4-3 女の子と、政治
アルマがひととおりローリアの『昔のふるまい』をあげつらってみんなが笑ったあと、
「後継者の教育って、どんなことをなさるの?」
ミリア・コンマードがローリアに尋ねた。
「えっと……とりあえず今は歴史と政治とドゥロソ語を」
「政治も学ぶの?」
「ええ。ソムィーズ家は代々、王様にも意見を言うから政治もわかっていないといけないって……なんだか恐れ多い話ですけど」
ローリアがそう答えると、
「うらやましいわ」
ミリア・コンマードが言った。
「私が『政治を学びたい』と言うと、父が怒るのよ」
「えっ?」
ローリアは不思議に思った。
「女性にふさわしくない話題だからよ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「公式な場では、女性は政治の話をしてはいけないことになっているの」
「なぜですか?」
アルマが尋ねた。
「政治は男性がすることだと思われているからよ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「ただし、ツヴェターエヴァの当主は例外ですけど」
「変ではありませんか?この世の中の半分は女性ですよ?女性が半分の世の中を作っているのに、政治に参加できないなんて。しかも、良家のお嬢様がたが」
ローリアは今まで『金持ちの女性は政治に参加しているのだろう』と思い込んでいた。しかし、パーティーの時にご婦人方が『女性が政治なんて!』と言っていたのも覚えていた。
「そうはいっても、実際に政治をしているのは男性ですから、少なくとも今までは」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「ですから、もしあなたがソムィーズ家を継いだら、ツヴェターエヴァ以外でははじめて、公式に政治に参加できる女性になるということよ!」
ミリア・コンマードが興奮気味に言った。
「うらやましいわ」
「そんなことを言うのはあなただけよ、ミリア。少し控えたほうがいいわ。女性が政治に興味を持っているなんて知られたら、嫁に行けなくなるわよ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。そのとき、レディ・ヴィオレッタ・マーデスが扇で顔を隠して、レディ・サリーシャ・ティナードを横目でにらんだ。あれ?とローリアは思った。
「でも、本くらい読ませてくれたっていいのに!」
ミリア・コンマードが言った。
「政治学の本なら私の部屋にあるから、持ってきましょうか?」
ローリアは軽い気持ちで言った。
「本当!?」
ミリア・コンマードが嬉しそうな顔をしたが、他の二人のレディは、顔を見合わせてまずそうな表情をした。
「取ってきますっ」
ローリアは何も気づいていないふりをして、本を取りに行った。
2階に行ったとき、侯爵夫人が窓から外を見ていることに気がついた。近づいてみると、アルマと令嬢たちが話しているのが見えた。
「こ、侯爵夫人」
ローリアはおそるおそる声をかけた。
「もしかして、私たちのことずっと見てました?」
「あら、失礼。気になったものだから」
侯爵夫人は悪びれもせずに微笑んだ。
「私が転んだのも見てました!?」
「もちろん見ていたわ」
「イヤァー!!」
ローリアは恥ずかしさに頭を抱えた。
「あなたはここで何をしているの?」
「あの、本を取りに。ミリア様が見たがっているので」
「何の本?」
「政治です」
ローリアが言うと、侯爵夫人は、
「女が政治を学ぶのはおかしいと言われなかった?」
と尋ねてきた。
「言ってましたけど、そのことをなんとなく不満に思っている感じもしました」
「そうでしょうね」
侯爵夫人はまじめに言った。
「わかるわ。でも、お父様がたには、ここで政治の本を見たことは言わないように言っておきなさい。知られたらあとでトラブルになるかもしれないから」
「そうなんですか?」
「残念ながら、そうなの」
侯爵夫人はため息交じりに言った。
「私はね、女性もみんな政治について学ぶべきだと思っているけど。でも、同じ意見の男性はとても少ないの」
「侯爵もですか?」
「いえ、パトリックは何も気にしないわ」
侯爵夫人が笑った。
「お嬢様がたが待ってるわ、早く行きなさい」
「はい」
ローリアは本を取りに行き、足早で庭に戻った。
「……ですからね、新鮮味のあるうちに、早めに殿方を捕まえて婚約なさったほうがよろしくてよ。時間を置きすぎるとみながあなたのことを根掘り葉掘り調べ上げて、よからぬ噂を立てるでしょうから」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが、アルマに熱心に話していた。
「何の話ですか?」
ローリアが尋ねると、
「私の結婚の話みたいよ」
アルマがつまらなさそうな顔で言った。
「侯爵令嬢として、早めに嫁いだほうがいいと助言したのよ」
レディ・サリーシャ・ティナードが言った。
「今ならみんな興味津々で話題性もあるから、今シーズン中に決めるとよろしいわ」
「早すぎるわ。ここにだって来たばかりなのに」
アルマが言うと、
「婚約に早すぎることなんてないのよ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「あ、あのー、本です」
ローリアは話題を変えたくて、本をミリア・コンマードに渡した。彼女は、まるで珍しい宝石でも眺めるように、しばらく本を見ていた。
「さっき侯爵夫人に会って、その本をここで読んだことはお父様には言わないでって言ってました」
「絶対言わないわ」
ミリア・コンマードが本を見たまま言った。
「賢明なご判断よ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。それから、
「あなたたち、侯爵夫人のことを『お母様』とお呼びしたほうがよいのではなくて?」
とローリアに言った。ローリアとアルマは困惑してお互いに顔を見合わせた。
「あなたたち、養女になったのでしょう?」
「そうですけど……」
でも、私たちには亡くなった父と母がいるのよ。
ローリアとアルマはそう言いたかった。本当のお父さんとお母さんのことを忘れたくなかったのだ。
「来たばかりだし、まだそれは……」
アルマが言った。
「でも、いずれはそうお呼びしたほうがよくってよ。あなたたちの地位を確かにするためにも。でないと、まるで使用人のようだわ」
レディ・ヴィオレッタ・マーデスが言った。
「あの、そのうち、努力します」
ローリアはなんとかそう答えた。また話題を変えたくなったので、
「社交シーズンのことを教えてください」
と言ったのだが、レディ・ヴィオレッタ・マーデスの答えは、
「妹さんはともかく、あなたには必要ないんじゃないかしら」
だった。




