6-4 セドリック・アーマー
「僕はセドリック・アーマーといいます」
青年が笑顔で言った。
「セドリック伯爵の次男です」
「そうなの」
次男か。ローリアは思った。
金と地位目当ての男じゃないといいけど。
それにしても、この国には伯爵が何人いるんだろう……?
「ここに来るのは初めてですか?」
セドリックが尋ねた。
「そうなの。驚いたわ。昼間から酒を飲んでる人がいるんですもの。どうしてお酒を出すのかしら?」
「男たちを捕まえるためでしょうね」
セドリックが言った。
「ここにいらっしゃるご令嬢は、みんな、よい家柄のお相手を探していますから。あと、酒に酔うと人間、本性が出ますからね!そこも狙いでしょう」
「カイレルなんて完全に酔っ払ってたもの」
「カイレル・マーデスは飲まなくてもいつも酔ってますよ、自分に」
「そうなの?フフッ」
ローリアが笑った。セドリックはずっと微笑んでいる。元々こういう顔なのか、それとも、社交辞令なのか。
「僕はソムィーズ卿にもお会いしたことがあります」
「卿?」
「そう呼ばれる時もあるんですよ。ソムィーズ卿は芸術に造詣が深くて、絵画をいくつも所有していらっしゃいますよね?」
「そうなの?知らなかったわ」
「知らなかったって……玄関ホールにサルトーン・ガルウィックの名画があるじゃないですか!」
ローリアは考え込んだ。玄関ホールに絵なんかあったかしら?
「『トーマムの荒波』ですよ!」
セドリックが言った。
「ごめんなさい、わからないわ」
ローリアは顔を赤らめながら言った。
「芸術をよく知らなくて。母が時々水彩画を描いていたけど」
「ああ、水彩は女性のたしなみですからね」
「そうなの?」
ローリアは嫌だなと思った。実は絵を描くのが苦手なのだ。
「それにしても、せっかくソムィーズ邸に住んでいてらっしゃるのに、絵を知らないなんてもったいないですよ!あの屋敷には名画がたくさんあるんです。ラーデイルさんに説明してもらってはどうですか?」
「ラーデイル?」
「執事ですよ!」
セドリックが困った顔をした。
「もしかして、使用人の名前を覚えていないんですか?」
「あ、あの、コックとか馬番とはよく話すからわかるんだけど、執事は……ちょっと怖くて」
「覚えたほうがいいですよ。全員の名前と役割を」
セドリックが真面目に言った。
「どこで誰が何をしているか、把握しておいたほうがいいですよ。あなたは将来当主になるお方でしょう?それに、我々は彼らがいるおかげで生きていけるんですから」
「はい……そうしますぅ」
ローリアは弱りながら言った。いろいろ教えてくれるのはいいが、セドリックはどうも説教くさい。
「あなたもお相手の令嬢をお探しですかぁ」
ローリアは話題を変えたくて尋ねた。
「父と兄にはそう言われていますがね、正直言うと、しばらく結婚はしないつもりです」
「あら?そうなの?」
ということは金目当てではないのかな?とローリアは思った。
「父は軍隊に入れと言っていますが、僕は戦いが苦手なので、別な仕事を探すつもりですよ」
珍しい。貴族なのに働く気がある。
ローリアはちょっと感心した。
「私の噂は聞いてる?」
「聞いたけど信じてませんよ」
セドリックが笑った。
「あなたのような細いお方が、『大きな男を振り回して遊んでいた』なんて、誰が信じるんです?」
「あ、そ、そうね、アハハハ……」
ローリアは乾いた笑いでごまかした。
「ご令嬢がたは、男と女が二人でいるのを見るとすぐに変な噂にするんですよ」
セドリックが言った。
「それは田舎の女の子たちも同じだったわ」
ローリアが言った。
「あ! いたいた! ローリア!」
アルマが近づいてきた。セドリックを見て、
「誰?」
と怪訝な顔をした。
「セドリック・アーマーです」
セドリックが笑顔で言った。
「ふうん……」
アルマが値踏みするような目でセドリックをじっくり見た。
「アルマ、失礼よ」
ローリアが注意した。
「妹なの」
セドリックに言うと、
「顔はよく似ていますね」
と言った。
「じゃあ、僕はこれで」
セドリックが立ち上がった。
「お話できて光栄でした。レディ・ローリア・ソムィーズ。今度、美術館でお会いできませんか?見てほしい絵画があるんです」
「考えておくわ」
ローリアが言うと、セドリックはニコッと笑ってから、去っていった。
「あの人、次男でしょ?」
アルマが空いた席に座りながら言った。
「あんたを狙ってるわね」
「違うわよ。しばらく結婚はしたくないって言ってたもの」
「そんなの口先だけでしょ?」
「ねえアルマ、ソムィーズ邸にいる執事の名前、知ってる?」
「ラーデイルでしょ?」
アルマがあっさり答えたので、ローリアは驚いた。
「どうして知ってるの?」
「そりゃ知ってるでしょ?もしかして知らなかったの?」
「だって……執事とはめったに話さないもの。あの人はなんていうか……侯爵のものって感じで」
「執事は邸宅全体に責任を持っているから、私たちの生活にも責任があるはずよ」
「どういう意味?」
「私たちがよい生活をするために存在してるってことよ」
「ああ、そういう考え方なのね」
ローリアは、妹と自分の違いをますます深く感じた。アルマはもう『お嬢様』になりきってしまって、使用人たちを下に見ている。自分にはそれがどうしてもできない。
「さっき『使用人の名前をちゃんと覚えなさい』って言われたの」
「あの男、あんたに説教したの?」
アルマが彼が去った方向を見た。
「いい度胸してるわね」
「でも、きっとその通りなのよ」
ローリアは言った。
「私、自分のことや勉強しなきゃいけないことで頭がいっぱいで、まわりの人が見えてなかったわ」
「何言ってんの?あんたはいつも人のことばかり考えているじゃないの」
「そんなことないわ」
「いや、そうよ!」
アルマがやや感情的な声で言った。
「だいいち、こんなことになったのだって、あんたが私を助けようとしたからじゃない……」
アルマの目が涙でうるんでいた。
「こんな重荷を背負ってまで……」
「アルマ、それはもう気にしないでって言ってるでしょ」
ローリアは慌てて言った。
「私は自分で望んでここにいるんだから! それより、いい男は見つかったの?お嬢様がたと話していただけ?」
「三人くらい名前を聞いたけど、あんまいい男じゃなかったわ。一人は酔ってたし」
「お酒を出すのはよくないわよね」
ローリアが言った。
「私、レディ・アマンダ・ルビンシャーに言ってみようかしら。『昼間からお酒を出すのはおやめになってはどうですか』って」
「やめなさいよ!あの人プライドが高そうだから目をつけられるわよ!」
アルマが言った。
「もう帰りましょ。なんか飽きてきたわ」
「そうね、私も疲れたわ」
姉妹は馬車に戻るために立ち上がった。




