第八話 身体で返す
宿場町・バーミュルドは、街道沿いにしてはのんびりした空気の漂う場所だった。
蓮とクララは、表通りの小さな宿屋にたどり着き、とりあえず一泊することにした。
クララは「庶民的でいい雰囲気ですね〜!」とはしゃぎ、蓮は「いや、床が抜けそうだ」と冷ややかに見上げる。
そして、フロントでチェックインしようとしたそのとき――
「……あれ?あれ……っ!?な、ない……!? ないですぅぅぅっっっ!!」
クララが唐突に絶叫した。
「なんだ、どうした」
「財布が……っ、わたしの財布が……ないですぅぅぅう!!」
慌てて荷物をひっくり返すも、金貨の入った小袋はどこにも見当たらない。
「このっ……この“レン様の葉巻シーンをメモるノート”は無事なのに……ッ!!」
「いや、それはいらねぇよ。てか財布どこで落とした」
「わ、わかりません……!たぶん……どこかですられたかも……っ」
顔を真っ青にするクララ。 チェックイン待ちだった宿屋の女将が、眉をひそめて言った。
「……お代がないってことかい?あたしゃ慈善事業やってんじゃないんだよ」
蓮は小さく舌打ちした。
「仕方ねぇな……」
そう言いながら、内ポケットに手を入れて――
その手が、空を切った。
「……あ?」
――そうだ。俺、死ぬ直前に抗争の最中だったんだ。財布なんて、あるわけねぇ。てか、この世界での通貨、絶対に円じゃねぇだろ。
「……ねぇな」
「えっ!?まさかのレン様も!?」
「おう、悪いがヤニとライターしか持ってねぇ」
「どこぞの異邦人ですか!?」
女将はため息をついて腕を組んだ。
「……じゃあ泊まるのは諦めるこったね」
「いや、待ってくださいっ!わ、わたし、ちゃんと働きます!宿代、なんとしても払いますからっ!」
クララが必死に頭を下げる。女将はしばらく考え込んだあと、ぼそっと言った。
「……じゃあ厨房、手伝ってもらおうかね。ちょうど明日からの仕込みが足りなくて困ってたとこさ」
クララはぱあっと顔を輝かせた。
「本当ですか!?ありがとうございます!命の恩人です!」
「一日働いて、それで帳消しだ。変なマネはすんじゃないよ」
そうして――蓮とクララの、「労働による宿代返済生活」が幕を開けた。