4-6 馬番の男
翌日、ローリアは侯爵に頼んで馬を見せてもらうことにした。
「君も乗馬するといい。気に入った馬がいたら教えなさい」
侯爵は機嫌よくそう言った。ローリアは昨日侯爵夫人から聞いた『脱走して革細工の店で働いていた』若い頃の侯爵の話を思い出していた。たぶんその話は今しない方がいいだろうと思ったけど、この人が本当に望んでいた人生は何だったんだろう、と考えずにいられなかった。
馬舎に行くと、見覚えのある男がこちらに手を振って、
「やあ!お嬢さん!久しぶり!」
と叫んでいた。試験の日にローリアとクィルを馬車に乗せてくれた男、ウィズだった。
「本当にここで働いてたのね!」
ローリアは喜んで彼に近づいていった。彼の後ろには赤茶色の毛並が美しい大きな馬がいた。
「パドックの調子はどうだい?」
侯爵が尋ねた。
「今日も上機嫌ですよ、侯爵」
ウィズも機嫌よく答えた。よく見ると、彼はまだ若い。肌はキメが細かく、鼻筋が通っていて目の形も美しい。話し方や態度からてっきり中年のおじさんかと思っていたローリアは、驚いてウィズをじっと見てしまった。
「どうしたんです?お嬢さん。俺の顔になんかついてるかな?」
「あ、いえ」
ローリアはちょっとだけ顔を赤らめた。
「最初に会ったときと雰囲気が違うなと思って」
「そりゃ、この服のせいですよ!」
ウィズが言った。
「こんな上等なのを着せてもらうのは初めてでね!」
確かに、最初に会ったときはもっとみすぼらしいコートを着ていた。今はソムィーズ家の使用人が着ているジャケットに、馬舎用のパンツを合わせていた。
「あ、そういや、お嬢さんはもう偉い方になったから、俺がこんな口のきき方をするのはまずいかな?」
「何を言ってるんだ」
侯爵が笑った。
「昔から僕にもその話し方をしてるくせに。ねえローリア、彼は誰にでもこういう風にしゃべるんだ。たぶん、王様が来ても変わらないだろうね!」
「侯爵、それは言い過ぎですよ。俺だってさすがに王様が来たらかしこまってこう……」
ウィズが変なおじぎのマネをした。ローリアと侯爵はそれを見て笑った。下手な芝居にしか見えなかったからだ。
「ところで、ローリアに合う馬を選びたいんだが」
侯爵が言った。
「なら、パティがいいんじゃないですかね。真っ白で綺麗だし、気性も穏やかで」
ローリアはその白い馬のところに案内された。確かに毛並みが美しく、上品な印象だ。
それから、黒い馬、濃い茶色の馬、気性の穏やかなのから荒いのまでひととおり紹介されたが、ローリアはどれを選んでいいかわからなかった。それに、ローリアがさっきから気にしていたのは、隅っこにいる白と茶色が混ざった馬だった。他の馬は立っているのに、その馬だけ干し草の上に座って、物悲しい目をしていた。
「あの子は?」
「ああ、タルマという馬なんだが、生まれつき足がよくないんだ。歩けるけど、走れない」
侯爵が悲しそうに言った。
「他の貴族だったら、とっくに処分してると思いますがね」
ウィズが言った。
「処分なんてだめよ!」
ローリアがタルマを撫でながら言った。
「かわいそうだからここで世話することにしたのさ」
侯爵が言った。
「侯爵」
ローリアが言った。
「私、この子がいいです」
すると、侯爵とウィズも驚いた顔をした。
「走れないけど、歩けるんでしょ?私はまだ馬に乗ったことがないから、この子で歩く練習をするわ」
「いや、でもお嬢さん、走れる馬に乗ったほうがいいですよ。人生何が起きるかわかりゃしません。敵から逃げなきゃいけなくなるかもしれませんし」
ウィズが言った。
「だから、タルマで歩くのに慣れたら、パティで走る練習をするわ」
「だめですよ、いきなり乗ったって。慣らしておかないと」
「じゃ、両方乗るわ」
ローリアが言い切ったので、ウィズは困ったように侯爵を見た。
「ハハッ!それは贅沢だな!」
侯爵は楽しそうに笑った。
「でも、タルマにも人を乗せる経験はしてほしいからね。私は構わないよ」
「ありがとうございます」
ローリアはタルマを撫でながら、
「一緒にがんばるのよ」
と声をかけた。それから、侯爵と話しているウィズをちらっと見た。
どうしよう。彼、すごくかっこいい。
ローリアは、できるだけここに来るようにしよう、と決めていた。タルマのためと、自分をここに連れてきた美しい馬番のために。昨日『使用人と仲良くしてはいけない』と注意されたばかりなのに、ローリアはそんなことはすっかり忘れていた。




