3-1 祖母と妹、来る
ローリアがソムィーズ邸に来てから、1ヶ月が経った。
ソムィーズ夫妻は優しく、使用人たちも村育ちのローリアを見下すことなく親切に接してくれた。執事だけが時々不満げな様子を見せたが、彼は職務に忠実なので余計なことはしなかった。ローリアは毎日、跡継ぎに必要な政治学、歴史学、マナー、語学などを学んで、少しずつお嬢様らしいふるまいを身に着けていた。
それでも、まだいろいろ不安だった。
私は本当に、この家の跡継ぎにふさわしいの?
そんなある日。
ローリアは落ち着きなく玄関ホールを歩き回っていた。壁の際まで歩き、また反対側までいき、入り口の前まで行ってそっと外の様子をうかがい、また奥まで戻り……を際限なく繰り返していた。
「落ち着いてください」
ユーナが見かねて声をかけた。その隣には、アルマのメイドになる予定のパーシーが、心配そうな顔で立っていた。ローリアやユーナと同じ年頃で、そばかすと三つ編みが印象的な細身の女の子だ。
「そわそわしていても、到着は早まりません」
ユーナが言った。
「おばあちゃんとアルマが今の私を見たらどう思うかしら」
実は数日前に「アルマの病気はほぼ回復したから、そちらに向かう」という手紙が、村の祖母から届いていたのだった。
「きっと、きれいになっていて喜びますよ」
ユーナが言った。
「そうですよ! 孫娘がきれいになれば、たいていのおばあちゃんは喜びます!」
パーシーも言った。
ローリアはうろうろし続けたが、外から馬車の音が聞こえてくると、ドアにとびついた。
「開けて!」
衛兵が両開きの重いドアをゆっくりと開けた。ローリアが外に飛び出すと、ちょうど馬車から祖母が降りてくるところだった。
「ローリア!」
祖母リーマは、ローリアを見つけるなりかけよってきて抱きしめた。ハーブの匂いがする。白髪を後ろで丸く束ね、深いしわのある目元と口元とが優しく笑っていた。
「驚いたよ! あたしのローリアが! ねえ! こんな……」
リーマがソムィーズ邸を見あげて驚いた。
「……でっかい家の跡継ぎなんてさ」
かすれた声が続いた。
後ろからローリアの妹、アルマが降りてきた。顔立ちや髪の色はローリアによく似ているが、神経質そうな目元と、長く病気で寝ていたために青白くなった顔色と、やせた頬と体つきが目立っていた。
「アルマ!」
ローリアはアルマに抱きついた。
「よかった! 病気は治ったのね!」
「ええ、治ったわ」
アルマはローリアを軽く抱き返したが、力は弱かった。それからすぐ、無表情で、
「疲れたから休みたいの」
と言った。
「お部屋にご案内します」
パーシーが近づいてきた。男の使用人たちが荷物を運びに来た。
「やあ!やっと会えたね!」
屋敷の奥から侯爵の声がした。見ると、侯爵夫妻がそろってこちらに近づいてきていた。
アルマは2人に向かって軽くおじぎをしたが、避けるように横を通過して奥に行ってしまった。パーシーがあわてて追いかけていった。
ローリアはその様子を見て心配になった。アルマはあまり喜んでいない。
「アルマ!侯爵に失礼だよ!」
リーマが怒鳴った。それから、侯爵に向かっておじぎをした。
「あの子は疲れやすいんです。きっと早く横になりたいんでしょう。気にしないでください」
「別に気にしていないよ」
侯爵が言った。
「おばあさま。来ていただいてよかったわ。私がパトリシア、こちらはパトリックよ」
侯爵夫人が言った。
「侯爵夫妻にじかにお目にかかれるなんて、こんな光栄なことはありません」
リーマが感激した様子で言った。
「しかも、あたしの哀れな孫娘たちにこんな……もうなんて言ったらいいか」
リーマは涙ぐんでいた。
「息子夫婦が亡くなって以来、この子が一人でうちの家族を養ってきたんですよ。頭が良くて魔法もできるのに、貧しくて学校にも行けず、近所の性格の悪い金持ちの家でメイドをしてたんですけどね、あそこの主人は本当に最悪でね、すぐメイドに手を出して子どもが……」
「おばあちゃん、その話はやめて!」
ローリアがあわてて言った。
「立ち話もなんだから、お茶でも飲みながら聞こうか」
侯爵が言った。ローリアはますます慌てた。
「あの家の話は本当にやめて」
ローリアは祖母に怖い顔でささやいた。
「わかった、わかったよ。でも、あんたがどれだけ苦労したか、私は話さずにはいられないよ」
「ぜひ聞かせてもらいたいわね」
侯爵夫人が言った。声は穏やかだったが表情が険しかった。もしかして怒ってる?ローリアは不安になった。
「アルマの様子を見てくるわ」
ローリアは屋敷の廊下を走った。走ってはいけないと何度も注意されていたのだが、今は早くアルマと話したかった。ここに来てからのいろいろなことを。
アルマの部屋のドアをノックすると、
「しばらく一人にして!」
という答えしか返ってこなかった。パーシーが申し訳なさそうな顔をして出てきて、
「新しいお嬢様は、疲れているので横になっておいでです。ほっといてほしいと仰せです」
と言った。
ローリアはがっかりしながらとぼとぼ廊下を引き返し、侯爵夫人がいつもお茶を飲んでいる部屋に向かった。
「……それでねえ、怒ったローリアは、そいつの背中をつかんで食糧庫まで引きずっていったんですよ!『もう1回数えてみろ!』って。もちろん足りませんよね。そいつが盗んでたんですからね」
やっぱり祖母は余計な話をしていた。
「おばあちゃん!」
ローリアは部屋に飛び込んで叫んだ。
「その話はやめてって言ってるでしょ!」
「いいじゃないか。面白い話なんだから」
リーマが得意げに言った。
「今、君が泥棒を捕まえた話を聞いたよ」
侯爵が楽しそうに笑った。
「我が家にふさわしい気質だよ!間違ったことは許さないというのはね!」
「あなた、意外とたくましいのね」
侯爵夫人が笑っていた。ローリアは少し安心したが、顔は真っ赤になった。
「おばあちゃん。もうしゃべらないで」
小声でつぶやいた。
「じゃあ、今度は僕がこの家について説明する」
侯爵がソムィーズ家の説明を始めた。ロンハルト王国を代表する格式のある家の一つであること、王や他の貴族が暴走した時に止める役割を担っていること、夫婦は愛し合っているが年齢的に子供はできないこと、後継者がなかなか見つからなかったこと。
「んまあ!」
リーマはひたすら驚いていた。
「そんな大事な役目を、私のローリアが」
「これからいろいろ学んでもらわなきゃいけないのでね」
侯爵が言った。
「おばあさまはぜひ、ローリアと一緒にここに住んで、支えてやってほしいんです」
「まあ、そんな、恐れ多い」
リーマは恐縮していた。
「あたし、何をすればいいんです?歳のわりには足腰はしっかりしてるつもりだけど、力仕事はできないんですよ?掃除か、ちょっとした料理くらいしかできませんよ?」
「仕事なんかしなくても……」
侯爵が何か言いかけたが、横で妻が自分をにらんでいることに気づいて黙った。
「好きなように過ごしていただければいいのよ」
侯爵夫人が言った。
「やることがないと暇ですものね。気づいたことはなんでもやっていただいて構いませんわ。掃除でも読書でも裁縫でも。図書室があるし、布地もたくさんありますから。でも、できれば、ローリアの身の回りのことに気を配っていただけるとありがたいわ。私たちはまだよく知らないから」
「いやあ、だけど、こんな立派なお屋敷に……」
リーマが天井を見上げた。金の装飾と天使の絵があった。
「いやあ、びっくりだね」
しばらく絵を見てぼんやりしていた。ローリアはこれから起きそうな面倒なことを想像して困っていた。祖母はかなり口うるさいのだ。ここの使用人とケンカしないといいのだが。
侯爵が出かける時間になり、侯爵夫人とローリア、リーマは、そろってアルマの部屋に行った。しかし、
「一人にして!」
アルマは強情に言い張り、出てこなかった。
「あの子はちょっと人見知りすぎるところがあって」
リーマは言い訳するように言った。
「無理もないわ。いきなり環境が変わったのだから」
侯爵夫人が言った。
「家庭教師をつけようと思ってたけど、少し待ったほうがよさそうね」
「こんな幸運はめったにないのに」
リーマが言った。
どうしちゃったの、アルマ。
ローリアはアルマと話せなかったのが残念で、これからどうなるか不安だった。
「心配いらないよ。ちょっとすねてるだけさ」
リーマが言った。
「天気がよいから、庭を案内するわ」
侯爵夫人が言った。
「庭!いいねえ!何植えてるんです?」
「バラと、あと、果樹園もあるわ」
「果樹園! いいねえ。まるで楽園みたいで!そういえば、バーリーのとこのリンゴの木が実ったときに、隣の酔っぱらいが木に登って服を脱いでね……」
「おばあちゃん! その話もやめて!!」
ローリアがまた叫んだ。
「なんなのさ、さっきから、私が話そうとすると止めるんだから」
「別に構わないわよ」
侯爵夫人が咲いながら言った。
「エリザベスの店で、似たような話を聞いたことがあるわ」
「え?夫人もエリザベスの店に行くんですか?」
「エリザベスは友達よ」
侯爵夫人とリーマは、噂話をしながら外に向かった。ローリアはその後にぴったりとくっついていった。この祖母がまた余計なことをしゃべらないか、監視していなくては。




