4-5 使用人と仲良くしてはいけない
夜。ローリアはお嬢様方が教えてくれたことをノートに書きながら、これから学ばなければいけないことの多さを考えていた。
ダンスと音楽を学ばなくてはいけない。
ただ、それは『お嬢様の教養』であって、後継者は別なことを学ばなくてはいけない。
やっぱりツヴェターエヴァの当主様に会わなきゃ。
女性でありながら家督を継いだ方に。
ローリアがそう考えていると、誰かがドアをノックした。
「どうぞ」
入ってきたのは、クィルだった。
「お茶会、どうだった?」
「とっても楽しかったわ。お嬢様方もみんな素敵な方たちで」
「残ったお菓子を分けてもらったよ」
クィルが言った。
「ガラス細工みたいでびっくりした」
「スワードのお菓子って芸術みたいよね」
「そうだね」
二人はここに来てから起きたことを話し合った。クィルは最近、馬の世話を教わっているという。
「はじめてここに来たとき、馬車に乗せてくれた人を覚えてる?」
クィルが尋ねた。
「あのボロボロの馬車ね。よく覚えているわ」
「あの人、今ここで働いてるんだよ」
「ほんと?」
「ウィズって名前なんだけど、陽気な性格を侯爵に気に入られて、今、馬の世話をする仕事をしてるよ」
「そうだったの」
「ローリアのこと気にしてたから、会いに行ってあげなよ。きっと喜ぶよ」
「そうするわ」
「ねえローリア」
クィルが言った。
「僕ら、もう身分が違うけど、たまに話しに来てもいいかな?」
「もちろんよ」
ローリアは笑顔で言った。
しかし。
「ここで何をしているんです!?」
いきなりフローラが部屋に入ってきて、クィルをにらみつけた。
「早く出ていきなさい!」
クィルは逃げるように出ていった。
「ちょっと話をしていただけよ!」
ローリアは抗議した。
「お嬢様、いけません」
フローラが厳しい表情で言った。
「身分の高いお嬢様が、使用人の男と二人きりで部屋にいるなんて、ふしだらなことです」
「ふしだら!?」
ローリアはその言葉にびっくりしてしまった。
「いやらしい言い方はやめてください! クィルは友達で、弟みたいなものなんですよ?」
「いいですか。あなたがたはもう身分が違うのです。この世界では、身分の違う男女が仲良くしているとすぐに噂が立ちます。使用人と恋仲などという噂が一度広まったら、お嬢様の評判が台無しになり、結婚相手が見つからなくなることもあるのですよ。家の評判も台無しになります」
フローラは一気に言った。
「もっとご自分の立場をわきまえてください」
「で、でも」
ローリアは圧倒されながら言い返した。
「人間どうしなんだから、仲良くなることも、好きになることもあるでしょ?侯爵だって誰とでも仲良くなるじゃない?」
「あの方は変わった方なのです。それに、男性です。あなたは女性なのだから、もっと行動を慎まなければ。何を言われるかわかりませんよ」
「そんなの変だわ」
「いいえ、それがしきたりというものです!」
フローラは去り際に、
「ユーナに、この部屋に他の使用人を近づけないように言い聞かせておきます。全く、あの子はどこにいるのかしら……」
とぶつぶつ言いながら去っていった。
何なの、あれ。
ローリアは呆然としていた。友達と話したら怒られるなんて、納得がいかなかった。
少し後、
「ちょっといいかしら」
侯爵夫人が部屋にやってきた。
「さっき、私の付き人が来たでしょう?」
「友達と話していたら怒られました」
「そのことなんだけど」
侯爵夫人がちょっと困った顔で言った。
「男の子をこの部屋に入れるのはやめてほしいの」
「クィルは友達ですよ?弟みたいなものですよ?」
「でも、部屋で二人きりになるのはやめてほしいの。心配だから」
「それは……わかりました。外で話せばいいですか?」
「使用人として話すなら問題ないわ」
侯爵夫人が言った。
「あのね、これは人がよいあなたにはつらいことかもしれないけれど、貴族の令嬢が男の使用人と仲良くなることは、よくないことだとされているの。結婚前に何か間違いがあったら困るから。一度噂になってしまうと大変だし」
「それはわかりますけど……」
「だから、使用人と仲良くなるのはいいけど、二人きりになるのは避けてちょうだい」
「でもクィルは友達だから、二人で話したいことがたくさんあるんです」
「気持ちはわかるわ。でも、なるべく他の人もいる場所で話してちょうだい。こそこそしているとますます疑われるから」
ローリアはまだ不満だったのだが、
「わかりました」
とりあえず返事をした。
「でも、侯爵は誰とでも仲良くしてますよね?街の人とか、馬車の人とか」
「パトリックは若い頃からそうなのよ」
侯爵夫人は困った笑い方をした。
「12歳くらいのときに突然いなくなって大騒ぎになったんだけど、離れた町の革細工の店に弟子入りして働いているところを執事に捕まったの」
「えっ!?」
「ソムィーズの跡継ぎに生まれたことをとても嫌がっていてね。『僕は本当は店がやりたかった』とか、今でもたまにぼやいているわ」
侯爵夫人はそう言ってから、
「だから、内戦のとき、役目をわざと放棄していたのかも──」
侯爵夫人は少し遠い目で言うと、
「余計な話をしてしまったわね」
と言って、出ていった。
侯爵って、本当に変わった人なのだわ。
ローリアは思った。貴族に生まれながら、革細工の店に弟子入りなんて!なんて奇妙な話だろう。
後継者選びの時の怖い目つきを思い出した。胸元のブローチの不穏な魔力のことも。
もしかしたら、侯爵は跡継ぎを選ぶのが嫌だったのかもしれない。選ばれた子が自分と同じ目に遭うから。
「世の中ってうまくできてないのね」
ローリアはつぶやきながらベッドに倒れた。
「革細工屋さんになりたい人が貴族に産まれて、金持ちになりたい人が町の貧乏人に産まれる。女神様、何をお考えなのですか?」
女神様に祈ったが、答えはない。
「明日、侯爵に『馬を見せて』って言ってみようかしら。そしたらウィズさんに会えるかも」
ローリアはあの混乱の中で馬車に乗せてくれたウィズに感謝していた。あのとき声をかけてくれなかったら、自分はここにたどり着かなかっただろう。一度お礼を言っておきたい。
それにしても、これからクィルとどこで話せばいいのだろう?使用人の部屋?人と仲良くなるのに気をつけなきゃいけないなんて、窮屈だわ。
ローリアは悩みながらベッドに入った。




