5-1 ダンスレッスンが苦手
「はい、ここで回って。1、2、3」
アルマはダンスの先生のリードでくるっと回り、器用にステップを踏んだ。
「お上手ですよ! アルマ様」
こちらの先生は上機嫌だ。
「いたっ!」
別な方では、もう一人の先生が悲鳴をあげていた。
「相手の足を踏んじゃいけないってさっきから言ってるでしょう!」
「すみませえんっ!」
ローリアが謝りながらステップを踏もうとしていたのだが、
「きゃっ!」
見事に足を滑らせて転んだ。
「あっちは大変ね」
アルマがローリアを見ながら言った。
「田舎のワルツはうまく踊れるのに、なんでこちらのワルツだとああなっちゃうのかしら」
ローリアは一生懸命やっているのだが、
「相手の腕をそんなに引っ張ってはダメです!」
「足をバタバタしない!もっと優雅に!」
やたらに怒られていた。
数時間後。
「どうして社交ダンスはあんなに難しいのかしら」
ローリアは馬舎で、タルマ(馬)にぶつぶつ言っていた。
「どうして私がやると、先生を吹っ飛ばしてしまうのかしら。アルマは普通に踊れているのに」
タルマはもちろん、何も答えない。
「力が強すぎるのかしら。それとも男性に慣れてないだけ?」
「お嬢さん、さっきから何をぶつぶつ言ってるんです?」
ウィズが後ろで呆れていた。
「そうですよ、お嬢様」
ついてきたユーナも困っていた。
「そろそろお部屋に戻りましょう。ドゥロソ語の先生がお見えになる頃ですよ」
「外国語は辛いわ」
ローリアがタルマを撫でながら薄い目で言った。
「何回読み返しても覚えられないんだもの」
「確かにあいつらは何言ってるかさっぱりわかんねえなあ」
ウィズが言った。ユーナがウィズをにらんだ。
「ところで、妹さんは馬に乗らないんですか?」
ウィズが尋ねた。
「アルマは生き物に興味がないの」
ローリアが言った。
「侯爵が誘ってものらりくらりとかわして、今日も街に出かけてるわ。いいわね、アルマは自由で」
「お嬢様、それは違いますよ」
ユーナが言った。
「妹様はいずれどこかの家にお嫁に出されるんですから、自由なのは今だけですよ。それがわかっているから今お出かけになるんです。お嬢様はここの当主になるんですから、今は勉強が大変でも、いずれ、一番自由な方におなりですよ」
「そうかしら」
「そうですよ!」
ウィズが話に乗ってきた。
「いずれあなた様が一番お偉くなるってね。ささ、腐ってないでこいつに乗ってちょっと歩いてきたらどうです?今日は天気もいい、気分も晴れますよ」
「だめです!もう先生が来ちゃいます!」
ユーナが抗議したが、
「今の状態じゃ、何を教わっても頭に入んねえって。先生にちょっと遅れますって言ってきなよ」
ウィズが言った。ユーナは、まだ馬にぶつぶつ言っているローリアをちらっと見てから、不満げに頬を膨らませて、屋敷に戻っていった。
確かにウィズは正しい。タルマに乗って外を歩かせると、青空はきれいだし、風も心地よい。
こんな美しい晴れた日に、お部屋にこもってお勉強やダンスのレッスンなんて。
ローリアはそう思っていた。
タルマは一定のスピードで優しく歩いていく。ローリアを背に乗せるのも慣れたようで、なんとなく楽しそうに見える。
「おまえはいい子ね」
ローリアが言った。
「ここでの暮らしは楽しい?」
タルマはもちろん返事をしない。
「私は……よくわからないわ。侯爵は優しいけど」
庭をひととおり一周した頃、
「ローリア」
クィルが近づいてきて、
「これ、あげる」
どこかで摘んできた白い花を差し出した。
「まあ、ありがとう」
ローリアは喜んで受け取った。
「こないだ街に行ったら、おもしろいことがあったよ」
クィルが言った。
「酒場の人たちが、君が誰と結婚するかで金を賭けてた」
「は?」
「一番有力なのはスターク伯爵の息子だって」
「誰よそれ!全然知らないわ」
「妹さんの候補はマーデス家の長男だってさ」
「あのお嬢様のお兄様ね」
ローリアはレディ・ヴィオレッタ・マーデスが『兄は変人』と言っていたのを思い出した。
「ちょっと待って。私たちがレディたちに会ったことが、もう広まってるってこと?」
「ソムィーズ家は注目の的なんだよ」
クィルが言った。
「だからさ、変な男をここに呼ばないほうがいいよ。あっという間に噂になるから」
「わ、わかった。気をつける」
ローリアはちょっと怖いなと思いながら言った。
「あと、僕のことも忘れないでね」
クィルはちょっと照れた顔をしてそう言ってから、走り去っていった。
「クィルったら」
ローリアは手元の花を見て笑った。
「かわいいところがあるのね」
「お嬢様ぁ〜!」
ユーナが走ってきた。
「先生が『これ以上待てない!』とお怒りです!いいかげん戻ってきてください!!」
ユーナもかなり怒っているようだ。
「わかった!わかったわよ。もう……」
ローリアはため息をついた。その気持ちを察するかのように、タルマが『ヒン』と軽い声をあげた。




