7-1 とんでもない魔法教師
次の日。
ローリアは、侯爵夫人が昔使っていた動きやすい訓練用ドレスを着ていた。動きやすい素材のパンツに、スカートに見える飾りがついたものだ。そして、庭で魔法教師を待っていた。別にいらないと言ったのに、侯爵夫人はローリアのために新しい戦闘用ドレスを作ってくれるという。また新しいドレスが増えてしまう。
天気がよい。突き抜けるような青空だ。
ローリアがぼんやりと空を見始めたとき、
ガラガラガラガラ……。
何かを引きずる音が聞こえてきた。見ると、庭園の道を、台車を押しながら歩いてくる男がいる。片眼鏡をかけていて、金髪で、歳は40くらいだろうか。紺色の細身の服を着て、胸元には真っ赤な宝石のブローチをつけている。
男はローリアの近くで止まった。台車には木箱が乗っていて、中にはなぜか、小さな薬瓶がたくさん並べられていた。
「君がローリア・ソムィーズか?」
男が言った。美形だが目つきが鋭い。
「は、はい」
「俺はデュドネ・カユザクだ」
男が口元だけで笑った。目元はまだ、こちらを見定めているかのようだ。
「えっ?」
ローリアは驚いた。先代の『白の司祭』と聞いていたから、てっきり白髪のおじいさんを想像していた。それか、もっと年配の人だろうと思っていた。
「思ったより若いんですね。もっとお年寄りだと思っていました」
ローリアは正直に言った。そして、箱の中の小瓶を見た。どの瓶にも、怪しい色の液体が入っている。
「ハハッ! 政府のジジイだと思ったか? 言っとくが俺は城の奴らが大嫌いでね」
デュドネが言いながら、
「俺は説明が嫌いだ。さっそくやるぞ」
箱の中から瓶を一つ取り出した。
「こいつを使えるのは久しぶりだ……ククク」
『先生』が怪しい笑い方をしたので、ローリアは少し不安になってきた。
「少し離れたところに立ってみろ」
デュドネが言った。ローリアは10メートルくらい離れたところまで行った。
「これから俺がこいつを投げるから、お前は全力で避けろ!」
デュドネが瓶を振りながら叫んだ。
「言っとくが、この瓶は爆発するぞ!」
「えっ!?」
「そら!」
掛け声とともに、デュドネが瓶をローリアの横に投げた。
チュドーン!
瓶は爆発し、黒煙と赤い火が上がった。
「キャアアアア!!」
ローリアは慌てて逃げた。
「そら!」
デュドネはローリアを走って追いかけながらまた瓶を投げてきた。
ドゴォン!
また爆発した。
「イヤアアアア!!」
ローリアは全力疾走で逃げた。デュドネは容赦なく追いかけてくる。瓶を投げながら。
ズグォーン!!
「キャアアアア!!」
「キャーキャー叫ぶな!!」
デュドネが怒鳴った。
「戦場では冷静に判断しないと命取りだぞ!」
「そう言われても!?」
「逃げるのに慣れたら攻撃してこい!」
デュドネが無茶苦茶なことを言った。
「慣れません!! 絶対慣れませぇぇん!!」
ローリアは泣き叫びながら走った。
ドーン!!
ひときわ大きな爆発。熱い爆風が追いかけてくる。
「やめてええ」
ローリアは声を抑えながら走った。
「いいから、瓶を避けながら光の魔法で俺を攻撃しろ! 手加減はしなくていい!」
ローリアが後ろを振り返ると、目を見開いた狂気の形相の男が、瓶を振り上げているところだった。怖すぎる。
「イヤアアアア!!」
チュドーン!
「だから叫ぶなと言ってるだろうが!」
デュドネが怒鳴った。
「お前は戦場で敵に出会ってもそんな振る舞いをするのか? いい笑いものだぞ! 落ち着いて敵を見ろ!」
ローリアは一瞬立ち止った。
怖い。でも戦わなくては。
「てやぁっ」
思い切って丸い光の魔法をデュドネに投げつけてみた。あっさり腕ではじかれたが、
「その調子だ!」
デュドネは顔の筋肉をゆがませて笑った。こんな怖い笑い方をする男を、ローリアは今まで見たことがなかった。
デュドネはまた瓶を投げてきた。
ドカーン!!
ローリアは叫びたいのを必死に我慢し、走りながら全力で魔法を放った。
「てやーっ!!」
ひときわ大きな丸い光がデュドネの肩に当たった。デュドネは少し痛そうに目元をゆがませた。
「思ったよりやるな」
デュドネが、今度は別人のように穏やかな顔をしながらローリアに近づいてきた。ローリアは怖くて後ずさった。
「もう瓶は投げないから安心しろ」
「はあ、はあ、はあ〜っ」
ローリアは荒い息をしながらその場にへたりこんだ。
デュドネはローリアに近づき、ニタニタ笑いながら腰を曲げてローリアの顔をのぞき込んだ。
「どうだ、怖かったろ」
「死ぬかと思いましたぁ」
ローリアはまた泣きたくなってきた。
「言っとくが、本物の戦場はこんなもんじゃないぞ」
デュドネの顔から笑いが消えた。
「気を抜いてると、あっという間に死ぬからな。戦闘経験のない貴族の坊ちゃまお嬢ちゃま方は、現実をあまりにも知らない。こういう形で一度思い知らせてやるのさ。いわば、これは入学試験だ」
ローリアはどきっとした。あの高名なデュドネ・カユザクに教えてもらえると浮かれていたが、もしかしたら自分は失格なのか?
「あの、もしかして」
ローリアは言った。
「私に本気で攻撃させるために、わざとこんなことを?」
「その通りだ」
デュドネは無表情で言った。
「人間、追い込まれないと本気を出さないからな」
「だからってお庭で爆発物を投げまくるなんて異常しすぎます!」
ローリアはたまりかねて叫んだ。
「おかげでそこらじゅうめちゃくちゃに……あれ?」
まわりに広がっているのは、元通りの芝生だった。穴もないし、瓶の破片もない。いつの間にか煙の匂いも消えていて、いつもと変わらない平和な庭の風景が広がっていた。
ローリアは驚き、うろたえた。
「ど、どういうこと?」
「爆発なんか起きてない」
デュドネが遠くの台車を親指で示しながら言った。
「あの瓶は俺が調合した幻覚剤だ」
「幻覚……えっ?」
「本当は本物の爆発物を使いたかったんだが」
デュドネが白けた横目でソムィーズ邸を見た。
「ソムィーズ卿に『娘の近くで爆発物を使ったら呪い殺す』と言われたからな。あの人の呪いは真面目に恐ろしいんだ。ったく。甘やかしパパめ」
「そうだったんですかぁ」
全て、幻覚だった!
ローリアはショックで思わず地面に手をついた。だまされてキャーキャー言いながら逃げ回っていた自分が恥ずかしい。
「悔しい! 見破れなかった!」
ローリアは地面を叩いた。
「心配するな。お前は王妃様よりは素質がある」
デュドネが何の感情もこもらない声で言った。
「次の特訓は一週間後にやるぞ」
デュドネが去り際に言った。
「今日は走り回りすぎて疲れただろうから、それくらいは休まないとな。次は攻撃魔法を敵に当てるテストをするから、的に当てる練習でもしとけ」
デュドネはまた台車を押しながら去っていった。
なんだったの、今の。
ローリアは呆然と芝生に座っていた。空は青く、風はさわやかでバラも美しい。さっきの爆発がうそのようだ。
爆発は本当に起きてなかったのね。
幻覚なんて! どうしたら見破れるの?
「ローリア」
祖母リーマが心配して近づいてきた。
「大丈夫かい?なんかすごい音がしてたけど」
祖母にも幻覚が届いていたらしい。
「大丈夫よ。魔法の先生の入学試験みたいなものだったらしいわ。来週も来てくださるって」
「それは……いいことなのかい?」
「いいこと……たぶん」
ローリアは自信なく答えた。これから、あんなとんでもない教師に教わらなくてはいけないのだ。もう不安しかない。
「ローリア、無理はしないでおくれよ」
リーマが言った。
「私は心配だよ。いつかあんたが変なことに巻き込まれるんじゃないかって」
「大丈夫よ。私はちゃんと対処できるわ」
自信はなかったが、今はそう答えるしかなかった。
「ハーブを分けて。お茶を飲みながら休みたいの」
ローリアはそう言いながら部屋に戻り──一直線にベッドに向かい、倒れた。
「つ、疲れたあ……」
「お嬢様、寝る前に着替えてください」
ユーナがいつもの服を持ってきた。
「外着のままベッドなんて、はしたないです」
「待って、ちょっと休ませて……」
「ダメです!ほら立って!」
ユーナに引っ張られて、ローリアはしぶしぶ立ち上がった。着替えさせてもらって、お茶を持ってきてくれるよう頼むと、またベッドに倒れて──そのまま眠ってしまった。本当に疲れていた。




