6-3 レディ・ヴィオレッタ
令嬢たちがドレスについておしゃべりしているのをぼんやりと聞いていると、
「やあやあお嬢様がた、今日もくだらない話題で麗しい」
カイレル・マーデスが変な声を上げながら近づいてきて、レディ・アマンダ・ルビンシャーの隣に来て、にっこりと笑った。
「あいかわらず見事な取り巻きにお囲まれで」
「酔っているわね! カイレル!」
レディ・アマンダ・ルビンシャーが嫌そうな顔をした。
「酒臭いわ!」
他の女の子たちが鼻をつまんだり、体をよけたりする仕草をした。
「何を言ってるんだ。昼間からうまい酒で男を釣ろうとしているのは君だろう?」
カイレルが言った。
「ねえ」
ローリアが話しかけた。
「あなたがここにいるってことは、レディ・ヴィオレッタも来ているの?」
「もちろん来ておりますよお嬢様」
カイレルがふざけて言った。
「ただ、今日はご機嫌ななめだから、一人で庭の花でも眺めてるんじゃないのかね」
「何かあったの?」
レディ・アマンダ・ルビンシャーが尋ねた。
「あいつが機嫌悪いのはいつものことですよ」
カイレルがワイングラスを掲げながら言った。
「口の悪いお嬢様がたに乾杯!」
と言った。それからローリアに、
「本のリストは完成してますよ」
と言った。
「さっき発送したから、明日には着くんじゃないかな」
「ありがとう」
「ま、お嬢様にあの本たちが読めるかは疑問だが」
カイレルが言った。
「まあ、ずいぶんバカにしているわね!」
令嬢のうちの一人が言った。
「私たちだって本くらい読むわよ!」
「まあそうでしょうね。でも、俺とローリア嬢が読まなきゃいけない本はちょっと種類が違うのでね!」
令嬢たちが冷ややかな目でローリアを見た。
「私、レディ・ヴィオレッタにご挨拶してくるわ」
ローリアはそう言いながら立ち上がった。この場から早く逃げ出したかった。
ローリアは人々が盛り上がっている客席を抜けて、花が咲いている方向へ行った。何人かの男女が花を見ながら何かをささやき合っていた。みんな頬が赤くて、お互いに夢中のようだ。
ああ、ここは出会いの場なのね。
ローリアがそう思いながら通り過ぎていくと、白い花が咲いている低木のそばで、ウェーブのかかった黒髪の女性が花びらに触れているのが見えた。慈しむようなしぐさが美しい。
「レディ・ヴィオレッタ」
ローリアが声をかけると、レディ・ヴィオレッタ・マーデスか振り返った。
「あら、あなたも来ていたのね」
レディ・ヴィオレッタが笑った。
「そのネックレス、似合ってないわ」
「もうわかってますぅ」
ローリアは泣きたくなってきた。この完璧な令嬢にこんな姿を見せるのはとても恥ずかしい。
「元気がなさそうですね」
ローリアは訪ねてみた。
「何かあったのですか?」
すると、レディ・ヴィオレッタはローリアをまっすぐ見て、
「あなた、法律は詳しい?」
と尋ねた。
「ほうりつ?」
ローリアは戸惑った。ほとんど知らない。「悪いことをしたら捕まりますよ」くらいしか知らない。
「10年前に王様が、女性も王位を継承できるようにするため、法律を変えました」
「あ、それは聞いたことあります!」
ローリアが言った。確か、王様にはカイエナ姫しか子どもがいない。だから女の子でも王位が継げるようにした。
「その時に、『だったら、家の継承者も女性でよいのでは』という話が持ち上がり、王様も了承なさいました」
レディ・ヴィオレッタが扇を閉じてほおに当て、考え込むような仕草をした。
「しかし、『女性が爵位を継ぐなんて!』という声が未だ根強く、実際に女性が継いだ家は、男爵家が2つだけ。未だに、ほとんどの家で継承権は長男にあり、女性の継承者を認める家はほとんどない。法律があるのに、女には機能しない状態が続いている」
「そうだったんですね」
ローリアは相槌を打ちながら、『その2つの男爵家の女性当主に会ってみたいな』と思った。
「私には兄がいるから、どっちみち関係のない話よ。ごめんなさい。公の場で女が法律の話なんかしたら、みんな引くわ。でもあなたならわかっていただけるんじゃないかと思って」
「もどかしいんですね。女の扱いが」
ローリアが言うと、レディ・ヴィオレッタが安堵したような笑みを浮かべた。
「私、昨日、縁談を断ったの」
レディ・ヴィオレッタが言った。
「とてもいい家柄だったんだけど、お相手のお父様に放蕩していると噂があって。気味が悪いからお断りしたの。そしたらお父様がお怒りになって。『お前はどうやって生きていくつもりだ!?』と怒鳴られたわ」
レディ・ヴィオレッタが扇を広げて口元を隠した。
「ずっと考えているの。本当に、他に生きる方法はないのかと」
「そうだったのですね」
「あなたが現れた時……」
レディ・ヴィオレッタがささやいた。
「もしかしたら、これでこの国が変わるかも、と思ったわ」
「私ですか?」
「やっと、まっとうな女性の継承者が現れたから。小さな男爵家やツヴェターエヴァ以外で。これが当たり前になれば、多くの女たちの運命が変わるでしょう?」
「そ、そうだったのですね」
そんな重い期待をされているとは思わなかった。ローリアはびっくりしてしまった。
「やだ、私ったら余計な話をしたわ。あまり重く受け取らないでくださいね」
レディ・ヴィオレッタは微笑みながらどこかへ歩き去った。
重く受け止めるなとは言われたが、ローリアは考え込んでしまった。
つまり、私のふるまいに、たくさんの女の子の運命がかかってるってことよね。
しっかりしなきゃ……。
ローリアは客席がある場所に戻り、開いている席に座った。何度か深呼吸すると、近くに立っている使用人に『こっちに来て』という合図を送ってみた。自信はなかったが、彼はすぐ来てくれた。
「あのっ、レモンティーを持ってきてほしいの」
ローリアはがんばって言った。
「あと、何か、軽い食べ物があれば──」
「スコーンでよろしいですか」
「ええ、お願い」
「かしこまりました」
使用人が去っていった。ローリアは椅子の背もたれにもたれて安堵のため息をついてから、背筋を伸ばし直した。ユーナに頼み事をするのには慣れてきていたが、よその家で使用人に命令するのはまだ緊張する。
でも、慣れなきゃ。
「私はレディ・ローリア・ソムィーズよ」
ローリアは自分に言い聞かせた。
「大丈夫、ちゃんとできるわ」
使用人はすぐにお茶とスコーンを運んできた。ローリアは笑顔でお礼を言い、スコーンにかじりつこうとした。その時、
「レディ・ローリア・ソムィーズ」
「フグムッ」
誰かに話しかけられて、喉を詰まらせそうになった。お茶を飲みながら見上げると、暗い茶色の髪の、優しそうな青年がいた。彼は社交的な笑みを浮かべてローリアを見下ろしていた。
「席をご一緒しても?」
青年が向かいの椅子を手で示した。
「え、ええ! どうぞ」
ローリアは反射で言ってしまってから、一人でいたかったのになあと思ったが遅かった。
青年は喜びを笑顔で表してから、椅子に座った。




