5-3 いじわるなご婦人方
ローリアの願いも虚しく、天変地異は起こらず熱を出すこともなく、ダンスパーティーの日はやってきた。
アルマは新しいドレスにはしゃいでいたが、ローリアは朝から死刑囚のような顔をしていた。明日になればきっと「ソムィーズの養女がダンスが下手すぎて男たちを吹っ飛ばした」という噂が広まっているに違いない、などと考えながら。
マーデス伯爵の屋敷に向かうため、馬車は二人ずつ分かれて乗った。侯爵とローリア、侯爵夫人とアルマに。アルマと侯爵夫人はアクセサリーの話で盛り上がっていたし、侯爵はローリアを心配していたから。
「さっきからなんて顔をしてるんだ」
侯爵が苦笑いしながら言った。
「申し訳ありません」
ローリアが顔を背けながら青い顔で言った。
「私のせいで、きっと悪い噂が立ちます」
「何を大げさな。たかがダンスじゃないか」
侯爵が言った。
「それに、君はきちんと鏡を見たのかい? 今の君はとてもきれいだ。今日のドレスはとても似合っているし、前のパーティーに比べたら姿勢も良くなって、物腰も美しくなっているよ。きっと男たちはびっくりするさ。もっと自信を持ちなさい」
褒めてもらえたのは嬉しかったので、ローリアは少し顔を赤らめた。
「今日はアルマのお相手を探すことだけ考えます。あの子は結婚したがっているの」
「君はどう?」
「よくわかりません」
「男性と付き合ったことは?」
「ありません」
ローリアは正直に答えた。
「今は学ぶことが多すぎて、男の子どころじゃない気がします」
「そうだな」
侯爵があごに手を当てて少し考えた。
「考えてみたらおかしな話だ。男たちはみな、自立するために十分に学んでから結婚する。なのに女の子はできるだけ早く嫁に出さなければと言われる。ろくに世間を知らないうちにね」
「こないだレディ・ヴィオレッタ・マーデスが言ってました。私は結婚しないと生きていけない。あなたがうらやましいって」
「あの子がそんなことを言ったのかい?」
侯爵は驚いているようだ。あごから手を離してローリアをまっすぐ見た。
「私、お嬢様はもっと気楽に暮らしていると思っていました」
ローリアが言った。
「でも、もしかしたら、自力で働いて生きていける平民より、ずっと不自由なのかも──」
馬車がマーデスの敷地に入った。ほかの馬車が連なっている。客は多い。大きな門から屋敷まではかなり離れていて、到着するのにかなりの時間がかかる。
「君は自由に生きなさい」
侯爵が不意に言った。
「相手はゆっくり、慎重に選ぶんだ。誰と一緒に過ごすかは、何よりも大事なことだからね」
「侯爵と夫人はとても仲がいいですよね」
「そりゃあ、ちゃんと愛し合える人を選んだからさ」
侯爵が得意げに笑った。
「アルマにもそういう人を見つけてほしいんです」
「君は妹の心配ばかりしているね」
馬車はマーデス邸の前で停まった。二人が降りると、隣の馬車から侯爵夫人とアルマも降りてきた。
「ローリア!」
アルマが扇を振っていた。
「こんど、侯爵夫人がジュエリー屋に連れて行ってくださるって!」
「まあ」
「買い物はほどほどにしてくれよ」
侯爵が言うと、侯爵夫人がいたずらっぽい笑いを浮かべた。
ローリアは、他の馬車から降りてきた貴族たちが、こちらをちらちらと見ていることに気づいた。レディらしき女の子と目が合ったのでおじぎをしたら、フン!と言いたげにあからさまに顔をそらされた。
「何してるの、ローリア」
侯爵夫人が尋ねた。
「向こうの女の子と目が合ったので」
ローリアは女の子の方向を手で示した。
「あれは……サボンジャーかしら」
侯爵夫人が目を細めた。よく見えないらしい。
「サボンジャーに会うのは久しぶりだな」
侯爵が言った。
「さ、行こう」
屋敷はソムィーズ邸と違い、入り口から女神像や曲線のレリーフに飾られ、派手な印象だった。
「パトリック・ソムィーズ侯爵とご婦人パトリシア様、レディ・ローリア・ソムィーズと妹のアルマ様」
向こうの執事が来客の名前を読み上げた。
レディ・ローリア・ソムィーズ。
それがここでのローリアの名前と立場なのだ。
ローリアは扇をぎゅっと握った。
「久しぶりですな!侯爵」
白ひげが印象的なおじいさんが近づいてきた。
「久しぶりですね。エルクライン卿」
侯爵が言った。どうやら偉い人らしい。
「ちょっと二人で話したいんだが、いいかな」
侯爵とエルクライン卿は、二人でどこかに行ってしまった。
「まあ、ソムィーズ侯爵夫人」
年配のご婦人が近づいてきた。
「マーデス伯爵夫人!ご招待ありがとう」
侯爵夫人が微笑みながら言った。
「こちら、娘のローリアとアルマ」
二人はそろっておじぎをした。
「しつけはちゃんとしているようね」
伯爵夫人が冷ややかに言った。
「田舎娘を二人も引き取ったと聞いたから、一体どうなっているのかと心配しましたよ」
「それはどういう意味かしら?」
侯爵夫人が目元をゆがめて尋ねた。
「いくら子供ができないからって、ソムィーズほとの名家が養子を取るなんて。しかも平民の娘を……」
「おやめになってください!お母様!」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが慌てて走ってきた。
「お母様はあちらのご婦人方と話してらして!」
母親を別なグループに引っ張っていってから、慌てて戻ってきて、
「なんというご無礼を! お許しください!」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが侯爵夫人に謝罪した。
「いいのよ。あなたのせいじゃないから」
侯爵夫人がため息まじりに言った。
「でも、お母様は相変わらずね」
「私も困っているのですわ……まあ、ローリア様、アルマ様、よく来てくださいました」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが微笑むと、大輪のバラのように華やかで美しい。
やっぱり、この人は何かが違うわ。
ローリアは改めて思うとともに、こんな美しい令嬢があんな母親を持って苦労していることを悲しく思った。
「ねえねえ!ちょっと来てよ!」
若い女の子たちが、なぜか、ローリアではなくアルマの腕をつかみ、どこかへ引っ張っていった。離れたところにいる女の子たちが、こちらを見ながら扇の影でひそひそ話している。
「どうやって侯爵に取り入ったのかしら」
と言っているのがちらっと聞こえた。ローリアはぞっとした。自分が侯爵に媚を売って選んでもらったと思われているのだ!本当は、石に勝手に選ばれただけなのに。
「もう帰りたくなった?」
侯爵夫人がローリアに尋ねた。
「正直に言っていいなら、はい」
「そうよね。でも、せっかく来たから何人か男性を紹介しましょうか?今日は跡継ぎの長男たちも来ているから」
「そうですね……会ってみたいです」
どうせ「女のくせに」とか言われてバカにされるのだろうと思ったが、爵位を継ぐ予定の男たちがどんなことをしているのか、聞いてみたい気持ちもあった。
「では、あちらへ行きましょう」
侯爵夫人とローリアは、男たちが集まっている場所に近づいていった。




