてあった。
「仲間は大事よね」
ローリアはつぶやき、
「友達を増やさなきゃ」
と思った。今のところ、仲良くしてくれるのは、手紙をやりとりしているレディ・ヴィオレッタ・マーデスだけだ。彼女は最近また縁談を断り、父親に「次を断ったら勘当する」と怒鳴られたらしい。
その後は、『人を率いるには自分が正しい行いをしなければいけない』など、わりといいことが書いてあったので、感心して読み進めていた。しかし、
『浮気をするときは新品ではない女性にすること』
という文章を見て、ローリアは目をむいた。
『女性に好意を向けられるのはいいが、決して愛してはならない』
とも書いてあるではないか。
「なによこれ!? 一体何を教えてるの!?」
男女のことをよく知らないローリアにも『新品』という言葉が『処女』を表していることはわかった。しかしこの文章はなんだ。男は遊んで当然と言わんばかりだ。
こんな本をみんな読んでいるのだ、跡継ぎの男たちは。ローリアはそう思うと怖くなってきた。彼らにとって女は『愚か』で、『新品かどうか』と品定めされる存在なのだ。
ため息とともに本を閉じたとき、隣の部屋からバイオリンの音がした。
ローリアは廊下に出て、アルマの部屋まで歩いていった。またパーシーが廊下に出ていた。
「バイオリンの先生がまた来ているの?」
ローリアが尋ねた。
「いえ、お一人で練習されています」
パーシーが暗い顔で答えた。
バイオリンは止むことなく続いている。
「今お茶に誘うのはやめた方がいいわね」
ローリアは部屋に戻り、ユーナにお茶を頼んだ。それから、部屋の隅に積んだ大量の本を見た。
あれらを書いたのは、全員、男だ。
そのことに思い至ってローリアはゆううつな気分になってきた。また、何かとんでもないことを書いている本に出くわす気がする。
ユーナがお茶と、かわいらしい小さなお菓子を運んできた。本物のリンゴやブドウの粒にそっくりな色と形をしている。
「かわいい。これは何?」
「スワードの試作品だそうです」
「スワードはいつもきれいなお菓子を作るのね」
ローリアは紅茶を一口飲んでから、リンゴの形をしたお菓子を口に入れた。甘酸っぱい。
「あんまり無理なさらないでくださいね」
ユーナが言った。
「おばあさまが心配していましたよ。部屋にこもってばかりでは体によくないって」
「そうね。少し散歩してこようかしら」
ローリアは窓から外を見た。残念ながら雲行きが怪しい。雨が降ってきそうだ。
「アルマ様が、お嬢様にピアノを学んでほしいと言っているそうです」
「アルマが? 私にピアノを? なぜ?」
「バイオリンと合わせたいんですよ」
「そう」
ローリアは考えた。こんなにやることが多いのに、ピアノの練習をしている時間なんかあるだろうか。そもそも、男の跡継ぎたちは楽器なんかやるのだろうか?音楽は令嬢のたしなみと誰かが言っていたが、それはなぜなのだろう?
「ここの使用人にもバイオリンのうまい男がいるんですよ。レッドっていうんですけど、仕事が終わったあと、メイドたちと一緒に演奏して歌ったりして楽しむんです」
「楽しそうね。私も見に行っていい」
「ダメですよ。仕事が終わったあとの楽しみなんですから。お嬢様がいたらみんな緊張してしまいます」
「そっか……」
自分と接するのは、彼らにとっては『仕事』なのだ。ローリアは悲しくなったが、顔には出さなかった。
お菓子を食べ終わってから、分厚い法律の本を持ち上げて机に置き、読み始めた。
しかし、
「スヤァ……」
疲れていたので、本の上に伏して眠ってしまった。
「お嬢様、お嬢様ってば! 起きてください!」
ユーナがローリアの肩を揺さぶった。
「ハッ!」
ローリアは慌てて起きた。
「もう夕食の時間ですよ」
「やだ、私ったら」
ローリアは自分が嫌になってきた。
「まだ25ページしか読んでないのに!」
「そんだけ読めば十分ですよ」
ユーナがしらけた顔で言った。
「早く着替えましょう」
ローリアは慌てて着替え、夕食を食べるための部屋に向かった。




