5-4 良家の長男たち
「やあ!我らが新しいお嬢様のお出ましだ!」
侯爵夫人とローリアが男たちの集団に近づくと、眼鏡をかけた黒髪の、やや体格のいい男が芝居がかった声で叫んだ。
「彼がカイレル・マーデス」
侯爵夫人が言った。
「レディ・ヴィオレッタのお兄様ですね」
ローリアはおじぎをした。
「そうですよ」
カイレル・マーデスが偉そうに笑った。
「美人を妹に持つと大変でね。なんせ、ここにいる男のほとんどはヴィオレッタを狙っているからね。このグレイ・ワラビー以外は」
カイレル・マーデスが隣にいた男を紹介した。ローリアは彼の美しさに驚いた。優しい薄茶色の髪でで、透き通ったきれいな灰色の目をしていて、鼻筋も通っている。間違いなく、今まで会った男の中で一番美しかった。
「そうそう! こいつを見るとお嬢様がたはみんなぼーっとなってしまうんです! でも無駄ですよ! こいつには今夢中になっているご婦人がいてね──」
「その話はやめてくれ、カイレル」
グレイ・ワラビーが嫌そうな顔で言ったあと、
「お会いできて光栄です。レディ・ローリア・ソムィーズ」
丁寧にあいさつしてきた。この人はいい人そうだとローリアは思った。
「こっちはダン・スウォーサー」
カイレル・マーデスが別な、丸顔の男を紹介してきた。
「光栄です!お嬢様!」
ダン・スウォーサーが人懐っこい笑顔で言った。
「こいつは詩作にはまっていてね」
カイレル・マーデスがニヤニヤしながら言った。
「そのうち勝手に作り出すから、ほっとくといい。えと、あいつがデリム・トーナで、あっちがアンタイル・ウォーサー。で、そっちが──」
次々と男たちを紹介された。ローリアは顔と名前を覚えようとして、頭の中で必死に彼らの名前を繰り返した。
「ここにいるのはみな、名家の長男たちよ」
侯爵夫人が言った。つまり、みんな将来爵位を継ぐということだ。
「いやあ、驚いたな」
男たちのうちの一人が言った。
「試験で男たちをなぎ倒した大女って噂があったんだが、実際見てみたらこんな──可憐な乙女だったとは!」
「もっと怖い女を想像していたよ」
別の男が言った。
「酒場で怒鳴り散らしてるような女をね」
「確かにあれは厄介だな」
カイレル・マーデスが言った。
「君たち、失礼なことを言うのはやめたまえ」
グレイ・ワラビーが言った。
「あのう、私、誰も蹴散らしてませんよ」
ローリアが言った。
「試験に戦いはありませんでした。ただ、石の魔力を感知しただけで──」
ローリアは正直に、自分がソムィーズ邸に来た経緯を説明した。
「それで、石が君を選んだと」
カイレル・マーデスが言った。
「そうです」
「前代未聞だ! 今までこの国では長男が家を継ぎ、長女はレディと呼ばれて金持ちに嫁ぐのが慣例だったのに! まさか女神様がレディに自ら『家を継げ』と命じるなんてね!」
「なので、後継者として何を学べばいいか教えてほしいんです。女性の前例がないので」
「なるほど」
カイレル・マーデスがみんなを見回した。
「どうしたみんな。お嬢様に教えてやれよ。俺たちが何を学んできたか」
「いや、しかし、女の子には……」
男の一人が口ごもった。
「ソムィーズの跡継ぎなんだから、戦闘ができなきゃダメじゃないのか?」
別な男が言った。
「なんてことを言うんだ!こんな可憐な乙女に戦闘なんて!」
その『可憐な乙女』はやめてくれないかなとローリアは思った。なんだかバカにされているように感じる。
「魔法は得意ですから、いざとなれば戦えます」
ローリアは言った。すると、男たちは「おぉ〜」と言ったり、口笛を吹いたりした。まともに受け取られていないようだ。ローリアは不愉快になった。
「早く結婚して、夫に任せたほうがいいよ」
男の一人が言った。
「それはダメです」
ローリアは言った。
「なぜダメなんだ?それが一番波風が立たないだろう?」
「私と結婚したい男なんていますか?侯爵の後ろ楯があったとしても、平民の出なんです。こないだのパーティーでも身分の高いご婦人がたにバカにされたし。金目当ての男ばかり近づいてくるし。ですから、しばらくは自力でやるのが現実的だと判断しました」
「世の中をよくわかっているな」
カイレル・マーデスが言った。
「しかしお嬢様、一つだけ言っておくが、下の者が無礼を働くのを許してはだめだ。少なくとも今の君は侯爵令嬢で、しかも、長男の役割もするんだろ?なら毅然としていなくてはいけない」
「覚えておきますわ」
「覚えるだけじゃだめだ。実践しないと。まずは君をなめてかかる奴らを叱って、必要なら罰を与えろ」
「カイレル。あまり怖いことを勧めるなよ」
ダン・スウォーサーが言った。
「ただでさえ女は怖いのにな」
別な男が言った。
「命令の仕方なら教えなくても知ってるだろうな」
「あいつら、指図することにかけては一流だからな」
何人かの男がヒヒッと下品な笑い声を上げた。
「君たち、真面目に答えてあげたらどうなんだ?」
グレイ・ワラビーが呆れていた。
「『何を学ぶべきか知りたい』が本来の話題だろう……レディ・ローリア、今は何を学んでらっしゃいますか?」
「歴史と政治と、ドゥロソ語です」
ローリアが答えると、
「基本中の基本だな」
カイレル・マーデスが言った。
「お嬢様、『帝王学』って聞いたことあるかな?」
「いえ」
「なら、それが必要だ。俺たちは人の上に立つからな。『若者のための帝王学』という本があるからまずそれを読んでみたらどうかな? 俺は13で読んだな」
「わかりました」
ローリアは心の中でため息をついた。
また、学ばなければいけない科目が増えた。
「どうだろう、カイレル。君は読書家だから、読むべき本をリストアップしてレディ・ローリアに教えてあげたら?」
グレイ・ワラビーが提案した。
ローリアは『やった!ありがとう!』とはしゃぎたくなったが、
「ぜひお願いしたいわ」
お嬢様らしく言って微笑んでみせた。
「いいですよ。今週中にリストを作りましょう」
カイレル・マーデスが言った。
「すぐには無理だな。明日は二日酔いになる予定があるし、あさってはヴィオレッタに説教される日になっているのでね」
「君はいつも飲み過ぎだ」
グレイ・ワラビーが言った。
それから長男たちはやれあれをやれ、やれあそこに行けとローリアにいろいろ教えようとしたが、話が抽象的すぎてなかなか理解できなかった。
長男たちは、前のパーティーで会った次男たちとは明らかに違っていた。
みんな自信ありげで、どこか──高慢だ。
「ローリア、侯爵夫人、ここにいたのね」
アルマがやってきた。
「もうダンスが始まっちゃうわよ!早く来て!」
アルマがローリアを引っ張っていった。
「お嬢様たちと何を話していたの?」
ローリアが尋ねた。
「みんな、あなたのことを知りたがっていたわ。質問攻めにあった。正直に話しておいたわよ。じゃないと『男たちをなぎ倒した乱暴な女』って噂されてたから!」
「なんでみんなそんな空想をするのかしら」
ローリアはそう言いながら少しずつアルマから逃げようとしたのだが、
「ローリア、逃げても無駄よ」
アルマにがっちり腕をつかまれていた。
「今日はちゃんと踊ってもらうから!」
ローリアは引きずられるようにして、ダンス会場に向かった。




