5-6 アルマとハーヴィス伯爵
「見ろ、あいつが女と踊ってるぞ」
男たちが、ダンスをしているハーヴィス伯爵とアルマを見て笑っていた。
「これは珍しい光景だ!」
「とうとうあいつにも女が!」
「相手の女は誰だ?」
女の子たちもどよめいていた。
「ハーヴィス伯爵と踊るなんて」
「しかも自分から誘ったのよ!」
「女から誘うなんてふしだらだわ」
「やっぱり卑しい平民の娘なのよ」
「そうよ。財産と地位を狙っているのよ。じゃなきゃ、あんな男と踊るわけないわ」
いろいろ言われていたが、アルマも、ハーヴィス伯爵も全く気にしていなかった。お互いを見つめながらくるくる回り、
『どうなの?あんた、私をどう思って?』
『君こそどういうつもりで私を誘惑したんだ?』
お互いを探り合っていた。
楽隊の音楽がひときわ盛り上がった時、
「音楽は好きか?」
ハーヴィス伯爵が尋ねた。
「大好きよ」
アルマが答えた。
「あなたは?」
「もちろん好きさ。特にバイオリンの音色がね。心をかき立てられる──」
アルマがハーヴィス伯爵の目をじっと見つめた。『ねえ、私は?私はどう?』と言っているような目つきで。
「素晴らしい」
ハーヴィス伯爵がつぶやいた。
「実に素晴らしい」
二人の心が最高潮に達しそうだった、まさにその時、
「キャハハハハハハ!」
子供っぽい笑い声が響いた。
見ると、ガーウィンがローリアの両腕をつかんで、くるくる振り回して遊んでいた。
「アハハハハハハハ!」
ローリアの笑い声が会場に響いている。周りのものは皆、避けるために少しずつ離れていく。
「何をやっとるんだあいつは!」
ハーヴィス伯爵は弟の行動に怒り、止めに行こうとしたが、
「ほっときなさいよ」
アルマが止めた。
「あんな楽しそうなローリア、久しぶりに見たわ」
「いかん!公共の場であんなふざけた行いをしては!君のお姉さんの評判にも傷がつくぞ!」
「いいのよ。多少評判が変わったほうが」
アルマは冷ややかに言った。
「ただでさえ『男たちをなぎ倒したムキムキ女』って噂されちゃってるんだから。『パーティーではしゃぎすぎちゃった』って、普通の女の子っぽい噂が立ったほうがいいのよ」
「しかし、あれは──」
ハーヴィス伯爵は改めて弟と『ソムィーズのレディ』を見た。今度はガーウィンがローリアに引っ張られてぐるぐる回っていた。
「アハハハハハハハ!」
ローリアはいつまでも爆笑している。
「なんなの、あれ」
客たちも呆れはじめていた。
「ローリアはダンスが苦手なのよ」
アルマが言った。
「だから、ここ数日ずっと機嫌が悪かったの。楽しみが見つかったんだから、いいじゃない」
「だからってあれは──やはり、いかん! 止めなくては!」
ハーヴィス伯爵は弟に向かって突進していった。
「何をやっとるんだ貴様!」
「ああ、兄貴、ちょっとこちらのレディと遊んでいてね」
ガーウィンは悪びれもせずに笑った。ローリアは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「公共の場でお子様のような振る舞いをして! こちらのレディの評判にも傷がつくのだぞ!」
「すみません」
ローリアがうつむいたまま言った。そこまで考えていなかった。ただ、楽しかっただけで。
「おいおい兄貴、パーティーは楽しむもんだぜ。そんな怖い顔するなって」
「お前は貴族の集まりの意味を何もわかっとらん」
ハーヴィス伯爵が言った。
「この場での振る舞い一つで、家の評判が決まり、お嬢様がたの人生が狂うこともあるのだぞ!」
「いや、俺だってそれくらいわかってるって!」
「いや! わかっとらん!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい」
侯爵が止めに入った。
「次のダンスが始まるから、君たちがそこにいると邪魔だよ」
そう言われて、ハーヴィス兄弟はしぶしぶ、侯爵と一緒にどこかへ消えた。アルマが、落ち込んでいるローリアを隅っこへ引っ張っていった。
「私、家の評判を落とすようなことをしちゃった」
ローリアが言った。
「気にすることないわよ。パーティーは楽しむものなんだから」
「ちょっと、あなた」
意地悪そうな令嬢が近づいてきた。
「女からダンスを申し込むなんて、何を考えているの?」
「あら、誤解ですわ。もう誘われていましたのよ」
アルマは堂々と嘘を言ってのけた。
「さっき玄関でお会いした時にね。ねえローリア」
「えっ?」
そんな話は初めて聞いたのだが、
「あ、そ、そうだったわね。アハハ」
とっさにアルマに合わせた。
「これで伯爵を捕まえたなんて思うんじゃないわよ」
令嬢が言った。
「あなたみたいな卑しい出自の娘は、遊び相手になるのがいいところよ。だいいち、平民の娘がこんなところにいるなんて──」
「久しぶりね。レディ・カーリン・サボンジャー」
いつの間にか、令嬢の後ろに侯爵夫人が立っていた。腕を組み、怖い目で令嬢をにらんでいる。
「あ、あら、こ、侯爵夫人」
レディ・カーリン・サボンジャーがうろたえながら振り返った。
「私の娘を侮辱する気なら、お父様を連れてきて話を聞くわよ」
侯爵夫人が平坦な声で言った。
「そ、そんな、侮辱なんて、とんでもないわ」
レディ・カーリン・サボンジャーは扇で顔を隠しながら少しずつ遠ざかり……走って逃げていった。
「ああいうのは気にしちゃダメよ」
侯爵夫人が娘たちに言った。
「別に気にしてないわ」
アルマが言った。
「ローリアは気にしてるみたいだけど」
ローリアはさっきからずっと下を向いていた。
「まあ、ローリア」
侯爵夫人がローリアを抱きしめた。ローリアは驚いてしまった。
「何も気にしなくていいのよ」
侯爵夫人はそう言ってからローリアを離し、
「パーティーは楽しかったようね」
と言った。
「はい……でも、貴族にふさわしくない行いを」
「あんなのたいしたことないわ。ウフフ」
侯爵夫人が楽しそうに笑った。
「それに、よその『跡継ぎ』たちは、もっととんでもないことをしているわよ」
「えっ……」
「レディ・ローリア」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが笑いながら近づいてきた。
「今日は面白いものが見れたわ」
そう言われたので、ローリアは顔を真っ赤にした。
「ハーヴィス兄弟と仲がよろしいのね」
「家どうしの付き合いも長いですからね」
侯爵夫人が言った。
「あなたはいつも男性に大人気ね」
「そうなんですけど、あまり真剣な方はいらっしゃらないようで困ってしまいますわ」
「まあ、何言ってるの?」
アルマが声を上げた。
「みんな夢を見るような表情であん……あなたを見ていたわ。みんな真剣にしか見えなかったけど」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスはそれには答えず、あいまいな笑みを浮かべながらローリアに近づき、耳元で、
「私、誰とも結婚する気はないの」
とささやき、驚いているローリアを置き去りにして去っていった。
「やあ、ここにいたのかい」
侯爵が戻ってきた。
「あっちにうまそうな酒と肉料理があるよ」
「行きましょう」
侯爵夫人が言って歩き出したので、ローリアとアルマはついていった。でも、二人とも料理のことはほとんど覚えていない。それぞれに、今日の特別なダンスについて思うところがあって、肉を味わっている余裕がなかったのだ。




