表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬の花火

作者: 桂螢

花火は、空気が澄んでいる冬の夜空に打ち上げると、夏よりも美しい。


コロナ禍で、自治体が一般庶民を鼓舞するためという理由で、季節外れの花火を打ち上げた。花火で元気が出る人はいるのだろうかと、私は懐疑的だが、マイナスなことではないと思う。


残業を終えた後、職場の駐車場で、ポーカーフェイスな同僚の傍らで、冬の花火を見届けた。彼は風変わりな人。私と同い歳の男性で、筋金入りのお喋り屋だ。ところが無口な私と二人だけになると、私の寡黙が伝染するのか、彼まで無口になる。最初、嫌われているのかなと思ったが、案外悲観しなくてもいいみたいだ。彼の側にいる際に幾度か、自信がもてる場面に遭遇した。彼は誰かとマシンガントークを繰り広げた後、私にぼそっと「疲れた」と、不機嫌そうにつぶやくのだ。なかなか複雑な人である。


花火が打ち上がっている間も、私たちは黙ったままだった。休憩時間に時折交わす、仕事の愚痴も政治家の悪口も芸能人の噂話も、何も語らなかった。それで良かった。気まずいという感覚はなかった。喋らなくても構わない。彼と私の間の、そんな気楽な空気が好きだ。


口火を切ったのは私だった。何気なく社交辞令のような質問をした。

「お子さんもやっぱ花火は好きなの?」

ところが彼の返答は、予想に反した。珍しく言葉を探り選び、自信なさげに気まずそうに答えた。

「実は子どもと観に行ったことはないな」

なぜ彼がその時、素直に胸の内の負の部分を語ったのか、今でも皆目分からない。彼は不思議な人類である。マイホームを建て、小学生の子どもが二人もいる彼の、意外な一面が垣間見えた。実は円満家庭ではないのか。隠し事を抱えているのか。思っていた以上に、人間臭い人なのか。それ以上、根掘り葉掘り踏み込むことは、私はしなかった。元々引っ込み思案な性格ゆえなのかもしれない。


次は彼から話しかけてきた。

「そういや、客からビールもらったんだけど、いる?あとで渡そっか?」

私は嘘をつかなかった彼がいじらしかった。とっさに信用し、こちらも本当の自分をさらけ出すことにした。日頃世話になり、楽しい思い出を与えてくれるだけでなく、自分の恥ずかしい部分をせっかく正直に打ち明けてくれたのだ。こちらも正直に言わないと、生真面目かもしれないが、失礼なような気がした。

「実はお酒飲めないの」

「え?下戸なの?」

「いや、薬飲んでるから」

ポーカーフェイスの彼でも、さすがに声のトーンが幾分高くなった。

「どっか悪いの?」

「実は心療内科行ってて。嫌なことたくさんあって。それで参って」


彼はしばらく黙した後、身体の芯から絞り出すように告白してくれた。

「実は仕事辞めるんだ。そんで、遠くに行くんだ。知り合いが一人もいないとこに。色んなこと隠して生きてくの、しんどくなって」

身体がかすかに震え、衝撃に打ちひしがれる私に、ちらちら眼を合わせながら、自分なりに考え出した、生き抜く知恵を教えてくれた。

「俺も、厳密には障害者。極端な考えかもしれんけど、世の中の人みんな障害者だと思う。世界中の色んな精神病の症状を、一つももってない人なんていないよ」


たまらなく熱い思いがあふれた。そして私たちは、再び沈黙した。眼に浮かんだ涙で、花火が揺れた。


一カ月後、彼は本当に退職した。行き先を知る者は皆無だ。冬の花火の下で、言いづらいことをあえて言ってくれたんだ。彼の孤独さを漂わせた後ろ姿を見送った後、心の中の温かい彼が、花火のように飛び散った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ