6-6 本、魔法
「このリストに載っている本を探して」
ソムィーズ邸の図書室で、ローリアはアルマとユーナとパーシーにリストを一枚ずつ渡しながら言った。
「これ何?」
アルマが尋ねた。
「カイレル・マーデスが作った本のリスト。後継者が読むべき本を教えてって頼んだの」
「カイレル?あの酔っぱらい?」
アルマが笑った。
「あのう、お嬢様」
パーシーが気弱そうに言った。
「これ、なんて読むんですか?」
「『現代政治の表層と現実』」
ローリアが答えると、パーシーは泣きそうな顔をした。
「『ロンハルト王国法および実例の解釈』うわあ!」
アルマが本の題名を読み上げてうめいた。
「題名見ただけで頭痛がする」
「いいから早く探してよ!」
ローリアが言った。
「ねえローリア、こんなの真に受けることないわよ」
アルマが呆れて言った。
「この手紙にしてもふざけてるし。きっとこいつ、女の子をからかって遊んでいるだけよ」
「私はそうは思わない」
ローリアが離れた場所の本棚を見あげながら言った。
「この国の長男たちはね、生まれたときから後継者としての教育を受けて、難しい本を読んでいるの。私は彼らが十数年かけて学んだことをこれからやらなきゃいけないのよ」
「そんなことしなくてもいいのに」
アルマがつぶやいた。
妹が全く動こうとしないのと、メイドの二人がリストに載っている単語をうまく読めない(彼女たちが教育をあまり受けていないことをあとで知って、ローリアは悲しくなった)ので、本はローリアが一人で探すことになってしまった。
自分はたまたま教師の娘として生まれたので、本は読める。運が良かっただけだ。この国には、貧しくてろくに文字も読めない女の子がたくさんいる。
私は運が良かっただけよ。
ローリアはそう思いながら、テーブルに探してきた本を積み上げていった。
「何をしてるの?」
クィルが図書室に入ってきた。
「あ!クィル!ちょうどよかった!」
ローリアが奥から叫んだ。
「よかったら本を探すのを手伝って!」
「いいけど……侯爵が、書斎に来てほしいって言ってるよ」
「侯爵が」
「うん。君を呼んで来いって言われた」
「何かしら?」
ローリアは奥から出てきて、リストをクィルに渡した。クィルはそれを見て変な顔をした。
「それに載っている本を探して」
「わかった」
ローリアは図書室を出て、書斎に向かった。
ドアをノックすると、
「入りなさい」
という声がした。
侯爵は窓の前に立って外を眺めていた。ローリアが近づいていくと振り返って優しく微笑んだ。
「実は、良くない話があってね……」
ローリアは身構えた。『他に後継者が見つかったから村に帰っていいよ』と言われたらいいのに、と一瞬思ったが、
「秋に、魔法競技会があるんだが……」
全然違う話だった。
「年に一度、各家の後継者たちが集まって、擬似的な戦闘をして魔法を披露するんだ。これまでに学んだ戦闘魔法を見せつけ合うのさ。あまり上品な集まりじゃないな」
「私も出なきゃいけないんですね?」
「そうなんだが……」
侯爵が懸念の顔をした。
「今まで、競技会に出るのは男だけだった。はっきり言って、思春期の男の子が集まったケンカだ。かなり荒っぽいしケガをする者も多い。そこに、君のような女の子を放り込むのは……」
「大丈夫です!」
ローリアは張り切って叫んだ。
「攻撃魔法ならお父さんに教わったことがあります!森でモンスターやキツネを仕留めたこともあるんですよ!私!戦えます!」
ローリアがいきなりやる気を出したので、侯爵は驚いていた。
「『お父さん』か」
侯爵はまた窓の外を見た。
「あそこに、何も植えていない芝生があるだろう?」
侯爵が庭の奥のスペースを手で示した。
「あそこは、魔法の練習をする場所なんだ。昔、父に特訓されて、お得意の光の魔法を容赦なく浴びせられてね。毎日怒鳴られて、服はボロボロ、体はあざだらけ」
侯爵が目元をかすかに歪めた。
「はっきり言ってろくな思い出がない。できれば君にはそんな思いをしてほしくないんだが……」
「侯爵、ダメです」
ローリアが怖い目で言った。
「女の子だからって手加減しないでください。ビシバシ鍛えていただかないと! 強くなれませんっ!」
「だから、僕が教えるより、いい先生を呼んだほうがいいと思ってね」
侯爵が言った。
「デュドネ・カユザクを知っているかい?」
「もちろんです! 前の白の司祭ですよね!?」
ローリアが言った。デュドネ・カユザクは前に、ロンハルト王国の魔導師の最高位である『白の司祭』をしていた男だ。今は弟子の女性に地位を譲って引退している。
「村でも噂になってました! 最高の魔法使いで、みんなの憧れです!」
「そんなにいい奴ではないんだが」
侯爵が苦笑いした。
「彼に『娘に魔法を教えてくれないか』と頼んだら、いいと言ってくれたよ」
「えっ!!」
ローリアの顔が輝いた。
「本物のデュドネ・カユザクに会えるんですか!?」
「急な話で悪いが、明日来る」
侯爵が言った。
「かなり厳しい先生だけど、大丈夫かい?」
「もちろんです!やった!」
ローリアは子供のように飛び上がって喜んだ。
「アルマに知らせに行ってもいいですか!?」
「ああ、行っておいで」
ローリアは喜んで走っていった。
「あなた、逃げたわね」
入れ違いで侯爵夫人が入ってきて、夫をにらんだ。
「本来、あなたが直々に教えるべきなのよ。ローリアはあなたの後継者なのだから」
「ああ、わかってるよ」
侯爵が弱った顔で言った。
「だが、僕はどうしても……父のようにはなりたくないんだ」
「アルマ!アルマ!!」
ローリアは叫びながら図書室に飛び込んだ。
「デュドネ・カユザクが魔法を教えてくださるって!!」
「は?」
アルマがけげんな顔をし、クィルがローリアを見た。メイド二人は恐怖の目をしていた。
「明日ここに来るのよ!」
ローリアは興奮していた。
「本物の白の司祭様に会えるなんてすごくない!?」
「『元』白の司祭ね」
クィルが白けた目で言った。
「いいね、お嬢様は、高等な先生につけて」
ちょっとひがんだ言い方だったので、ローリアは戸惑った。
「クィル、あなたも一緒に特訓したい?」
「いいよ。戦闘は好きじゃないし」
「アルマは?」
「私は結婚相手を探したいの。戦闘能力なんて欲しくないわ。嫁のもらい手がいなくなるじゃない」
「そっか……」
ローリアはがっかりした。こんなにすごいことが起きているのに、誰も喜んでくれない。
「本は全部探したよ」
クィルが言った。机の上には本が積み上がっていた。
「印をつけた本はここにはないから、侯爵に買ってもらいなよ」
クィルがリストの束をローリアに渡した。いくつかの本に赤いチェックがついていた。
「ありがとう」
ローリアはお礼を言ってからふと思って言った。
「クィル、あなたは教育を受けているの?」
「僕は金物商人の家で育ったから、基本的な計算と経済は学んでるよ」
「そうなのね。ご両親はどこに?」
「こないだの流行り病で死んだよ」
クィルがなんでもないことのように言った。
「だから街の商店で働いてた」
「ごめんなさい」
「別にいいよ」
「クィル!クィル!どこだ!?」
男の怒鳴り声がした。
「やばっ、薪を運べって言われてたの忘れてた!」
クィルが外に飛び出していった。
「お嬢様。あの男、話し方が馴れ馴れしすぎませんか?」
ユーナが言った。
「クィルは友達だからいいのよ」
ローリアが言うと、
「友達ねぇ」
アルマが意味ありげに笑った。
「何よ、その笑いは」
「何でもなーい」
アルマが言いながら立ち上がった。
「それより、その本は男の使用人に運ばせなさいよ。重いんだから。あんた、ほっといたら全部一人で運ぼうとするでしょ?パーシー、男を呼んできて」
パーシーが外に走っていった。
「休憩しましょう」
ユーナが言った。
「こんな難しい本、題名見てただけで頭が疲れちまいます。お茶とお菓子を用意しますからリビングに行ってください」
ローリアは『今すぐ本が読みたいのになあ』と思いながら廊下に出た。それから、クィルの両親のことを思い出した。
私と同じだわ。両親を伝染病で亡くして。
これからはクィルにもっと優しくしよう、とローリアは思った。




