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侯爵にお金を借りに行ったら養女にされました!  作者: 水島素良
第2章

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2-4 クマさん

 数日後。

「は〜あ……」

 ローリアは、ソムィーズ邸の庭の木の下でため息をついていた。仕立て屋が大急ぎで作ったレース飾りのついた服を着て、スカートのポケットに、ピンクの石が入ったお手製の巾着を入れていた。ほのかな魔力を太ももに感じる。

 今日は朝から歴史、政治、隣国ドゥロソ語の授業があった。公爵家の跡継ぎはいろいろなことを学ばねばならない。授業はだいたい侯爵夫人か、外から来た語学の講師が行った。侯爵本人はあまり出てこなかった。

 ここ数日勉強ばかりしていたローリアは疲れてしまい、ユーナが「外に行くならついていきます」と言うのを振り切って「一人になりたいの!」と言って庭に飛び出してきたのだった。

 跡継ぎの道は、厳しい。

 いろいろなことを勉強できるのは楽しくもあったのだが、学ばなければいけないことがあまりにも膨大なので、ローリアはすっかり気後れしてしまっていた。貴族の子供たちは幼少期から勉強している。今から自分が追いつけるのだろうか。

「はぁ〜……」

 再びため息をついて木にもたれる。天気は良く、空は青く、緑は輝いていた。ちょうどバラの季節になっていて、少し離れた所に赤い花が点々と見え始めていた。

 アルマに見せてあげたい。

 ローリアは思った。妹は花が好きだった。村の祖母から手紙が来て、アルマの体調が回復し始めたと聞いたときは本当に嬉しかった。しかし、その代償に、自分はここの人間になった。

 つらい。 

 でも、今さら「やっぱりやめます」とは言えない。

「は〜あぁぁ……」

 今日何回目か分からないため息をついた。

 まだ屋敷に戻りたくない。

 バラを見に行こう。

 ローリアは重い気分を晴らそうと、バラ園に近づいた。道の両側にバラが植えられていて、つぼみはほとんどが咲きかけ、いくつかは完全に開いていた。

 一面のバラ。

 以前だったら、夢のような光景だと思っただろう。しかし、今はこのバラ園すら重圧に思えた。

 いつか、ここも自分が管理しなくてはいけない。

 でも、それってどういうこと?

 今まで貧しく、何かを所有することがなかったローリアには、侯爵がいくら「いずれ全部君のものになるんだよ」と言っても、どうにも実感がわかないのだった。

 ローリアが心を浮かせながら歩いていると、道の向こうから大きな、黒い何かが近づいてきた。

 あれは何?

 ローリアは目をこらした。黒い塊のようなものが道を左右にうろつきながら、少しずつこちらに向かっていた。

 もしかして、クマ?

 でも、こんな屋敷の庭に出るかしら?

 ローリアは立ち止まり、黒い何かをじっと見つめた。黒いものは、近づくにつれ人らしき形になった。しかし、驚くほど大きい。肩幅はローリアの3倍以上はあるだろうか。黒い帽子の下の顔は、眉が太く、目は白目と黒目がはっきりしてキレがあり、鼻は大きく、口元は自信ありげに笑っていた。黒いスーツのような服に革らしきマントを着ていたが、その厚着にもかかわらず、腕や足の筋肉が大きく盛り上がっているのがわかった。腰には金属でできた筒のようなものをぶら下げている。履いている革のブーツはなぜかボロボロで、あちこち色がはげていた。

 その男のあまりの大きさとたくましい様子に、ローリアは驚きのあまり目が離せず、じーっと見つめてしまった。

「おう、お嬢さん」

 男はドスのきいた低い、しかし陽気な声を発した。

「君はここのメイドかい?いや、メイドにしては身なりがいいな。夫人の話し相手かな?」

「私はメイドじゃないわ」

 ローリアは男から目をそらして暗い顔をした。

「でも、メイドのほうがましだったかも」

「なんだなんだ。ずいぶん落ち込んでるな」

 男は明るい声で言った。

「夫人にいじめられたのか?」

「そんなことないわ!侯爵夫人は優しい方よ!」

 ローリアは慌てて叫んだ。

「知ってるよ。ソムィーズとは長い付き合いだからな」

 男がローリアの目の前に来た。やはり大きい。ローリアの身長ではかなり首を上に向けて見上げないと顔が見えない。

「俺はガーウィン。正式名称はガーウィン・レヴィス・アニタ・ウィル・ハーヴィスだ。長ったらしくて嫌になるだろう」

「女神アニタ様の名前が入っているわ。祝福されているのね」

「そういう考え方もあるが、単に親の趣味だと思うね。長ったらしい名前のほうが偉そうだからさ」

 男が笑った。

「で、君は誰だ」

「ここの娘ですって言ったら、信じる?」

 ローリアが言うと、ガーウィンは切れ長の目を丸くしてローリアを見た。

「なるほど!君が噂のお嬢さんか!」

「噂になってるの?」

「ソムィーズの街は今、君の話でもちきりだぜ。どこに行っても『新しい令嬢』の話をしている」

 それを聞いたローリアはまた不安になった。みんな、自分のことをどう言っているのだろう?田舎から出てきた娘が突然令嬢になったのだ。きっと悪口を言われているだろう。

「さっきから浮かない顔をしているな」

 ガーウィンが言った。

「自信がないの」

 ローリアは男の胸元あたりをみながらつぶやいた。身なりは汚いし見た目は怖いが、なぜか、この男は信用できるような気がした。

「ちょっと前まで村でメイドをしていたの。何も知らないし、特別な力があるわけでもないのよ。魔法がちょっと得意なだけ。私にこの家の跡継ぎがつとまるかしらって思ってしまうの」

「君の名前を聞いてもいいかな」

「ローリア」

「ローリア。美しい名前だ。いいか、あんたは試験に受かったんだろ。家宝の石に選ばれたんだろ?」

「そうだけど……」

「石に選ばれたんなら、元々この家の子どもだったようなものだぜ。君はもとからここに来る運命だったのさ」

「そうかしら……?」

「そうさ、だから堂々と『私は高貴な令嬢です』っていう顔をしてればいい。そのうち慣れるさ」

「ガーウィン・ハーヴィス!」

 後ろから声がした。振り向くと、ソムィーズ侯爵が歩いてきていた。後ろに、しかめっ面の執事もいる。

「帰ってきたのかい。なんだかすごい身なりをしているが」

 侯爵がガーウィンの服とブーツを見ながら言った。それからローリアに向かって、

「この人はガーウィン。ハーヴィス伯爵家の次男で、イシュハで宝石を扱う商売をしている」

 それから冗談ぽく笑って、

「大きい男だから驚いただろう。怖くなかったかい?」

 とローリアに尋ねた。

「クマが出たのかと思いました」

 ローリアが言うと、ガーウィンが「ハハハ!」と豪快に笑った。

「こんなかわいいお嬢さんになら『クマさん』と呼ばれても本望だね!」

 それを聞いたローリアは少し顔を赤らめた。「かわいい」と男の人に言われたのはこれが初めてだったからだ。

「娘のローリアだ」

 侯爵がローリアの肩をちょっと触りながら言った。ここ数日でわかったのだが、ソムィーズ侯爵はものすごく人懐っこい性格をしていて、誰とでも仲良くしようとするのだった。なので、時に態度が馴れ馴れしい。

 私はまだあなたの娘になる自信がないんだけどな……。

 ローリアは思っていたが顔には出さず、侯爵夫人に習ったお辞儀をした。

「貴族だったんですね。失礼な口をきいてしまいましたわ」

「おいおい、俺にそんな丁寧な口をきくのはやめてくれ。ハーヴィスとソムィーズは親戚みたいなものだからな。ぞんざいな口をきいてくれてかまわないのさ」

 ガーウィンが言った。

「せっかく来たんだから、茶でも飲みながらイシュハの話を聞かせてくれ」

 侯爵が執事に目配せした。執事は察してお茶の用意をしに行ったが、ちらっとガーウィンのほうを鋭い目で見たのを、ローリアは見逃さなかった。

 執事は、ガーウィンのことが気に入らないみたい。

 ローリアはそう思いながら、屋敷に向かう男二人についていった。しかし、ガーウィンの背中ときたら!なんて大きいのだろう。まるで大きな盾のようだ。侯爵もわりとがっちりした体格なのに、比べるとかなり小さく見えてしまう。

 ローリアは二人の背中に好奇心を向けながら歩いた。なんだか面白いことになりそうだと思った。


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