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侯爵にお金を借りに行ったら養女にされました!  作者: 水島素良
第5章

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5-5 ダンスが始まった

 会場に行くと、レディ・ヴィオレッタ・マーデスのまわりに男たちが群がっていた。

「僕と踊ってください」

「いや、俺と!」

「私と!」

「まあ、困ったわ」

 レディ・ヴィオレッタ・マーデスは可憐にほおを赤らめて扇を振った。

「どうしましょう」

 わあ、すごい。

 ローリアは感心した。やはり彼女は美人で性格もいいからモテるのだ。

 もう一人、男たちが群がっている女性がいた。レディ・ヴィオレッタ・マーデスほど華やかではないが、上品な美人で、男たちと仲良く観劇の話などして盛り上がっている。

「あれはどなたかしら。きれいな人ね」

 ローリアが言うと、

「あの人はレディ・アマンダ・ルビンシャーっていうのよ」

 アルマが言った。

「さっき『うちのお茶会に来ない?』って言われたから行くって言っちゃった」

「そうなの?」

「他の女の子が言ってたけど、あの人にお茶会に呼ばれるのはステータスになるんですって!」

 アルマが嬉しそうに言った。

「ステータス?」

「みんなに認められるってことよ!大事なことでしょ?」

 男たちが次々とダンス相手の女性を選んでいく。ローリアはビクビクしながら待っていたが、幸か不幸か、彼女をダンスに誘う男はいなかった。

 楽隊による音楽が始まると、相手が見つかった人たちは一斉に踊り出した。見目麗しい男女が美しい衣装をまとってくるくる回っている。

 きれいな光景だわ。

 ローリアは自分が選ばれなかったことにほっとしながらも、目の前の美しい人たちに見とれた。

 時分がこんな世界に来るなんて、ちょっと前までは想像もしていなかった。ほんの数ヶ月前まで、ローリアは小さな村の貧しいメイドで、金持ちの家の暖炉を灰だらけになって掃除したり、はいつくばって玄関の床を磨いたりしていたのだ。

「ここにいられるだけで幸せよね」

 ローリアがつぶやいた。

「『お姉様』、そんなお考えはだめよ」

 アルマが気取った言い方をした。

「相手を探さないと。やっぱり私たちって、元々平民だから避けられてるのかしら」

 女性の席には、見た目や身分が劣る女の子たちと、ローリアとアルマが残っていた。

「見て! ソムィーズ侯爵と奥様よ!」

 後ろの女の子たちがはしゃいだ声で言った。

 見ると、侯爵夫婦が仲良くダンスをしていた。二人ともお互いを見つめて微笑んでいて、楽しそうで、愛し合っているのが伝わってくる。

「素敵だわ。私もあんなふうになりたい」

「奥様に一目惚れして、何年も探し回っていたんですってね」

「侯爵は情熱的な方なのね」

 後ろからそんな会話が聞こえたので、ローリアとアルマは顔を見合わせて笑ってしまった。あの二人はどうやら、みんなの憧れらしい。

「向こう岸にまだ踊っていない殿方がいるわ」

 ローリアの後ろの子が言った。

「どうしたら誘ってくれるかしら」

「ねえ」

 アルマが振り返って言った。

「誘われるのを待ってないで、自分で誘いに行ったら?」

「まあ! ダメよそんなの! 女から誘うなんて。軽い女だと思われちゃうじゃない!」

「そんなことないと思うけど」

「殿方から来ていただかないとだめよ……うわ! 嫌だ! ハーヴィス伯爵がいる!」

 女の子が嫌そうに叫んだので、ローリアとアルマは驚いて同じ方向を見た。ハーヴィス伯爵が少し離れたところに立っていて、難しい顔で踊っている人々を眺めている。

「こっちに来ないわよね」

 別な女の子が怯えたように言った。

「来ないわよ。あの方はご自分がモテないのがわかっているから、誰もダンスに誘えないのよ」

「え?何で?」

 ローリアが振り返って尋ねた。

「あの方は侯爵のお友達で、地位も財産もある方だとお聞きしたわ。なぜモテないの?」

「お母様たちがお見合いで勧めてくるのがあの人だから、みんな嫌になってしまっているのよ」

 別な女の子が説明してくれた。

「お父様が急にお亡くなりになって、若くして爵位を継いだ方なのですけど、性格が頑固で、話し方も古臭くて説教じみているから、みんな嫌っているの」

「それにあの大きな鼻!」

 別の女の子が嫌悪感をあらわにした。

「だから、いくら金持ちでもハーヴィス伯爵だけは嫌だって、みんな言ってるわ」

「そ、そうだったの……」

 ローリアはハーヴィス伯爵がかわいそうになってきた。くまさんの兄だし、こないだのパーティーで会ったハーヴィス伯爵はとてもいい人だった。

 あいさつがてら話しかけたほうがいいだろうか。

 でも、ダンスを申し込まれたら困る……。

 ローリアが迷っているとわ隣で黙っていたアルマがすっと立ち上がった。

 まわりの女の子たちが見守る中、ゆっくりと歩いていってハーヴィス伯爵の前に行き、驚いている伯爵にはかまわずに扇で顔の下半分を隠すと、手を差し出して上目遣いをし、

「踊ってくださる?」

 と言った。

 伯爵はしばし面食らっていたが、

「よかろう」

 アルマの手を取って、ダンスの輪に入っていった。

「ねえ! ちょっと! 今の見た!?」

 女の子たちが騒ぎ出した。

「とんでもないわ!女からダンスに誘うなんて!」

「しかもハーヴィス伯爵よ!?」

「信じられない!」

 後ろから聞こえるキャーキャー声と、伯爵と優雅に踊っている(アルマはダンスが得意だから!)妹を見て、ローリアはにやけ笑いが止まらなかった。この場にふさわしくない行いなのかもしれないが、アルマらしい行動だと思った。あの子は昔から、黙って待っているのが苦手なのだ。

 さて、アルマがいないうちにここから逃げようっと。誰かにダンスに誘われないうちに。

 ローリアは出口を探そうとあたりを見回した。すると、反対側の岸の壁際に、見覚えのある大きな男が立っているのが見えた。

「くまさんだわ」

 ローリアはそっと立ち上がり、

「ちょっと失礼」

 言いながら移動した。

「おう、お嬢さん」

 ガーウィン・ハーヴィスはすぐローリアに気づいた。

「壁になりきってるつもりだったんだが、ばれたか」

「壁ですって! あなたはどこに行っても目立つから、隠れようとしても無駄よ」

「すっかりご令嬢らしくなったじゃないか」

 ガーウィンが笑って言った。

「前のパーティーに比べたら見違えたぜ。すっかりいい家のレディになって」

「悪いけど、いい家のレディは脱走したいの」

 ローリアが腰に手を当てて言った。

「脱走?なんで?」

「私、ダンスが苦手なのよ!」

 ローリアは小声で言った。

「練習で先生を二人、勢い任せにぶっ飛ばしてしまったの。『もうこの子には教えられません!』って言われたわ。だから、私が誰かをぶっ飛ばす前に、ここから出る方法を教えてよ」

「ハハハハハ!」

 ガーウィンが豪快に笑った。

「なら、俺と踊って、ぶっ飛ばせるか試してみろよ」

「えっ?」

「哀れな大男に手を差し伸べてくれ」

 どうやらダンスに誘っているらしい。

「む、無理です!」

 ローリアは慌てた。

「ステップはわからないし、足は踏むし」

「お嬢さんの小さくてきれいなおみ足に踏まれたくらいじゃ、俺の足はびくともしないさ。」

「先生を二人ぶっ飛ばしたのよ?」

「だから俺のこともぶっ飛ばしてみろ。社交界に新たな話のネタができるぞ」

「さすがにそれは無理よ。あなたは大きいもの」

「いや、わからんぞ。案外簡単に飛ばされるかも」

「やめてよ!もう!とにかく脱走──」

「いいから踊るぞ。ほれ」

 ガーウィンは後ろからローリアの脇をつかんで軽くひょいっと持ち上げると、ダンス会場の端まで運んでいって、下ろした。

 ローリアは驚き、ドキドキした。こんなに軽々と男性に持ち上げられて運ばれるのは初めてだったからだ。まるで小さな子供のように。

「ささ、踊るぜ」

 ガーウィンがローリアの手を取った。



 


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