4-4 社交シーズンについて
「必要ないって、どういう意味ですか?」
ローリアは不思議に思って尋ねた。
「ごめんなさいね。悪気はないのよ。だけど、あなたは男性に頼らなくても、ご自分で地位と財産を持てるでしょう?でも、私たちは違う──」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが扇で口元を隠して、声を落として言った。
「財産のある殿方を見つけて結婚できなければ、生きていけないのよ」
「だから、いい男性をつかまえるために社交シーズンがあるの」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
ミリア・コンマードは本に夢中になっていて、皆の話を聞いていないようだ。
「私、あなたがうらやましいわ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが静かに言った。
「女の身で、殿方のように、自分の力で生きていけるんですもの」
レディ・サリーシャ・ティナードも似たような目でローリアを見ていた。奇妙な沈黙があり、ミリア・コンマードが本のページをめくる音だけが大きく聞こえた。
「で、でも私、まだ認められてないから、味方を増やさなきゃいけないんです」
ローリアは気まずくなりながら言った。
「こないだのパーティーで『女が後継者なんてありえない』と言う人がけっこういて、侯爵はかなりお怒りだったのです……」
「想像がつくわ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが顔をしかめた。
「だから私は行かなかったの」
「そうなんですか?」
「招待状は来ていたから、断るのは失礼だと思ったのだけど──ねえ、アッパラパー伯爵はいなかった?」
「来てませんでした」
「それはよかったわね」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが扇から顔を出して苦笑いした。
「あの人が来てたら悲惨だったわよ。とにかく女が嫌いで、ひどい悪口を言うから。気をつけてらした方がよいわよ」
「そうなんですか」
「味方が欲しいなら、妹さんの結婚相手を探しながら、爵位のある殿方に接近するといいわ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「ご本人は気が進まない顔をしているけれど」
「殿方に興味ないわけじゃないのよ」
アルマが言った。
「結婚はしたいし。でも早すぎない?今の生活にだってまだ慣れていないのに」
「だけど、あなたにどういう態度を示すかで、相手の考えや人格がわかるわ。見下してきたり、『女が後継者?』なんて言う人がいたら、避ければいいのよ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「あのう」
ローリアは前から聞きたかったことを口にした。
「ツヴェターエヴァの当主様に会う方法はないですか?会ってみたいんですけど」
すると、三人の令嬢がいっせいにローリアを見た。本に夢中だったミリア・コンマードも、驚いて顔を上げた。
「あの方は、王様の次に格式の高い方なのよ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「私たちが会えるとしたら、王様の舞踏会に招待された時だけね」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「舞踏会?」
ローリアとアルマが同時に言った。
「あの、舞踏会って、踊るんですよね?」
ローリアが質問した。
「もちろん」
レディ・サリーシャ・ティナードが笑った。
「ソムィーズの令嬢なら、いずれ招待されるわ」
ミリア・コンマードが言った。
「うらやましいわ。私は行ったことがないの」
「舞踏会だって!!」
アルマがはしゃいだ様子で言った。
「どうする?」
「どうって……物語でしか聞いたことがない言葉だから、わからないわ!」
ローリアが言うと、令嬢たちがいっせいに笑った。
「舞踏会は大切よ!そこでいい殿方にダンスを申し込まれたら最高なのよ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「公に仲がよいと知らせるようなものですからね」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「で、でも私、ダンスは田舎のワルツしか知りません!」
ローリアが言った。
「田舎のワルツ?」
ミリア・コンマードが尋ねた。
「こういうのです」
姉妹はそろって立ち上がり、三拍子を取りながら手を取り合ってくるくる回ってみせた。それは村の人がお祭りの時に踊っている、単純で素朴なものだった。
「アハハ!」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが楽しそうに手を叩いた。
「それも素晴らしいけど、王様の舞踏会のワルツはもっと細かいの」
「あなたたちはまずダンスレッスンを受けるべきね」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「えっ……」
ローリアは困った。ただでさえ学ばなければいけない科目がたくさんあるのに、ダンスまで加わるなんて!
「アルマ、あなたはピアノを習うべきよ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「この国の令嬢たちは、音楽の教養があるのが普通なの。ピアノかヴァイオリンが弾けなければ」
「楽器は苦手なの。歌でごまかしてはだめ?」
アルマが言った。
「アルマは歌が好きよね」
ローリアが言った。そういえば、アルマが歌うのをしばらく聞いていない。病気になる前はよく歌っていたのに。
「なら、声楽をされるとよろしいわ」
ミリア・コンマードが言った。
「ご令嬢がよくパーティーで歌っているのを聴くから」
「私も音楽をやった方がいいですかぁ?」
ローリアは弱っていた。科目がどんどん増えていく。
「基本的な教養として身につけたほうがよくってよ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「でも、私たちは家督を継ぐ者ではないから、あなたが何をするべきかはアドバイスできないわ」
「ねえ、あなたのお兄様を紹介したら?」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「だめよ。兄は変人すぎるもの」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが困った顔をした。
「最近、若い男性たちは『イシュハの化学薬品』に夢中で、変な色の液体を混ぜて『実験』とかいうものに凝っているわ」
「うちの弟もやってる!それ」
ミリア・コンマードが言った。
ローリアはそれを聞いて、くまさんが言っていたことを思い出した。
『イシュハの科学技術は、いつかこの国の脅威になるだろう』
「それって、何のためにやるものなんですか?」
ローリアが尋ねた。
「知らないわ! 意味なんてないわよきっと」
レディ・サリーシャ・ティナードが笑った。
「男の人のやることって、時々意味がわからないわ」
「そういえば、悪女バユターナの噂はご存じ?」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスがローリアに尋ねた。
「バユターナ?」
「愛人稼業で、男たちから金や宝石を巻き上げている魔女なんだけど……」
そのあとは、社交界のゴシップに花が咲いた。
みんなで楽しい話をして笑いながら、ローリアは、
「やっぱりツヴェターエヴァの当主様に会わなきゃ」
と思っていた。代々女性が跡を継ぐ家。女でありながら名家の頂点に立つ女性──そんな人に、ローリアはどうしても会ってみたかった。そうすれば、自分が何をすべきか、わかるかもしれない。




